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かつて救世の勇者転生、あるいはいずれ滅世の魔王降臨 ~王立学院の呪眼能力者~  作者: Sin Guilty


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第22話 『汎人類防衛機構A.egis』①

 王立学院入学試験3日目終了後。

 宵の口。


 今日もまたクナドを家まで送り届け、それでもさすがに連日の食事は丁寧に辞退してユージィンは自分の家――貴族区にあるツアフェルト伯爵家の豪奢な邸宅に戻ってきていた。


 ちなみにきっちりスフィアには耳元で「貴女の言う通り、僕ではお兄さんには勝てなかったよ。昨日の発言を詫びるとともに全面的に撤回します。ごめんなさい。ただお兄さんとはこれからも友達でいたいと思っているんだけど、君からその許可を貰えないかな?」などと囁き、とんでもなく上機嫌にさせるとともに、「素直な良い方ね!」という評価を抜け目なく確保している。


 ユージィンにとってそうすることは相当に優先順位の高い処置だったらしい。

 スフィアの御機嫌をとることに比べれば、自らが集合をかけた自分の家族たちを家で待たせることなど些事でしかないほどに。


「おかえりなさいませ、ユージィン様」


「ただいま」


 丁寧に一礼する初老の執事長に、脱いだ仕立ての良い純白の長外套(ロングコート)を渡しながらユージィンが気さくに答えている。


「皆様すでにお揃いでございます」


「だろうね。すぐに行くよ」


 そのユージィンによる視線のみでの問いに執事長が正しい答えを返し、それを受けたユージィンが表情を引き締めて、家族が集まっているという部屋へと歩を進める。


 この時間に家族が揃っているというのであれば、普通は最初に思い浮かべるのは晩餐を共にすることだろう。だがユージィンが歩を進めたのは屋敷の地下、それもそれなりの深さであり、長い螺旋階段と廊下を経たそこが一家団欒のための食堂だとは考えにくい。


 事実、妙につるりとした異様な扉をノックもせずに開け放ったユージィンの視界に映るのは豪奢な、しかしわかりやすい貴族屋敷の食堂などではなかった。


 まず暗い。


 中空には中世風なここの世界観とは乖離している大小幾つもの表示枠が浮かび、せわしなくあらゆる情報を映し出しては明滅を繰り返している。

 その中央に魔力を含んだ鉱石を削り出した巨大な円卓が設えられており、そこへはすでに5つの人影が確認できる。


 執事の言った皆様――ユージィン以外のツアフェルン家の全員が揃っているのだ。


 まず現ツアフェルン家当主リュグナスとその妻セレスティナ。

 

 リュグナスは王宮において軍事面の総責任者を務めており、セレスティナは元聖女として聖教会に大きな影響力を有している。そのため基本的には領地にはおらず、2人ともに王都のこの屋敷で暮らしている。


 ユージィンとは年の離れた2人の兄、カインとアベル。


 長兄カインは父の代官として領地に常駐しており、勝手に王都に出て来ることはできない。ゆえにそこに座っているように見えるのは、この世界にはそぐわない映像技術によるものだ。本人は今、領地の屋敷に設えられている同じような地下室に一人でいる。


 次兄アベルは王立軍の第四軍の軍団長を務めており、常は王城へ出仕しているため王城内に居室を与えられているため、本人がこの場に馳せ参じている。


 最後の一人は長女クリスティナ。


 ユージィンと歳は近く現在王立学院魔法研究学部の3年生だが、来春には卒業してしまうので先輩後輩になることはない。寮生となるのが王立学院生の基本だが、貴族区に屋敷を持っている者は通学も認められているため、クリスティナはこの屋敷で暮らしている。


 その5人にユージィンを加えた計6人が、現在のツアフェルン家に属する全員だ。

 5人ともにユージィンと血が繋がっているだけあり、みなとんでもない美形である。

 

 中でも長女クリスティナの美貌は突出しており、そのずば抜けたスタイルを包むやけに近未来的な衣装も相まって、この不思議な空間に妙に合致(フィット)している。

 ユージィンも含めた他の5人はその美しさでこそ伍せはしても、いかにも中世風な衣装を身に纏っているせいで違和感の方が強いのだ。


 逆に言えばこの部屋とセットで、クリスティナがこの世界から浮いているとも言える。


「ユージィン、試験お疲れ様」


 そのクリスティナがユージィンによく似た美しい(かんばせ)に柔らかい笑顔を浮かべ、溺愛している弟へ労いの言葉をかけている。

 花笑み――花が綻ぶ様な笑顔とはまさにこのことを言うのだろう、というほどにその様子は(たお)やかである。


「ありがとクリスティナ姉様。ホントに疲れたよ……というか死ぬかと思った」


 自分の席へ着きながらそれに応えるユージィンの様子は、そう歳の離れていない仲のいい姉に対する態度そのものだ。この国において狭き門の双璧とされる王立学院の冒険者育成学部と魔法研究学部、その一方への入学試験を終えた直後の弟の言葉としても順当なものだろう。


 ただし最後の一言を除けば、だが。


「つまりこの報告書に間違いはないということか」


 円卓とはいえ入り口から見て一番奥――もっとも上座となる、いわゆるお父さん席になぜか座していないお父さんであるリュグナスが、その洗練されたいかにも大貴族らしい風貌に似合いのバリトンでそう問うた。


 中空だけではなく魔鉱石でできた机の上にも多種多様な情報が表示されており、それ――この3日間の試験に関する報告書と、それに基づいた対応策――を確認しながらの質問である。


「いえ父上。間違い――というか願望しか書かれていませんよこの報告書とやらには。彼に対してこんな(ぬる)い対応を本気でするというのであれば、僕は今この瞬間にA.egisを見限りますよ」


 だがそれに対するユージィンの返事はにべもない。


 吐き捨てるようにして論外であると切って捨てるばかりか、A.egis――おそらくはこの部屋の奇妙な魔導具群を当たり前としているなんらかの『組織』に見切りをつけるとまで言い放っている。


 その組織の正式名称は『汎人類防衛機構A.egis(アイギス)』。


 ユージィンを含めたツアフェルト家はこの国の伯爵家である前に、全員がその組織の一員なのである。

 その名称の本来の意味も知らぬまま、この世界においては逸失技術(ロスト・テクノロジー)技術過剰オーバー・テクノロジーとしか思えぬあらゆる魔導具を駆使して、陰ながらこの世界に生きる人類を守護することを強いられた者たち。


 その本部は大国の王家にも強い影響力を有している。


 各国の武門貴族と呼ばれている者たちはみな例外なくA.egisとなんらかの関係があり、大国であればあるほどA.egisの思惑を完全に無視することなどできない状態になっている。

 逆に小国や新興国にまでその手は及んでいないが、それらは影響下にある大国の支配力を以て黙らせる方が費用対効果に優れているのだろう。


 ツアフェルト家を伯爵家としている大陸四強国の一角を占めるこの国では、実権において王家すらを凌駕しているのが今この部屋にいる6人なのである。


 もちろんその事実を知っているのは、王家と建国以来の大貴族たちに限定されている。


「……本気で言っているのかね」


 常のユージィンからは考えられないその明け透けな物言いに、リュグナスは驚きの表情を隠しきれなかったようだ。その口調には咎めるというよりも、偽りなく本気で言っているのかそれ? という疑問と興味の方が色濃い。


 この中ではリュグナスのみが生粋の構成員ではない。


 任務でこの国の聖教会に赴いていたセレスティナに一目惚れして、なりふり構わず一緒になるために家ごと構成員として加わったのだ。だからこそA.egisという組織がどれだけとんでもないものなのかを、一番客観視できているとも言えるだろう。


 ツアフェルン家以前にこの国を傀儡とするために暗躍していた貴族家の力や、自分の妻のこの国の聖教会支部に対する影響力はもとより、現在の自分がこの国に対して行使できる力を自覚しているからにはそうもなるだろう。


 だからこそユージィンの言い様に興味を引かれたのだ。


 世界的な秘密組織というものは、構成員が見限ったからとてはいそうですかと自由にしてくれるような、それこそ温い組織であるはずがない。ユージィンほどの力を与えられていても、いや与えられているからこそ、万が一にも飼い犬に手を嚙まれないための措置は執拗なくらいに徹底されているのだ。


 我が身を以て誰よりもそれを知っているはずのユージィンが先のような発言をしたために、リュグナスも常ならず感情を表に出してしまったのである。


「本気かと問いたいのはこっちのほうですって。僕が完封されたにもかかわらずこの(ぬる)さって正気を疑いますよ。彼は僕たちと違って首輪なんかついていないんですよ? ホント今の状況をわかってるんですかね本部は?」


 だがユージィンには矛を収めるつもりはないらしい。

 それどころか、誰が聴いてもそうだとわかるほどはっきりと本部の批判を口にしている。


 そこには捨て鉢のような空気は感じられない。


 実際に彼――クナドと模擬戦をやった者として、この3日間の情報を基にしたイレギュラー存在への対応をまとめた報告書に、半ば以上本気で立腹しているのだ。


「言葉が過ぎるぞユージィン」


「言葉を選んで事態が好転するならいくらでもそうしますが、今はそんなことを言っている場合ではないのですよアベル兄様」


 長兄が発した言葉はその字面こそ厳しいものの、その声には叱責や(たしな)めるといったニュアンスはほとんど感じられず、絶対者に対して不遜すぎる態度を見せている弟に対する心配が多くを占めている。


 それを理解できているユージィンも声を荒げたりはしないが、その内容については辛辣さをまったく抑えるつもりはないようだ。


 ユージィンとしては本部が甘く見るのは知ったことではないが、大事な家族たちには正しく今の状況を把握してもらいたいという思いが強い。自分がつかんだ情報を正しく共有するためには、要らん遠慮をしている場合ではないと判断しているのだ。


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