第26話 『汎人類防衛機構A.egis』⑤
だがそれらの武器ならざる『聖遺物』が本来の武器、防具として機能する例外が存在する。
それがツアフェルン家がこの国において武門筆頭とされている理由であり、本人はなんの異能も持っていなかったリュグナスがセレスティナを娶り、組織の一員となれた理由でもある。
かつての遣い手の血を継いだ子孫であれば、その真価を発揮できる可能性があるのだ。つまりツアフェルン家の祖先はかつて『魔獣狩り』だったのである。
だからこそユージィンは『呪印』に対する高い適合値を示し、偶然生まれる『呪印』持ちではなく、聖遺物たる『呪印』の移植に成功したのだ。
聖遺物『ツアフェルンシリーズ』は現在完全に整備され、カイン、アベル、ユージィンそれぞれの専用装備として与えられている。それらを身に纏った姿こそが、ユージィンが真の力を振るうことができる究極系なのである。
だがクナドが『岐シリーズ』を身に付けることが可能だとすれば――
「はい。僕はその可能性が高いとみています」
『本部保有の聖遺物を一刻も早く手配しよう。結果次第では他の収集もすべてに優先して行おう』
「ありがとうございます」
クナドは神話の主人公、『岐』の血を継ぐ者となる。
つまりは創作だとしか思えない、神話に記されている数々の力を振るうことが可能となる可能性が高いのだ。
『血継者』が存在しなければ骨董品としての価値しか持たない聖遺物を即座に手配することなど当然だろう。どうせ『血継者』でなければ傷一つつけることが出来ず、武器として機能することもないのだ、勿体ぶる必要などどこにもない。
かくして従来は一方的に指示を拝聴するだけで終わるだけだった本部との遠隔会議は、今までにない展開を経て終了した。
それを示すようにお父さん席の表示枠をはじめとした全ての表示枠が消え、部屋が明るく照らし出される。こうなるとつるんとした質感の壁や床や天井、設えられた机こそ僅かに浮いているが、先刻までの異世界感は一気に薄くなる。
その中で映像であるはずのカインが自然未だそこにいるように映し出されていることと、先刻までの室内にフィットしていたクリスティナだけが浮いている。
「ユージィン、本当にそこまでやばいのか?」
「お前が本気出して、それでもあしらわれた? ほんとに?」
「兄様たちも、今度連れてきますので手合わせしてみればわかりますよ。普通に遊ばれます」
「こっわ」
「マジか……」
だが本部との通信がきれ、いつもの仲の良い家族に戻った兄二人が、クリスティナに負けず劣らず可愛がっている弟にその真意をただしている。
ユージィンの答えを聞いてのリアクションは、日頃部下として仕えている者たちにはとても信じられないような気楽なものである。
2人とも未だ独身とはいえ20代後半の若さで大国の中枢を担う大貴族の一人として、家族以外にはけしてみせない姿であることは間違いない。
たとえ年若くとも、他と隔絶した暴力を持った者がそれらしく振舞えば、それを見る者たちはそこに「重厚さ」を勝手に見出してくれるものなのだ。
「伯爵家としての動きはどうする?」
「まずはローエングラム商会との取引開始を。その後王家を含めた全貴族への紹介をお願い致します。できるだけ早く他国へも繋げてもらえれば助かります」
「承知した」
現公爵として、また唯一の凡人として自分がするべきことを問うたリュグナスが、ユージィンの明確な指示を首肯している。
これでローエングラム商会は侯爵家御用達商会に止まらず、近く王家御用達商会となることが確定した。下手さえ打たなければそう遠くない未来に、国際規模の大商会まで成長することも難しくはないだろう。
まあ懐柔策としてはありがちではあれど、効果の高いものではあるだろう。
「母上は聖教会の方をお願いします。妹君の聖女候補を撤回させるまでは必要はありませんが、雑に扱うようなことが万が一にも発生しないように」
ここまで黙って聞いていた母であるセレスティナへは、当然の事として聖教会への根回しを要請する。
「承りました。どの程度まで情報を開示しても?」
「上層部へはローエングラム家がA.eigsの管理対象になったことを伝えても構いません。上が本格的なバカさえしなければ、下の暴走程度であれば使い道もあるでしょう」
それに対する母からの情報開示レベルに関しては、ユージィンはそこまできつくするつもりはないらしい。少なくとも自らを支配者階級であると自任している者たちには、積極的にクナドが「特別扱い」するに足る相手だと周知させるつもりなのだ。
あくまでもその真価を共有するのではなく、A.eigsの意向に沿った方が得だと思わせる方向ではあるにせよだ。
まあ最低限その程度はしておかなくては、特別扱いをしたことによる弊害が上回る可能性もあるのだ。その事実こそが人の社会が抱える救えなさ、逃れられない宿痾だとも言えるだろう。
「しかし本部がああも簡単に引き下がるとはね」
「そう扱うだけの脅威ってことだよな」
「僕たちよりもより詳しく知っているんだと思いますよ、彼のような存在のことを」
自分の席で小さくガッツポーズをして自分に気合を入れているクリスティナとは違い、自身も魔物と戦う力を他と隔絶した域で身に付けている兄2人は興味津々である。
自分でも絶対に勝てないと確信できる弟がこうまでいう相手に興味を持つなという方が無理なのだろう。
そんな兄たちに応えるユージィンは、先の本部とのやり取りで確信を深めている。
かつての『魔獣狩り』の血を引く者を探し出し、隔絶した技術と知識で強化する汎人類防衛機構A.eigsを名乗る組織は、確かにこの世界を護らんとしているのだろう。それはその一員として生きているユージィンだからこそ信頼できる。
だがきっとそれだけではないのだ。
思えばユージィンの意見の呑み方以前の問題で、本部があんな阿呆な提案書を足してきたことそのものがおかしいと疑うこともできる。如何に『血継者』以外にはただの骨董品とはいえ、聖遺物をあっさりと手配してくれることも怪しいといえば怪しい。
あるいはクナドという存在は、末端であるユージィンたちに知られる前に本部が確保しておきたかったのかもしれない。
「まあ親友ポジションを目指す僕と、恋人ポジションを目指していただく姉上が重要ですね」
まあそんなことを今の手札で考えていても埒が開くはずもない。
少なくとも3年間は自由に動ける状況を手に入れたのだ、ここからは自分次第だと考えればいい。
「――大丈夫なのか?」
「さすがにそれは保証できません。ですが妙なやつなんですよ彼――クナド・ローエングラムは。まず間違いなく自分の力を正しく掌握できているのに、なんというかこう……」
とはいえ家族の心配もよくわかる。
なによりもユージィン自身ですら、こうすることこそが正解だという確信を持っているわけではないのだ。
それにクナドという人物そのものが――
「こう?」
「すごく普通」
「そんな訳がなかろう」
「――ですよね」
珍しく父親に突っ込まれたが、返す言葉は確かにない。
だがなんというかこう、自分の力に気付けていない勇者の卵でも、自覚した上でそれを隠そうとしている世捨て人にも見えないのだ。
ユージィンですら把握しきれないとんでもない力を持ちながら、それを自覚して平然としているのが理解できない。野心も畏れも、高潔さも卑しさも感じない。
普通に友人になれそうな普通の奴。
ユージィンにそう思わせることこそが異常なのだと、自らを対魔獣人型決戦兵器であると認めてきたからこそ気付けないらしい。
クナドとユージィン。
この2人がいずれ本当の友達になることで、この世界は終焉を迎えることになる。




