第28話 『魔法と武技』②
内心嫌々というのであればまだしも理解もできるのだが、本気で自分が役に立つことを喜んでいるのが相当怖いのだ。「私に役目を与えてくださったクナド様のことは好きですよ?」などと真顔で言われても正直萎える。
わりと真剣にユージィンに相談すると、大笑いした後に「クナド次第だよ、だけど我が家がそうなることを望んでいるのはホントだよ」と言われたので現状に甘えさせてもらっている。その際に「さすがクリスティナ姉様」などと感心していたが、本当か? 本当に流石だと思っているのかユージィン。
その話を聞いて静かに切れ、ツアフェルン家にまで乗り込んで見せた我が妹殿は、なぜかその際にクリスティナさんと意気投合してしまっている。
挙句に「クナド兄様の言うこともわかりますけれど、クリスティナ様の御立場も考えてあげてはどうでしょう? 形だけでもお付き合い、婚約というのはいけませんか?」などとらしくもないことを言い出している始末だ。
いや形だけでもって、一度でもそんなことをしたらもう引き返せないだろうが。
相手は伯爵家の御令嬢、本物のお姫様なんだぞ。だいたいツアフェルン家が俺とスフィアを本気で取り込もうとしていることはもはや明白なのだから、折を見て婚約破棄になどなるわけがない。クリスティナさんは悪役令嬢ではないしな。
それこそ王立学院の卒業を待って即結婚とかになりかねない、というか確実になる。
まあユージィンからの結婚を前提としたお付き合い――婚約の申し込みをなぜかあっさり受け入れたスフィアとしては、俺とクリスティナさんもそうなるのが理想なのかもしれないが……
正直女性陣――クリスティナさんとスフィアがなにを考えているかが全く分からない。
なんならそこに俺の母上とユージィンの御母上を加えてもいい。
そういった事情もあってユージィンの家に伺う際には妙な包囲網を敷かれて押し切られてしまいそうなので、今は出来るだけ避けているのだ。なのでユージィンも寮暮らしをしてくれた方が、その状況を避けられるという意味でもありがたい。
逃げているという自覚はあるが、逃げる以外どうしろってんだとも思っている。
「だよね。まあ同じ部屋で一緒に暮らすのは1年生の間だけだから、まあ我慢してよ」
ユージィンの言う通り、王立学院は1年生の間は相部屋、2年生からは各学部の成績優秀者上位6人には個室、というか家が一つ与えられる仕組みになっている。その上位6人に俺と自分が入ることを全く疑っていないあたりが如何にもユージィンらしい。
だが――
「なんですでに同室である前提で話してんだよお前は!」
「ははは」
まあ一応突っ込みはしたものの、ユージィンが寮暮らしをする以上、ツアフェルン家が俺と同室になるように手を回すのは当然だろう。俺の突っ込みはただのお約束というやつなので、ユージィンも笑って流しているのだ。
確かに主席合格者と次席合格者が2年生になる際、揃ってトップ6に入っていないというのはみっともないのでそこは死守するつもりだ。特に主席合格者は生徒たちにも知られてしまうのでなおのことである。
だけどまさか俺がその主席合格者になるとは、試験の時には夢にも思ってなかったんだよなあ……
◇◆◇◆◇
「はー、しかしここで3年間暮らせるのか」
ちょっと豪華過ぎて、感心よりも呆れている感情の方が強い。
今日は寮生活の初日である。
昨日の入学式は恙なく終了している。
はずだ。少なくとも俺の目から見て大きな騒ぎは起こってはいなかった。はずだ。
実は冒険者育成学部から主席合格者が出たのは初めてのことらしく――今までは魔法研究学部からしか主席が出たことはなかったのだ――場はざわめいていた。しかも飛び級で魔法研究学部に入学されたシャルロット王女殿下と、俺と同じ冒険者育成学部に入学するツアフェルン伯爵家三男ユージィンを差し置いてのことだったのでなおのことである。
とはいえ俺が読み上げた総代の文章はその王家と伯爵家が合同で仕上げてくれたものなので、内容に問題はなかったはずだ。なんか取りようによってはこれ、魔法使える人たちに喧嘩売っていませんか? みたいな内容だった気もするが、俺が考えたわけじゃないので知らん。
まあ魔法研究学部を主席合格しているシャルロット王女殿下が大人しく聞いている状況で、他の者たちが騒ぎ出すことも出来なかったのだろう。入学式に王太子殿下だの伯爵家現当主様などが出席したのも初めてらしく、そっちに緊張してくれていたというのも大きいかもしれないが。
とにかくやっぱりユージィンと同室だった、思っていたよりもずっと豪奢な2人部屋で一夜を過ごし、朝一から実家に呼び出されたユージィンを見送った後に寮の探検をしているところである。
入学式が週末、前世で言うところの金曜日に行われたので、今日明日は土日で休みなのだ。
1週間は7日だし、1月は30日か31日だし、1年は12ヶ月だし、いっそ前世と同じ呼び名であってくれればいいのにと思わなくもない。
とにかくユージィンがいないとなれば、新生活領域の探検くらいしかすることが無いのだ。実家での週末は、冒険者ギルドの手伝いに精を出していたのだが。
中世風の世界で完全週休2日制ってどうなの? と思わなくもないが、基がゲーム世界なのであまり気にしないことにしている。上下水道をはじめとした技術や街並に始まり、軍事技術一つをとっても相当にアンバランスなのは魔法が存在している以上、魔法や魔導具のせいにして大概は押し切れるのだ。
正直、ゲーム時の世界設定――1000年前のこの世界の方が、よほど自然な在りようだったように思う。とはいえまあ実際にこの世界の内側で暮らす身としては、不自然であろうが理不尽であろうが便利であってくれる方がありがたい。
上下水道が整備されていない、水洗トイレが無い、風呂シャワーが無いとなればどれだけこの世界で贅沢ができるようになったとしてもキッツいものがあるだろう。
俺にはそれを自ら作り出す知識も技術も根気もない。
いやもしもそれらの便利な社会基盤がなかったとしたら、必死で取り組む可能性も否定しきれないか。
それになにもすべてを自分でやらなくとも、それこそユージィンを通して完成形の概念だけを提供すれば、本物の天才や技術屋たちがカタチにしてくれそうな気もするし。
そのために必要な素材などがあれば、それこそ全力で収集にあたることは間違いない。
そういう方向でなら、前世の知識を持つ俺が「この世界にもあったら嬉しいもの」をユージィンと共有するのはいいアイデアかもしれないな。
とはいえ当面、というか今まで15年間生きてきてそんなに不満を感じたことはないのも事実である。ローエングラム家という、市井で言えば裕福な家庭に生まれられたということが大きいのはもちろんとはいえだ。
今見て回っているこの王立学院の設備とて、トイレ、風呂、シャワーは個室に備え付けられているし、大浴場も存在している。整備された広大な庭園や、魔法や武技の発動を見越した鍛錬場も充実している。医療関連に至っては魔法が存在している分、前世よりも優れている部分すらある。食堂は朝昼晩の指定時間開いており、そこで何をどれだけ飲み食いしようがすべて無償となっている。
要は前世の快適な暮らしを知っている俺でも、あまり不満を感じないのだ。




