第23話 『汎人類防衛機構A.egis』②
「そこまでなのか、ユージィン」
「そこまでなんですよカイン兄様。兄様たちの力すら超えるこの僕を対魔獣用決戦人型兵器と呼称したのは本部でしょうに。その僕が手も足も出ずにあしらわれたんです、その彼をいったいどう呼ぶつもりですかね本部は? 繰り返しますが彼には僕のような首輪はついていませんよ?」
本来は基本的に仲が良く、兄達を立てることが大前提となっているユージィンをよく知っているからこそ、次兄もあえてとはいえここまでユージィンが警戒していることに意外を感じている。
それに応えるユージィンの言葉からは、その兄たち2人も常人とは比べ物にならないくらいの戦闘能力を有しているらしいことが伺える。その兄たちをも凌ぎ、組織において最強戦力と見做されているのがユージィンだということも。
『だからこそ――』
「悪手です」
円卓の最奥、最も上座の位置に縦長の表示枠が現れ、重々しい音声でユージィンたちの会話を断ち切ろうとする。だが家族たちが半ば反射的に居住まいを正す中、ユージィンのみがその発言をぶった切った。
本部から上がってきた報告書がクナドというイレギュラー存在に対して取るべきと提言している手段を全否定したのだ。
「!」
「冗談じゃありませんよ、なんで初手から敵に回す前提で動こうとしているんですか。馬鹿なんですか? それが失敗したら人の世界が――最低でも今の世界の仕組みがぶっ壊されるってホントにわかっているんですか? 僕のせいで平和ボケしているっていうのであれば、この世界本来の厳しさを思い出させてあげましょうか?」
さすがに息を呑む家族たちを余所に、やっと現れた本部に対して立て板に水とばかりにユージィンが自分の思うところを畳みかけている。甘い見立てに腹立たしさを感じつつも、本部にこそきちんと事態を把握してもらえるのが望ましいのは言うまでもないのだ。
だからこそ丁寧でありながら言葉に棘を仕込むような回りくどいことはせず、直球の言葉を敢えて選択しているのだ。
あえて取られようによっては脅迫と思われかねない言い回しも辞さない。
『――貴様は我らに逆らえぬ』
本部とて本来はそこまで無能ではないのだろう。
少なくともユージィンが自分たちツアフェルン・モデルの成功例によって緩んでいることを自覚さえすれば、即座に修正できると期待している程度には。
とはいえいま本部が保有している中では突出している――『対魔獣用決戦人型兵器』とまで呼ばれているユージィンによる、叛意ともとられかねない発言は捨て置けないのだろう。
ユージィンのいうところの首輪。
それがある限りは本部の命令に従うしかないことを改めて明言している。
そうする必要があるほどに、ユージィンの力はそれを与えた側であっても脅威足りえるほどのものなのだ。
「わかっていますよそんなことは。だから番犬がいない状況を想い出させてあげましょうかって言っているんですよ」
『貴様――』
だがユージィンはより苛烈なことを言っていた。
ユージィンという成功例があるからこそ組織がこんな甘い報告書を作成するほどに緩んでいるのであれば、クナドがその原因となっている自分ですら瞬殺できる相手であることを証明してやろうかといっているのだ。
それはつまり報告書の通りに動けば、近い将来間違いなくそうなるという意味でもある。
さすがの本部もこれには二の句が継げない。
それがユージィンの過大評価ではないのならば、確かに初手から敵に回しかねない動きを取ることを馬鹿扱いされても返せる言葉などない。クナドは復活の予言がされている魔獣――言葉の通じぬ不倶戴天の敵性存在などではなく同じ人なのだ、まず懐柔から入ろうとしないのは確かに思い上がりでしかないだろう。
「御両親は普通の人です。ただし聖女候補でもある妹君は、僕には彼に並ぶ怪物だとしか思えませんでした。アベル兄様、カイン兄様、僕の3人でかかってもどうしようもないと思います。あ、もちろんそれは彼も同じですよ。その妹君は自分の力を充分に理解した上で、それでも自分の兄の方が圧倒的に上の存在だと確信しています」
ユージィン自身、試験会場でクナドを見かけた際には愕然とさせられたのだ。
2人の兄と比べても突出しすぎている自分に並ぶ者などいるはずがない、自分は正しく復活を予言されている魔獣を打ち倒すためだけに存在する『対魔獣用決戦人型兵器』なのだと達観、あるいは思い上がっていた。
だがその強さを身に付けたからこその本能というべきものが、試験会場に明確な格上が存在していることをがなり立てたのだ。それが誰かなど迷う余地もないくらい、呪印を宿した己の左目が、その存在から目を離すことすら畏れているように引き寄せられた。
怖くて目が離せなかったのだ。
絶対的強者の間合いの中にいながらそれから目を逸らすことなど、自身もそれなりの強者であるがゆえにできるはずもない。
筆記試験の時からその状態だったユージィンは、2日目の実技試験に入る際に意を決して話しかけたのである。気分はまさに「虎穴に入らずんば虎子を得ず」といったところだった。
なぜ自分の本能がそこまで怯えるのかは2日目の試験中は理解できなかったが、より親しくなるために家まで送って妹とやらに遭遇した際に思い知らされた。
理屈は今なおわからない。
だが全力で逃げ出したいと思うほど、妹の方がより化物だったのだ。
世間の評価とは真逆に魔法使い系の戦闘力をまるで評価していなかったユージィンは、その魔法使い系の頂点ともいえる聖女候補はノーマークだったこともある。だが魔法だのなんだの以前の問題で、兄2人を含めてユージィンが知る最大戦力で対峙したとしても勝てるイメージを全く持てない相手だったのは間違いない。
しかもクナドとは違い、妹の方はユージィンの値踏みを瞬時に、しかもほぼ正しく済ませてしまってもいた。それはまず間違いなく「お兄様はもとより、私の足元にも及ばない」というものだったはずだ。
そんな化物が「クナド兄様は私なんか比べ物にならない程強いのです! 私がここまで聖女候補として成長できたのは、日々クナド兄様が鍛錬に付き合ってくれたからなのですよ」と言って嬉しそうに微笑んでいた。
ユージィンは自分でもよくもまあ余裕のある伯爵家の三男として立ち回れたものだと感心しているくらいに、実はあの夜はビビり散らかしていた。
自分であればこんな化物と鍛錬なんて絶対に御免被りたい。
命懸けで対峙することを人は鍛錬などとは呼ばないのだ。
それを平然と毎日のように行い、そればかりこの化物が全力で挑んで一度も勝ったことが無いと断言する存在がクナドなのだ。
もはや魔獣の復活だの、それに備えての戦力増強だのと寝ぼけたことを言っている場合ではない。クナドという個体が人に――この世界に絶望するような事態が起これば、冗談ではなく魔王が誕生してしまうのだ。それにはもれなく『対魔獣用決戦人型兵器』であるユージィンが勝てないと断言できる妹も嬉々として付き従うだろう。
そうなれば国家はもちろん、汎人類防衛機構などと嘯いているA.egisとてものの役には立つまい。
だからこそ敢えて自分の力に驕っている貴族のバカ息子を演じたのだ。
クナドに目を付ける程度には優れた能力を持ちながらも、彼の真価をまるで理解できていないボンクラを。その上で真の力に触れて考えを変え、クナドの信奉者となることをスフィアが不自然だと感付けないように。
今まで誰も気付けていなかったというだけで、この世界の所有権はすでに15年も前にクナドという一個人に与えられていたのだ。あるいはクナドという個人の為だけに、この世界が存在しているのだといえるかもしれない。
少なくともユージィンはそう考えており、その上で警戒するべきはクナド本人よりもその狂信者とも言える妹の方だと見做している。
その上この報告書に在るような対応を取れば、今はのほほんとしているクナド本人も敵と見做して動き出すことは間違いない。勝てる見込みもないのに寝ている化け物を不快にたたき起こそうとしているまさに愚行を、止めないわけにはいかないのだ。
『今一度問う。本気だったのだな?』
「これ以上ないくらいに。つまり本気の僕が全力で暴れてなお、ただの入学試験の模擬戦にみえる程度にあしらわれたってことです」
『――』
くどいとも言える確認だが、それは裏を返せばユージィンの判断を本部も是とする最終確認とも言える。だからこそユージィンも誤解の余地がないように明確に答えたのだ。




