第19話 『技と能力』③
「まさか本気で気に入ったのか、スフィアのこと」
ユージィンなら無難に「いい人」を演じることなど造作もないだろう。
それこそスフィアに本気で「いい方ですね」と思わせることなど児戯にも等しいはずだ。
でありながらわざわざこんな言動をするということは、面白がっているとしか思えない。
つまり妹君がぶんむくれる反応を面白がれるほどに、興味を持っているということでもある。
「僕は強い者に惹かれると、昨日そう言ったよね? だからクナド、君はもちろん妹のスフィアさんにも――要は兄妹ともに僕は強く惹かれているよ」
「頭が痛いよ」
確かにそういう意味では、ユージィンが俺以上にスフィアに惹かれるというのは理解できる。
なんといってもスフィアの正体は、まず間違いなくおともなのだ。
攻撃、回復、強化、弱体、罠による支援、なんでもござれの相棒は魔物、あるいは魔獣とも戦うことを想定している者にとっては、なにを対価に差し出しても欲しい存在であるだろう。
スフィアが共にいてくれるだけで戦いやすさが段違いのなるのは、ゲームの時から証明されている。まあ極まってくると完全に単独でタゲが散らない方が戦いやすくなったりもするのだが、そのんなものは相当やり込んだごく少数にしか適用されない。
だがそれ以上に、もしもユージィンに相手の力量を見抜くような特技があるのであれば――俺に向こうから近付いてきた以上、その可能性は否定できない――スフィアはある意味、俺やユージィンですら絶対に及ばない怪物であることを見抜けているのかもしれない。
なにせおともは乙らない――絶対に死なないのだ。
プレイヤー・キャラクターが落ちない限り、魔獣からどんな攻撃をくらって一時的に機能停止しても、一定時間が経過すれば平然と再起動して戦闘行動を継続する。
さすがにスフィアで試したことはまだない。
だがもしもこの現実化した世界でもその特性が適用されているのであれば、スフィアを倒し得るものは俺も含めて誰もおらず、逆にスフィアに倒せない相手はいないのだ。
お供の攻撃はどんな相手であっても、必ず一定は通るのだから。
となれば強い者に惹かれるというユージィンが構うのも当然の話でしかない。
一方で確かにまだ先だとして先送りしていた問題――聖教会の聖女として不自由を強いられるかもしれないスフィアの近い未来に対して、伯爵家の後ろ盾というのはありがたい。
こんなことを言ったらスフィアにひっぱたかれそうだが、もしも本気でユージィンがそれを望むのであれば、玉の輿もここに極まれりといったところだろう。
母上が活き活きし出すのも無理はない。
「まずはお義兄様に認めていただけるよう、これからも精進するさ」
「……頼りにしているよ。じゃあ行ってくる」
もうすでにユージィン本人が俺をお義兄様とか言い出している始末だしな。
今のところはまだ冗談の割合の方が大きいとはいえ。
◇◆◇◆◇
さて俺の番。
だが緊張する要素はどこにもない。
相手にするのは疑似目標なので反撃してくることはないどころか、動きすらしないのだ。
魔獣の動きを予測して、外さないように連撃を繋げられるように立ち回る必要もない以上、これで緊張しろという方が無理だろう。
疑似的な攻撃として随時ペイントボールが飛んでくるが、今までの試験を見ている限り死角から放たれていたことは一度もなかった。
であれば見てから躱すなり、当身で取るなり、どうとでもできる。
というより楽に当身を取れるので、逆にありがたくさえある。
まあこれは魔物や魔獣との位置関係を把握できるような試験にはなっていない以上、死角からの攻撃を避けろというのは無理があるので仕方がない。
とにかく温い試験だということだけは間違いないのだ。
不動のおもちゃを相手に、自分のできることをただ見せればいいだけなのだから。
太刀を抜刀。
ゲーム時の名刀たちとは比べるべくもない鈍に過ぎないとはいえ、刃引きはされておらずきちんと相手を殺すための武器だ。
すでに戦闘態勢に入っているのだが、俺の呪印は発動条件を満たしていないので双方ともに沈黙している。だがゲーム時に存在していたすべての能力を上限値まで発動可能な俺は、この場ではユージィンを除けばこのままでも圧倒的な戦闘機動が可能だ。
つまり俺が次席合格するための障害など何もない。確かに何もないのだ。
――にもかかわらずなんでこんなに緊張するんだよ!
命の危険などない。
普段やれることの十分の一でもできれば不合格にもなりようがない。
それでも試験官、受験生を問わず全員からの注目を受けているこの状況は、その正体が凡人でしかない中の人にとっては、ここまでの重圧を与えてくるのだ。
これはいろいろと考え方を改める必要があるなあ……
今の俺がゲーム時のプレイヤー・キャラクターを前提とした超人であることは揺ぎ無い事実ではあるが、しょせん中の人はこんなものなのだ。
その超人ぶりとて戦闘能力に特化しているわけだし、ゲームではなく現実の社会の中で上手く生きていく上では、とてもではないが万能とは言い難い。
そういう意味では今のタイミングでユージィンと知り合えたことは僥倖だろう。
こちらがユージィンに望むことがあるのであれば、こちらもユージィンにとって俺が有用な存在であることを証明する必要があるとはいえ。
特に聖教会から聖女候補にあげられているスフィアについては、ユージィンが居なければ両極端な2択しか与えられていなかった。つまり唯々諾々と聖教会に言われるとおりにスフィアも俺たちも生きるか、俺の力を以て出奔して自由に生きるかだ。
スフィア自身がなにを望むかは置くにしても、後者は現実的とは言えないだろう。
出奔するといっても聖教会は世界宗教なのだ、基本的に逃げ場所などどこにもない。
まあ人跡未踏の未開の地で自給自足で暮らすことならなんとか可能だろうが、俺はともかくスフィアにそんな暮らしをさせたくはない。
そういう意味ではよりマシな選択肢を与えてくれるかもしれないユージィン――伯爵家とのパイプを持てるのは素直にありがたい話でしかないのだ。
そう考えれば緊張するとか温いことを言っている場合ではないので、気合を入れなおす。
それにやることは単純だ。
ユージィンによる模擬戦のインパクトを超えることはできまいが、ちょっと普通ではできないことをやってみせればそれですむ。
初撃から最後――疑似目標を破壊するまで連撃を途切れさせない。
目標が不動であり、時折加えられる疑似攻撃も余裕をもって処理できる以上、俺にとってはまったく難しいことではない。ユージィンが昨日早々に破壊していたところから見て、呪印が発動していない俺の攻撃力であっても、与えられた時間内に破壊することは余裕で可能なはずだ。
魔獣ではなく所詮は最弱級の魔物素材によるものなのだ、いくらするかは知らないが技による連撃を叩き込み続けられて耐えられるものでもあるまい。新品に変えられてからここまでの試験でも結構削られているだろうし、下手をすれば思ったより早く壊れてしまう可能性すらある。
「開始!」
そこまで考えたところで試験官が開始を宣言した。
しかしどうして声もなければ目にも見えないのに、注目、というか期待が一気に膨らんだことがわかってしまうんだろう。自意識過剰というわけではないのだろうが、前世のトップアスリートたちが、これを当然として結果を出し続けていたのだと思うと本気で感心する。
ええい、余計なことは考えるな!
正しく技を繰り出し、連撃を繋ぎ続けることだけに意識を集中しろ!
深呼吸を一つして精神統一。
抜刀状態からの初撃は踏み込んでの縦斬り。
そこから敵の反応、反撃を見越して左右どちらかへ飛ぶように移動をしながらの横切り。
着地し軸足を固めて継戦納刀――通常の納刀とは違い、そのまま攻撃を継続できる太刀専用の納刀状態――してからの特殊抜刀攻撃を当てて、刀気ゲージが常時上昇する状態を確保。
からの刀気ゲージ消費斬撃を連撃で叩き込んで、そのコンボの最後か当身で取った直後だけ発動可能となる刀威レベルを上げる太刀技『瞬閃』に繋げる。
その後は大技である『瞬閃』の隙を継戦納刀で消して特殊抜刀攻撃。
当然敵の動きや味方の攻撃も勘案して、ディレイや時には攻撃を中断しての仕切り直しも常に選択候補としながら立ち回る。敵の行動が予測できているのであれば、隙が僅かな突きをはさんでそこから敵の攻撃を当身で取って『瞬閃』に繋げるのも定石だ。
とにかく戦闘開始直後は、いかに『瞬閃』に繋いで刀威レベルを上げるかが最優先される。
これを基本的な一周として最初に戻り、最上位まで刀威レベルが上がれば刀威レベルを消費して繰り出される大技、『飛翔一閃』か『落花瞬連斬』を差し込んで再び刀威レベルを最上位に戻すことの繰り返しだ。
確実に弱点に当てられるのであれば『飛翔一閃』、それが難しい、あるいは敵がその時に弱点が無い状態なのであれば『落花瞬連斬』の方がヒット数は多いのでそちらに切り替える。基本的には『飛翔一閃』を狙っていくことが定石であり、動かない疑似目標が相手である今は『飛翔一閃』一択である。
どれだけ緊張していても、こっちで物心がついてから数えきれないほどに繰り返したその挙動を、相手に動きに合わせる必要もなく繰り返すだけであればミスするはずもない。
だが縦斬りから横斬りに移行した時点でペイントボールが撃ち出された。
これまでの受験者には初動で打ち込まれたことがなかったので、ちょっと意外を感じる。
だが太刀遣いである俺にとっては逆に都合がいい。




