第21話 『技と能力』⑤
技にはならない、単純なユージィンの膂力で適当に振り回される攻撃まで読み切ることはさすがにできないだろうが、それらは見てからでもなんとか躱せるはずだ。
呪印による強化によってとんでもない攻撃力を有しているとはいえ、その速度が神速になっているわけもない。なによりもユージィンが手練れであればあるほど、型から外れた攻撃をしてくる可能性も低い。
『勇者の呪印』によってすべての斬撃がとんでもなく強化されている状態では、実は適当にぶん回される方がよほど恐ろしいのだ。
かすっただけでも終わりというのは脅威なのである。
「だから僕の相手もクナドの相手も辞退すると思うよ? さすがに王立学院側もそれを咎め立てることはできないと思う」
「いちいちそう」
ユージィンには俺の連撃や大技をぶち当てたところで、怪我をする程度で済むはずだ。
常時発動型の呪印によるステータスブーストは、防御方面においても伊達ではないのだ。
だが『飛翔一閃』や『落花瞬連斬』をユージィン以外がくらった場合……うん、まあ、確かに治癒魔法を受ける前にまず間違いなく死ぬだろう。
やはりうちの妹君はかなり特殊なのだ。
ユージィンの大剣による一撃、特に溜め斬りなどは言うまでもない。あんなもん、無敵系で躱さなければ、武器や鎧ごと叩き斬られる結果にしかならない。
如何に王立学院の試験とはいえ、俺やユージィンが手加減を間違えただけで死ぬと確信できる模擬戦を、それでも受ける豪の者は確かにいはしないだろう。
「で、クナドは不戦勝同士の模擬戦が組まれた場合はどうする?」
「どうするとは?」
「僕を殺さないように模擬戦を成立させる自信はあるかって話」
「加えて自分も殺されないようにユージィンを勝たせることができるかって?」
まあ王立学院側としては、一応そうするしかないのか。
一番丸く収まるのは、その際に俺がその打診に対して辞退すればいい。
だがどうやらユージィンはお互い手加減、というか殺さないように抑えながらの模擬戦はやりたいらしい。
いやユージィンは今の俺がうっかり当てても「痛った!」で済むだろうけど、俺がうっかりユージィンの溜め斬りなんてくらった日にはえらいことになるからなあ……
死ぬことはない。
ただ俺が今期待に胸を膨らませている王立学院での学生生活なんかは消し飛ぶことになるだろう。致命の一撃をくらった場合、一番派手な形で俺の正体が露見することになるからだ。
できればそれは避けたい。
「? 僕を勝たせる必要なんてないよね? スフィアさんに与えられた課題を存分に果たせばいいじゃないか。それともクナドは、僕が勝ちを譲ってもらいたい人間にみえる?」
「ユージィンがそうだとは思っちゃいないよ。だけど俺としてはそう在ってくれた方が助かるんだけどなあ……」
しかもユージィンはお互い手加減はしながらも、遠慮はなしでやりたいとのこと。
あれだけ自信なさげなことを言っておきながら、武門貴族の騒ぐ血を抑えられないとでもいったところなのかな?
「今更な気もするけどね。まあクナドが望んでのことであれば、付き合うのは構わないよ」
「助かるよ」
だが俺が本音で話すと、その背景も理解できるユージィンは苦笑いでそれを受け入れてくれた。しかしこうなると模擬戦を受けることは確定だし、しかも途中までは本気でやるしかないだろう。
まあ俺がうっかりしてもユージィンを殺してしまう可能性だけは絶無なのでそこは安心か。逆にうっかり俺がくらってしまった場合はいろいろ諦めよう。
せいぜいユージィンにフォローをしてもらうしか手はないし、まあ右目の呪印の力を晒した後であれば、全面的に味方になってくれるだろう。俺の有用性を示すという意味では、最善手だとも言えるのだから。
「僕としては3年間、慢心している暇などなく鍛え上げるモチベーションが得られて嬉しい限りだよ」
「それは俺もだし、まあ鍛錬相手がいるのはお互い有難くないか?」
「それはそうだね。なるほどスフィアさんはそういう理由もあったのか」
これはわりとガチで、切磋琢磨する相手がいるというのは大きいのだ。
俺としても、双の呪印が発動していない状態では遥かに格上であるユージィンがいてくれることはありがたい。
「まああいつの鍛錬相手が務まるのは俺くらいだったからなあ。これからはユージィンも付き合ってくれよ」
それはスフィアの鍛錬相手としてもそのまま当てはまる。
「お義兄様の御許しを頂けるのであればいつなりと」
こうして俺は少々不本意ながら、うちの妹君以外のおそらくは全員に主席合格を期待されている伯爵家御令息と、わりとガチ目に模擬戦をすることに相成ったのである。




