第17話 『技と能力』①
意外と疲れ果てていたらしく、昨夜はいつもより早く寝床に入ったにもかかわらず朝までぐっすり眠れてしまった。体力が有り余っているせいか日頃は寝つきがいい方ではないので、俺にしてみれば珍しい事例だといえる。
自分で思っていたよりも、やはり試験にはそれなりの重圧を感じていたのだろう。
……。
嘘である。
昨夜、ユージィンの馬車で家まで送ってもらった際に、なぜかいつもよりも早く帰宅していた父上と母上、それにスフィアが揃っていたせいだ。父上が伯爵家御令息に失礼にならないように控えめに食事に誘うと案の定快諾され、その際にユージィンとスフィアが少々もめたのだ。
ユージィンは最後までおそらく本気で大笑いしていたが、父上は胃痛になり母上はなぜか活き活きとしはじめ、スフィアは今までに見たことが無いほどにぶんむくれてしまった。
俺としてはもう寝るしかなかったのでさっさと寝て、せめて万全の体調で今日の試験を迎えるようにするしかなかったのだ。
なんか朝からうーうー唸っているスフィアに「クナド兄さま! 絶対に主席合格してくださいね!」とか無茶を言われたのだが、残念ながらユージィンがいる限りそれは不可能だろう。それこそ最終試験の相手が魔獣にでもならない限り俺にはどうしようもない。
その実技の最終試験となる模擬戦闘は受験番号1番、つまりはユージィンから開始された。
宣言通り本気で望んだユージィンが見せたとんでもない戦闘機動に、同じ受験生たちだけではなく試験官たちも唖然とさせられたことは言うまでもない。
まず呪印を宿した眼を持つ――『神の寵愛』を得た者の戦闘を目の当たりにする機会などそうそうないだろうからそれも無理はない。
初手から観る者のド肝を抜いたのは、常時発動型の呪印ゆえに身体能力測定時から甘漏れしていた真紅の魔導光が、ユージィンが模擬とはいえ戦闘態勢に入ったことで本格的に発動したことだ。
左目から真紅の魔導光を噴き上げ、周囲を染め上げる。
その少々派手に過ぎる光景はあたかもユージィンがその領域の支配者であり、そこでは誰も勝つことなどできないのだと見る者に錯覚させる。
いやそれは錯覚などではなく、こうなったユージィンに勝てる者など本当にいはしない。
またユージィンの得物が、その派手さで言えば全武器中で一位二位を争う大剣なのだ。
そこまで俊敏な戦闘機動ではない分、一閃一閃の威力が文字通り桁違いなのである。
ゲームの時も、大剣とかの一撃の表示ダメージ数値はエグかったもんなあ……
大剣遣いは他にもいるし、基本的な『技』はなにも変わらない。
だが最大の破壊力を叩きだす『溜め斬り』の溜め速度は呪印の効果で桁違いに早く、あっという間に次々と最終段階まで溜めた一閃を繰り出してゆく。またその破壊力たるや、こちらも呪印の効果で、受験生であればみな同じものであるはずの、刃引きされた鉄剣によるものとはとても信じられない。
当然ゲームのように一撃ごとに与えたダメージが数値化されて表示されたりはしていないが、俺には4桁のそれが幻視できてしまう。
魔物など間違いなく一撃で消し飛ばす剛剣。
その一閃ごとに派手に変形させられる疑似目標と、何よりもその際に発される斬撃の音が凄まじい。もはや剣戟音というよりも、ミサイルかなにかの着弾音の如きである。
大剣の斬撃SEがすごく気持ちいいのはゲーム時も有名であり、それに憑りつかれて大剣から離れられなくなったプレイヤーは多いと聞いている。
結果として、王立学院側が全受験生の模擬戦闘試験に耐え得るように用意したはずの模擬目標――魔物素材で造られたそれ――は、最初の一人であるユージィンによって完膚なきまでに破壊されてしまった。
次のものを用意する際の教師たちの苦み走ったその表情が、その疑似目標が決して安物ではないことを雄弁に物語っていた。伯爵家が補填してくれることを期待するしかない。
また不意打ちで行われる、塗料付きの柔らかい弾でなされる疑似攻撃に対する対処も完璧だった。
大剣を器用に駆使して防御し、時に特殊行動で弾き飛ばし、状況次第では抜刀したままの回避で飽和攻撃を仕掛けられた範囲から素早く逃れる。
それを可能とする能力はもとより、その能力を十全に活かすべく日頃から鍛錬を重ねていることが、素人目でもわかるくらいに洗練された動きだったのだ。
大剣の『技』とそれを強化、効率的に発動できるようにさせる『能力』の理想的な相乗効果。まさに『勇者』がその本領を発揮しているとしか表現のしようがない。
もしもユージィンを不合格にするのなら、試験官たちは全員失職することになるだろう。
ただ可哀そうだったのは受験番号2番以降の数人である。
同じ受験生のみならず試験官たちですら「普通」を想い出すのにそれなりの時間を必要とし、受験者本人もユージィンに見せられたとんでもない戦闘機動にひっぱられて、いつも通りの動きを出来ていたとはとても思えない。
なによりもユージィンがあまりにも当然のようにすべてを防御し、躱し、いなしていたせいで、防御力を試すペイントボールの発射数が間違いなく試験の想定基準を超過していたことだろう。
あんなもん、実戦経験もない普通の15歳にすべて凌げるはずもないので、あれは完全に試験官側のやらかしである。
少なくとも受験番号2番から一桁番号だった連中は採点基準を変えるか、それが無理なら最後にもう一度受けさせてあげて欲しいところだ。
今俺の隣で「やはり大した人はいないね」などと豪語している大貴族の御子息様はおそらく悪気などないので、如何なく実力を発揮できなかった恨みつらみを彼に向けるのだけはご容赦願いたいものである。
ちなみにユージィンの大した人はいないという言い方はアレだが、確かに冒険者になるべきではない者は何人も存在していた。というよりも冒険者になれる――魔物と戦える者が限定されているといった方がより正しいだろう。
その資格を持つ者から見れば一目で、持たざる者であっても比較によって嫌でも思い知ってしまうその絶対的な違い。
それを浮き彫りにするためにこそ、この最終模擬戦闘試験は存在しているのだ。
筆記試験や昨日までの身体能力試験でも確かに選別はするのだろう。
だがこの最後の模擬戦闘試験で合格点を得られない者は、絶対に冒険者にはなれない。
というかなってしまったら、魔物との最初の戦闘でまず確実に死ぬことになるはずだ。
いや俺もよくわかっていなかったのだが、呪印の有無以外にもより明確な格差が存在していたのだ。
『魔導球』が現存していない以上、呪印持ち意外に能力が発動することはない。




