第16話 『群抜き』④
「クナドは本当にバカなの?」
「……かもな」
あきれ顔で辛辣なことを言われるが、返す言葉もない。
ユージィンの力を見せられた際の反応もさることながら、たった今俺がした反応こそがユージィンと試験官たちの読みが正しいと認めたようなものだからだ。
ユージィンにしてみれば、もうちょっと丁寧に隠せとでも言いたいところなのだろう。
まあいいのだ、今更俺はユージィンに隠し事をするつもりはないのだから。
ユージィンとて、その前提を理解した上での諌言なので、選んだ言葉に反して口調は柔らかいのだろう。
「ふふ、真に余裕がある者は演技以外では怒らんという父上のお話は真理なんだね。その点僕はまだまだ余裕が足りない。兄上たちと同じようにクナドも見習わなければだなあ」
「え? ユージィンが怒ることなんかあるの? というか怖ないそれ?」
そういってまた獅子のように笑っているが、お前が怒ったら周りは引くだろ。
というかすでにそこまでの強さを持っていて、御父上の云う境地に至れていないのはどういうことだ。
まさか御父上やお兄様方がユージィンより強いとか言い出すんじゃないだろうな?
「……確かに怖れられはするよ」
しょんぼりすんな。
ああなるほど、俺はともかく大貴族の御令息として育ってきた――黒い腹芸についても同世代が幼子にみえる程度には慣れているはずのユージィンが、妙なくらい俺には簡単に心を開くなと思っていたが、それが理由だったか。
血統に頼っての態度や虚勢ではなく、素でユージィンに怯えない相手はおそらく俺が初めてだったのだろう。本人もしっかり自覚はできていない可能性もあるが、たぶんそれが嬉しいのだ。
……そこまで甘い美形顔に生まれていても、内包する凶暴さは隠せないものなんだな。
「そこでへこむなよ。まあしょうがないよ、常時発動型の呪眼持ちにキレられたら生物である以上、どうしてもキン〇マがひゃんってなるんだよ」
「女性にも怖れられるけど」
「いやあのな」
キ〇タマのあるなしを言ってるわけじゃねえんだよ。
前世も今世も男の子である俺には、ガチでビビった時に女の子のどこがひゃんってなるかなんてわかりゃしないしな。
「しかしクナドはそんな顔をしていて下品だね」
「申し訳ございませんね、化粧箱入御令息殿」
「遠慮もない」
「ツレには甘えていくスタイル」
「なるほど」
俺だってこっちでの人生ではこんなバカな会話を出来る相手はユージィンが初めてだ。
それがユージィンも同じように感じてくれているのであればいうことはない。
「本日の試験はここまでとなります。明日は朝一から最終実技試験となりますので、皆様最後まで頑張ってください」
そのタイミングで全受験生の能力測定が完了したらしく、まだ年若い――20代半ばくらいか?――女性教師が受験生を気遣いながらも、今日の試験はここまでである旨を宣言している。
「あの先生――試験官いいよな」
今日の試験が終了したのであれば私語も問題あるまい。
その内容が少々アレであったとしてもだ。
年頃の男同士の鉄板といえばこれだろう。
お互い異性の好み――事と次第によっては意中の相手そのものを教え合うことで、より仲良くなったという共通認識を確立するのだ。
ちなみに俺としては実力もそれを根拠とした自信もあるが、教師としてはまだ新人の為控えめというか慣れない空気を纏っている、基本的には凜としているこの試験官殿はかなり好みのストライクである。
その上でお人よしというか、優しいところも垣間見えるというのは破壊力が高い。
今の俺の肉体年齢から言えばずいぶん年上になるのだが、中の人としては確実に歳下でもある。お姉さまが趣味というわけではなかったのだが、今の状況ではどうとらえたらいいものか、自身の好みの話でありながらもなかなかにややこしい。
現在の肉体年齢相応の相手を好きになったとしたら、自分自身でさえ「これはロリコンなのでは?」という疑惑を抱いてしまいそうでなんか嫌だし。
「その上クナドは存外俗物だね。そんな容姿をしているんだから、まだ若いとはいえ嫌気がさしていても不思議はないと思うんだけど」
なのにユージィンはこの塩対応ですよこの野郎。
甘い系の美形に本気で醒めた表情でこんなことを言われたら、普通はへこむんだぞ。
「さすがに大貴族の若様が言うと説得力があるな。まあ庶民の場合は好意を示されるのは嫌な気持ちはしないし、俺はこう見えて奥手なんで嫌気がさすほどの実戦経験もないんだよ。だからこう……男友達とこの手の話をするのが正直楽しくはある。というかやってみたかったんだな」
まあ伯爵家の次男、三男ともなれば生々しい話も多いのだろう。
異性に夢などを見ていられる立場ではないと言われれば返す言葉もない。
なので正直に急にこの手の話を振った理由と、大商会の嫡男でこんな容姿をしていながらもそっち方面の心得が無いことを正直に伝える。こんなところで見栄を張ってもしょうがないと素直に思えるのは、今はこんな容姿をしているからこそだろう。
本当の意味で余裕があるというのは、要らんことでヘコまずに済むから色々と楽である。
「そういうことなら、僕はあの試験官殿よりも彼女の方に心惹かれるかな」
俺の言葉を受けて笑うでもなく、真面目腐った表情を維持したままユージィンがそう告げた。
「おお、まさかの同期ですか。……なるほど、わりとイメージどおりだな」
ユージィンが目線で示した女性は同じ受験生の一人だ。
見るからに凜としており、確か持久走での第二集団の一人で、俺とユージィン以外では最後まで走っていたかなりの女傑殿である。
「どうやら僕は強い者に惹かれるらしい」
「ほーん、容姿ではございませんよと」
「まるで関係ないとまでは言わないけどね」
「確かに美形でもあるよな、彼女」
とはいえユージィンにしてみれば、彼女が最後まで走れていたという事実の方が大きいのだろう。だからといって強ければ後はどうでもいいというわけでもなく、その上でユージィンにとってストライクの容姿も兼ねていたので彼女を推すというわけだ。
なるほどわかりやすい。
自分の好みを表明することに一切のテレや躊躇いが無いのは伯爵家に列なる立場ゆえか、ユージィン個人の資質によるものかは俺にはまだわからない。
ただ自分の好きを表明する際には俺もユージィンのようにありたいとは思った。
「そう思っても行動には移せないけどね。だけどなるほど、こういう話をするのは存外楽しいものだね」
まあそれも確かにそうか。
ユージィンの立場であれば口にしたが最後、それが実現する方向で動き出してもなんの不思議もないのだろう。それは慎重にならざるを得まい。
それでも要らん心配や配慮なくこの手の話ができるのはやはり楽しいものなのだ。
女性の方々には眉を顰められるかもしれないが、女性は女性で似たような話をしているのではなかろうかとも思う。
赤裸々なそれを聞きたくないというのは、男側も同意見である。
「だろ? だけどそうだな、ユージィンはそんな甘い優男風美形なんだから、可憐で儚げな美少女を守るとか絵になりそうなんだが」
「その条件を満たすのは、容姿だけであれば王太子殿下の御令嬢――王女様がクナドの趣味には合致するね」
「俺の趣味を言ったわけじゃねえよ!」
ユージィンの家柄、見た目から感じる勝手なイメージを口にした俺の方が悪いのかもしれないが、とんでもない答えを返すな。
たとえ本当にドストライクだったとしてもどうしようもない相手の話をするな。
「そうなの?」
「嘘つきましたすみません。だけどユージィンお前王女様て。俺には生涯縁の無い方じゃねえか」
いや俺はそういうのがドストライクですよ実は。
「そうかな?」
「そうだよ。」
本気でそんなこともなかろうに、という顔をするな。
確かに俺の力をすべて王家にも曝け出せば可能性が絶無とまではいかないのかもしれないが、そんな厄介事に自ら飛び込む気などない。
まあその王女様とやらがそうするに足るだけの方だというのなら話は変わってくるが。
王族の魅力というのは侮るべきでは無かろうし、自ら君子を気取るのであれば危うきには近づかない方が無難だろう。
「まあ本番は明日だね。僕は全力を出すよ?」
「俺はそこそこにしとく」
憮然とする俺の様子を面白げに眺めていたユージィンが、明日の最後の実技試験に対する意気込みを宣誓しておられる。
まあ勇者様はそう在るべきだと思うよ俺も。
俺はその陰に隠れて、必要以上に目立たぬ程度に次席での合格を目指すとします。
「ふーん。けど確かにそれがいいかも知れないね。クナドの呪印が僕と違って常時発動型ではないのであれば、必要な時がくるまであえてそれを発動させる必要はもないか。それと試験が終わった後に気が向いたらでいいんだけど、クナドがどうして僕の力が魔獣――今はもういないはずの敵に通用すると確信できているのかを教えてくれると嬉しいかな」
……ほんと頭のいい奴ってのはこうだから困る。
俺はおつむの性能が良いだけで、ユージィンの云う通りバカの類なのだろう。
残念ながらすぐには気の利いた返しを思い浮かべられない以上、文字通り返す言葉もないのだ。
「さて、せっかく友人になれたことだし。クナドの家まで我が家の馬車で送るよ」
「……お願いします」
一応はローエングラム商会の跡取り息子としては、その申し出を断るという選択肢はありえない。まあ父上も母上も驚きはしても流石にお叱りを受けることはないだろう。
スフィアも見た目通り外面は良いので心配あるまい。
この直後に俺は、その自分の甘い見通しを後悔することになった。




