第29話 『魔法と武技』③
食べ物や嗜好品に関してはその多彩さでは劣るが、一つ一つの質では上回っているとさえ感じる。娯楽の面においてもある程度以上裕福でさえあれば、乗馬や狩猟、舞踏会などはまれるものはいくらでもあるし。
とはいえ俺がどっぷりはまっていたゲームを始め、インターネットを前提とした各種の娯楽については当然遠く及ばない。チェスや将棋、トランプの類は存在しているのだが。
そう思えば富裕層ほど夜に暇を持て余し、酒色に溺れるのもある程度は仕方がないのかもしれない。
まあ今の俺はそんなものがなくとも、言ってみればフルダイブシステムが実現した世界で、ファンタジー系アクションゲームに日々興じているようなものだ。
実際に魔物を狩る事以上に興奮することもないのでとくに不満はない。
いよいよ王立学院生となったからには実習として迷宮に潜れるようになるし、放課後に王立学院管理の迷宮で狩りに明け暮れても、褒められこそすれ非難されることは無くなるのだ。
正直楽しみで仕方がないのだ。
「ま、ユージィンと同室だし噂も適度に出回っているみたいだし、どうやら平穏無事に暮らせそうなのは正直有難いな」
最近はユージィンと常に一緒にいるのが当たり前になっていたせいか、我ながら独り言が酷い。
まあ支配者階級の間では有名人だったらしいユージィンを入学試験の模擬戦において僅差で降し、その実力を買われてツアフェルン伯爵家に取り込まれ、王家にも繋がりを持っているという噂――真実が流布されているのは正直ありがたい。
貴族の方々からお約束の絡まれ方をする心配をしなくていいのは大きいと思うのだ。
実際のところはユージィンと聖女候補であったスフィアの突然の婚約の方が強烈な話題になっているため、俺はその恩恵を受けているただ運がいい兄という見方の方が多い。
特に市井ではその見方が支配的なのだが、本来王立学院で俺に絡むような立ち位置の人間であれば、ある程度は真実にも触れることが可能だろう。絡みたくなるような立ち位置にいる人ほど、絡むべきではないという情報が入手できるというのはなかなかにありがたいといえる。
その意味でも昨日の新入生総代が俺だったことは効果的なはずだ。
阿呆でなければ俄かには信じ難い噂――情報でもそれが完全な与太話ではなく、幾許かの真実を含んでいると理解できるだろうから。
そう思っていたのだが――
「初めましてクナド・ローエングラム殿。私は魔法研究学部の新入生であるクロード・ヴァン・ヘルレイン。貴方に私のパートナーになって欲しくて探していたんだ」
どうやらそれは甘い考えだったらしい。
取り巻きを2人引き連れて俺の正面で微笑んでいるのは、魔法研究学部次席入学を果たした天才クロード様。魔法遣い界隈で有名人らしく、すでに『絶対零度』の二つ名で呼ばれている氷結系魔法遣い様である。
魔法の天才というだけではなく、ヘルレイン侯爵家の御長男でもあらせられる。
現当主も宮廷魔導士筆頭を務めており、武門のツアフェルン伯爵家と対を成す、魔法における名門貴族筆頭なのがヘルレイン侯爵家なのだ。
深い蒼から黒に変わる長く伸ばされたストレートの髪と、空色の瞳。
ユージィンのような甘い系統ではないがかといって厳つくはなく、妖艶な美形とでも言ったところか。武技遣いではなく魔法遣いだけあって身体の方は華奢に見えるが、それは俺たち武技遣いが細マッチョすぎるだけだろう。
まーしかし貴族様ってのはなんだってこう美形揃いなんですかね。
貴族というよりもゲームを基にしているこの世界が美形揃いといった方が正しいか。取り巻きの2人も充分美男子で通るであろうあたり、そう考えた方がいいかもしれない。
要はまあ大貴族様です。
俺もこの数カ月でこの国の大物の情報についてはかなり詳しくなっているのだ。
必要に迫られてのこととはいえ、父上や母上から聞くよりも数段詳しく、つまりは生々しい話をユージィンから叩き込まれた成果である。
「初めましてヘルレイン様。とても光栄なお話で有難いのですが、入学したばかりですし、僕はまだ今のタイミングでパートナーを決めるつもりは……」
しかしこれは油断していた、というか想定していなかった。
やはりどうしても前世の要らん知識もあって、貴族とは阿呆な絡み方をしてくる生き物だと思い込んでしまっていたのだ。よって阿保を寄り付かせないようにさえしておけば平穏が保たれると過信してしまっていた。
だが考えてみれば俺の有用性を知れば、ツアフェルン家にも、まず間違いなく話が通っているだろう王家にも迷惑をかけず、というよりも建前だけでも口を出させないように俺を利用できる方法を模索するのは当然だ。俺の取り扱いにおいて主導することまでは望んでいなくても、なんとかいっちょ噛みすることを狙わないわけはない。
その意味では王立学院生である間に、俺と対魔物戦闘におけるパートナーになるというのは最も穏当な手段だといえるだろう。
パートナー。
現代の対魔物戦では、基本的に前衛と後衛の2人一組が理想の最小単位とされている。
つまりパーティーは常に偶数になるということだ。
前衛を武技遣いが担い、後衛を魔法遣いが務める。
身体能力に優れ、短時間であれば魔物とも伍せる前衛が引きつけている間に詠唱時間を要する魔法を発動させ、それによって止めを刺すというのが一般的なスタイルなのである。
市井で生きる者たちはそこまで知らないが、実際に魔物と相対している者たちの間では魔法遣いが主で、武技遣いが従という考え方が一般的となっている。
まあ最弱の魔物でも武技であれば二桁数当てねば倒せない中、確認されている最強格の魔物であっても2~3撃、大魔法と呼ばれる長時間詠唱を必要とするものであれば例外なく一撃で仕留められるのだからそうもなるだろう。
「ユージィン様を呼び捨てている貴方にヘルレイン様と呼ばれるのはどうにもむず痒いな。良ければクロードと呼んでくれたまえ。その代わりというわけではないのだけれど、私も貴方をクナド殿と呼ばせてもらってもいいかな?」
「それはもちろんです、クロード様。殿も不要です」
うわあ厄介だ。
無理をしているとかではなく、本当に俺を見下しているわけではないっぽい。
ヘルレイン家の嫡男なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、俺がすでにツアフェルン家の紐付きであることも分かった上で、それでも高貴なる者たちの常識に抵触しないように立ち回るつもりであることを暗に宣言しておられる。
こうなるとテンプレ阿呆貴族の方がよっぽどやりやすい。
最悪実力行使をしても俺の後見の方が強いのだから深刻な問題にはならないし、なんなら俺がそういった御し難いところを時折見せた方が、そのリードを握って躾ることに成功しているツアフェルン家や王家の格が上がるまであるだろう。
だがこの展開で噛みついたら、それはただの狂犬でしかない。
ツアフェルン家も王家もそんな輩を優遇しているとなれば当然格を落すことになる。
テンプレ阿呆貴族とは非実在貴族なのかもしれない。




