第14話 『群抜き』②
だが俺は魔物は当然のこと、復活するのであれば魔獣との戦いも辞さない覚悟ではあるのだが、同じ人間を斬れと言われるのはできれば勘弁願いたいところである。貴族であるユージィンは、そこらあたりは俺などよりよほど覚悟完了しているのだろう。
とはいえ冒険者育成を謳いつつもここはあくまでも王立学院なのだ、他国との戦争を想定した試験があってもおかしくはない。だが――
「受験番号1番、受験番号139番。私語は慎むように」
「申し訳ありません!」
「気を付けよう」
試験官に叱られた。
確かにカンニングできる類のものではないとはいえ、試験中である以上は私語を慎むのは当然だ。つまらないことで評価を下げられるのもそれこそつまらないので俺は即座に謝罪したのだが……ユージィン凄いなお前。
もっともな理由で注意されたのにもかかわらず、試験官――近い未来の先生に対してその返事を無理なくできるとは。俺にはちょっと真似できそうにもない。なによりも口調が俺の想像していた貴族様そのものに、瞬時で切り替わるのはなんなんだ。
そんな対応をされた試験官が怒るわけでもなく、丁寧に会釈しているところが大貴族様ってホント怖い。ユージィンに対してだけではなく、その会話の相手であった俺にも目礼しているあたりが半端ない。
さすがに入学以降は生徒としてきちんと線引きするのであろうが、試験中の今はまだ貴族に対して平民が大きな態度をとることなどできないということらしい。
というか受験番号1番て、ユージィンお前……
「ま、終了が宣言されるまでこのペースを維持すればいいか」
「そうだね。だけど最後は遠慮なんかせずに全力を出してよ?」
まあとりあえずはひそひそ話をしている態を取れば、これ以上咎められることはなさそうである。
あまりにも堂々と私語をしていると、さすがに試験官の御立場ではしたくはなくとも注意せざるを得なかったといったところか。
要らん負荷をかけてしまい、誠に申し訳ございませんでした。
声を潜めて話しかけた俺に合わせて、自身の声も落としているユージィンはどこか楽しそうである。確かに大貴族の御令息ともなれば、怖い大人にばれないようにツレとこそこそするなど、これまでなかった経験なのだろう。
そこで「なぜ僕がそんなことをしなければいけないのかな?」とはならずに面白そうに俺に合わせられるあたり、ユージィンはやはりかなり貴族らしからぬ変わり者ではあるのだろう。
その上、この後に訪れるであろうラスト・スパートで、俺に手を抜くなとの仰せである。
「見知らぬお貴族様にはもちろん忖度するけど、ツレになった相手にはしないよ俺は」
「ふふん。望むところだね」
そう言ってまるで獅子のように笑うユージィンに、俺も笑い返す。
だが残念ながら遠慮なくに競い合う機会は、この持久走では訪れることはなかった。
本来は最後の一人が走れなくなるまで続けるのがこの試験の伝統だったらしいが、俺とユージィンが何時までたっても平然と走っていたために、さすがに打ち切られることになったせいである。
筆記試験での満点はまず不可能だろうが、少なくとも俺とユージィンは「王立学院始まって以来」というやつを、はやくも一つやって見せたという訳だ。
見せられた同期候補たちのみならず、俺たちの先生を務めることになる試験官たちも甘引きしているのはまあ、御愛嬌といったところか。
◇◆◇◆◇
「しかし常時発動型ってのは、やっぱりすごいな!」
実技第一試験の持久走が打ち切りで終了した後、俺とユージィンは次の試験――各種身体能力測定をさっさと終わらせ、与えられた休憩時間に雑談をしている状況である。
俺とユージィンは持久走が打ち切られてそのまますぐに能力測定に入れたのだが、持久走をリタイアした他の受験生たちはある程度体力が回復するまで待つ必要があったので、俺たち2人以外は今なお測定中なのだ。
ユージィンが本気を出したせいで、いくつかの計測器具を完全に破壊してしまったことも時間がかかる要因とはなっているはずだ。え? これって人の力で壊れるものなの? と茫然と口にする試験官の様子は、ちょっとかわいそうですらあった。
来春からはそんなのを教え子とせねばならないのだ、それはもう胃が痛いだろう。
だがやはり常時発動型の能力は凄いと認めざるを得ない。
戦闘態勢に入らずとも各種身体能力が常に人間離れしているのだ、正に超人としか言いようがない。
「僕としてはクナドの呪印? に対する知識の深さに呆れているのだけど……」
ぎくり。
本当に呆れたような表情でユージィンがそう言う通り、雑談というには少々込み入り過ぎた話ではあった。
というか、ゲーマー同士――いや始めたばかりのビギナーズ・ラックで超希少アイテムを入手したライト勢に対して一方的に熱く語る、厄介古参オタクのごとくなってしまっている感は我ながら否めない。
いやお互いの構築について語り合うのって楽しいんだよ!
楽しくない?
ユージィンが自分の意志でその呪印を宿したわけではないことはもちろん理解している。
それでもかなり強力な呪印を宿した相手を前にすれば、その能力を詳しく知っている俺としてはやはりどうしても饒舌になってしまうのだ。
「まあそれについては試験が終わってからあらためて説明するよ。だけどユージィンのそれは相当強力な呪印――『神の寵愛』だぞ。当然ユージィン自身が一番理解しているだろうけど、そこらの魔物なんてまるで相手にならないし、もしも魔獣が復活したとしても余裕で単独でも倒せる」
本気で呆れているらしいユージィンに、少々言い訳じみた反応をしてしまった。
すでに隠すつもりもないとはいえ俺が今語った呪印の内容は、確かに妹が聖女候補だからと言って知れる程度の内容ではない。しかもユージィンも自分の神の寵愛の話であるからこそ、俺が語った内容が不気味なほど正確なことを誰よりも理解できるのだ。
そりゃ呆れもするよな。
とはいえ俺がちょっと興奮気味になるくらい、ユージィンが宿している『呪印』は別格のものなのである。
ゲームのプレイヤーとしてみれば、その呪印は希少でもなんでもない。
入手ために滅多にドロップしない魔物素材を大量に集める必要などなく、このゲームを始めさえすれば全プレイヤーがその時点で入手できたものに過ぎない。
ただし発売から一年が経過し、拡張DLC発売以降もプレイを継続しているプレイヤー、あるいはその拡張DLCからゲームを始めた新規プレイヤーであるという前提は必要だった。
つまりは拡張要素発売時点で興味を持ってくれたご新規客様たちを、要らんストレスを与えることなく拡張シナリオまで到達させるために用意された、いわゆる救済アイテムというやつである。
その名も『勇者の呪印』。
この呪印を装備している限り、各種ステータスはどんな武器、防具を装備していようが一定値に固定される。その固定されたステータスを凌駕可能な装備を入手するまでは、最序盤に入手可能なものであろうが、拡張前のエンディング後に入手可能なものであろうが、基本的に同じ性能として扱われるということだ。
応用的には武器防具共に各種属性値はそのまま適用されるため、この呪印が有効な間は本来の強さに関わりなく、属性値と空スロットの数を見て構築されることが定石になっていた。
そのステータスは拡張版の物語中盤入口あたりまでは充分に通用するほどのもの。
つまり拡張要素に辿り着くまでの物語においては、文字通り勇者の如く無双を可能とする、破格の性能だったのだ。
しかも選択した武器に応じて、それぞれに最低限必要と見做されている一連の能力が、最大レベルの半分までは発揮されるというおまけつき。
それでいて武器防具の空スロットには自由に魔導球を差せると来ていたので、拡張シナリオ突入後に装備の更新時期を見誤って、逆に苦戦するプレイヤーを量産したという曰付のものでもある。




