第02話 『プロローグ』②
やり込み。
それは自身をゲーム好きと見做す者なのであれば、一度はやったことがあるであろう、自分でもよくわからない狂気の一つだ。
俺も長らくゲームオタクをやってきている以上、自他ともに「やり込んだ」と認めることができるゲームは枚挙に暇がない。
だがそれもやがては必ず終わり、そのゲームから離れることになる。
奇しくも枚挙に暇がないことこそが、その事実をこれ以上ないくらいに証明していると言えるだろう。
それは寂しいことだが、ごく自然なコトでもある。
同じゲームをずっとやり込むだけで楽しみ続けられてしまっては、ゲーム業界はおまんまの食い上げである。
開発者冥利には尽きるかもしれないが、ある程度で満足して次に行ってもらわなければならないのは、至極当然の事でしかないのだ。
このあたり、課金を前提としたスマホゲーなどでは話が違ってくるのだが、そっちはそっちで上手く行っているタイトルがそこまで多くないあたりが面白いところではある。
あるいは終わりがあるからこそやり込みは楽しく、やり込むことに課金を促されていることが透けて見えてしまったら、いかなゲーム好きとて醒めてしまうのかもしれない。
いやゲームそのものが素晴らしければ、そうと知りつつ開発運営の掌の上で踊らされることすら愉しむのがゲーマーという生き物ではあるのだが。
踊らにゃ損であることを知っているからこそゲーマーなのである。
だからこそ極一部のタイトルとはいえ、長期にわたって収益を確保できるのだ。
だがいつかは必ずやってくる架空のお祭りの終わり。
それはすべての完遂によって訪れる。
どれだけハマっていたゲームでもすべてのステータスの数値がカンストし、各地に隠されたすべての装備やアイテムを回収し、それらを駆使してラスボスなど遥かに凌駕する強さを持った隠しボスを倒してしまえば、それ以上やることが無くなってしまう。
だが作り込んだエンドコンテンツを無償で永遠に拡張配信し続けることなど、一営利企業にできるはずもない。
熱狂した世界が閉じてしまう。
愛していたとさえいえる世界が終わってしまう。
それを拒絶し、最弱装備での強敵討伐やリアルタイムアタックに情熱を注ぐ者もいる。
だがそれすらも極まってしまえば、いずれ終焉を迎えることからは逃れられない。
どれだけハマったゲームであっても、ほとんどの場合は同じことの繰り返しとなってしまっては如何ともし難いものがあるのだ。
だがなにごとにも例外はある。
誰しもに当てはめるのであれば総論として今述べたことが揺らぐことはないのだが、「あるゲームとある個人」という限定状況においては、それが覆されることも稀に、だが確かに存在しているのだ。
もちろん最もハマっていた時期、クリア前やクリア直後のやり込み要素をまだ山ほど残していた時期とは、その情熱もかける時間も同じというわけにはいかないだろう。
それでも発売されてから数年間、それどころか10年を超えてもやり込みを維持できるゲームというモノが、極少数のゲーマーには極稀ではあれども存在し得る。
一機も落とさずにスタートからクリアまでを日課にする古のシューティングゲーム。
ボス撃破までを寝る前に毎夜通す、アーケード発祥の古のロボットアクションゲーム。
アホみたいな低確率設定のため、普通に考えてドロップするはずもない希少装備を夢見て、今でも週に対象迷宮を何周かはしてしまう古のハック&スラッシュ系ゲーム。
すでに数世代前の家庭用ゲーム機をまるで宝物のように扱ってメンテナンスをかかさず、毎晩とうの昔に終わってしまっている世界を飽きずに起動し続ける。
たとえ世界でたった1人なのだとしても、俺が愉しんでいる限りこの大好きな世界が終わってしまうことなどありえないのだと言わんばかりに。
他人どころか友人、家族にすら理解してもらえない。
まさに狂気と呼ぶに相応しい、だが当人にとってはいつまでも楽しいその行為。
幸いにもというべきか不幸にもというべきか、俺にもそんなゲームが存在していた。
超有名な魔物を狩るゲームのインスパイア、ライクゲームとして発売されたアクションを基本とした某フォロワーゲーム。
タイトルは敢えて秘す。
発売当初はあまりにも本家様に似ているがゆえに批判も浴び、紛い物、パクリと酷評されてさえいた。
かくいう俺自身も当初はそういう目で見ており、「やらずに批判するのもなんなので」という我ながら謎の上から目線ムーヴでプレイした結果、あっさりはまってしまったのだ。
別に俺のようなのが多数派だったわけではない。
一年後に拡張版が発売されるというそのスタイルも本家を真似過ぎていたため、最終的には批判されることの方が多かったタイトルであったことは否定できない。
だがあまりにも出来が良すぎる本家の基礎構造設計をほぼほぼそのまま真似たがゆえに、ゲームとしては十分以上に楽しいものに仕上がっていたのもまた、揺ぎ無い事実なのである。
また好き嫌いがはっきりしやすく、合わなかった人にとっては「本家に泥を塗っている」とまで言わしめた、かなりファンタジー寄りの外連味に満ちた世界設定と物語展開。
それが俺を含めたある一定の人間には派手にぶっ刺さったのだ。
そうなれば嫌う他人がどう騒いだところで、ソロはもちろんマルチでプレイすることにも困ることは無くなる。それこそ本家本元の法務部様に訴えられでもしない限りは、楽しめる者が存分に楽しめばいいだけの話でしかない。
その世間での評価から他の有名タイトルとのコラボ等は望むべくもなかったが、その分悪乗りしがちな開発運営が定期的にイベントクエストを配信してくれたのでとくに困ることはなかった。
それどころか半ば以上信者化した現役プレイヤーたちは開発運営の吹く笛に合わせてそうと自覚した上で派手に踊り狂い、一部のDLCコンテンツの売り上げなどで何度か世間の耳目を集めたこともある。
一年後に発売された拡張要素で大衆受けすることを僅かに期待したものの、残念ながらそうとはならなかった。せめてもの救いとしては御本家様が肯定的な発言をしてくれた上にいくつかの装備レベルの軽いものとはいえ、コラボに踏み切ってくれたことだろう。
これで一応は本家に認められたというカタチとなり、一部の原作原理主義過激派を除けば「パクリゲーム好き」から「劣化版が好きなモノ好き」程度にプレイヤーの扱いは収まることと相成った。
とにかくどうあれ好きでプレイしていた俺たちにとっては、発売からの約2年間は楽しく幸せな、騒がしい日々が続いたのだ。
だがそれでもやはり終焉からは逃れられない。
拡張要素の発売から約一年で、最終アップデートが実装される日を迎えてしまう。
それでもこの規模のタイトルとしては相当長く続いた方だろう。
だがその最終アップデートを以て、新たな大型魔獣の新規投入や物語の展開は結末に至り、これ以上その世界が広がることは無くなってしまったのだ。
それでもまだ最終アップデート直後はお祭りが続いていた。
その頃にはその悪乗りぶりで妙に有名になっていた開発運営が最後に実装した敵は、約二年間やり込んできた俺たちですら最初は「勝てるかこんなもんwwwww」と騒ぐレベルのめちゃくちゃな強さだった。
だが動きを覚え、専用ステージに用意された各種ギミックの理解が進めば手練れであればなんとか辛勝が可能で、この御時世その動画が共有されて以降は飛躍的にその討伐数を伸ばすことになっていく。
もちろんその最強の、最後の敵を討伐することによって生産可能になる武器防具は、それまで開発運営が細心の注意を払って調整してきたバランスをぶん投げるほどの壊れであり、それを手に入れた先達が後続を手伝うことで、より多くのプレイヤーが次々と最後の魔獣の討伐を果たしてゆく。
果たして、満足してしまう。




