第12話 『フレンド』④
まあつまり魔獣と対峙して『覚醒』でもされない限り、俺が『呪印』を両の瞳に宿していることが露見することはまずありえない。ちなみにもう一つの右目の方は、今の俺の状況からすれば『血戦』以上に発動する機会などないはずである。
だからこそ、この世界で初めて自分から『呪印』のことを明かしたのだ。
血を分けた妹であり、まず間違いなくおともの魂を宿しているであろうスフィアですら俺の戦闘能力のことは知っていても、呪印のことはまだ明かしていない。
……これスフィアが後日、俺の呪印のことを最初に知ったのが自分ではないと露見したらコトになるかもしれないな。
「君は……」
「信じられない?」
とはいえ流石のユージィンでも俄かには信じることは難しいだろう。
この世界で両の瞳に呪印を宿している者など、神話の主人公である『岐』――ゲーム時代の俺のプレイヤー・キャラクターでしか確認されていない以上、妄言癖があると思われても無理はない。
なによりも今この瞬間、どれだけのぞき込んでも俺の両の瞳に『呪印』を確認することはできない。言葉だけでそれを信じろというのは、俺自身でさえ無理があると思うのだ。
「いやバカなのか君は。とりあえずは隠そうよ、そういう情報は」
だがユージィンの反応は俺の予想の斜め上を行っていた。
不用意に自分に対して重要な秘密を明かした俺に呆れている、というかちょっと怒ってさえいる。
どうやらユージィンはいい奴らしい。
絶対に友人になろう。俺の方からなりたい。
もしもこのユージィンの態度が演技なのだというのなら、それでもかまわない。
そういう腹芸もできる大貴族様と友人になれるのは、それはそれでありがたいからだ。
罠でもいい。罠でもいいんだ。
いや当然素であってくれた方が嬉しくはあるのだが。
「バカとは失礼な。当然今まではきっちり隠して生きてきましたとも」
しかしまあ、バカと言われて嬉しいってのはちょっと経験のない感覚である。
とはいえ考えなしだと思われるのもしゃくなので、そこはきっちりと反論しておく。
「――じゃあどうしていま僕には簡単に明かしたのさ?」
俺にそう言われて一瞬目をぱちくりさせ、一瞬後に理解の表情を浮かべた後、それゆえにこそ新たに生まれた疑問を素直に口にしている。
理解が速い。
俺が呪眼持ち、しかもそれが両眼であるにも拘らず今なお俺の存在が騒ぎになっていないという事実。それはつまり、今まで俺が上手く隠してきたということに他ならないからだ。
というかこの状況からそもそも「俺が嘘をついている」という可能性を除外しているあたり、ユージィンの方が俺よりもバカだと言われても仕方がないんじゃなかろうか?
だが俺が上手く隠し続けてきたことを大前提とするならば、なぜ今自分にそんなあっさりと教えたのかがどうしても理解できないらしい。
まあ確かにそのあたりは直感といおうか勘といおうか、俺自身ですらも上手く言語化できない所なので、ユージィンばかりを責めることはできない。
「ホントにツレになりたいと思ったからだよ」
だからもう、正直なところを素直に伝える。
「ツレって?」
ちょっと笑ってしまった。
確かにツレというのは前世の言葉なので、貴族だから知らないというわけではないのだろう。だがその戸惑った様子から、ユージィンがけして社交的なわけではなく、友人の作り方――他人との距離のつめ方に慣れてなどいないことが伺える。
こんな見た目をした伯爵家の御令息にも拘らず意外なことである。
いや俺も他人のことを言えた義理ではないのだが。
それでもそんなユージィンの方から話しかけてくれたというわけだ。
「友人のことですよ、お貴族様。王立学院なら学友ってことになるのかな?」
「……いや、君――クナドさえよければ、僕とは友人になって欲しいな」
どうやらユージィン的には学友と友人は明確に違うものだという認識らしい。
確かに貴族として王立学院に通う以上、領民とは違う形で平民と近く接すること自体は避けられない。その相手のことを学友と呼ぶのであれば、それは友人と同じものではないのだろう。
少なくとも伯爵家の御令息殿は、学友とはファースト・ネームで互いを呼び合うことはないということらしい。慣れぬ様子で俺の名を呼ぶ様子は、もう少し可愛げがあってもいいとは思うのだが。見た目に反して纏う空気に圧があり過ぎるんだよユージィン。
「友人に隠し事はなしだよな?」
だがお互いがそう望んだのだから、すでに俺とユージィンは友人だ。友人になった。
俺は友人にはできるだけ誠実でいたいと思う。
友達100人できるかな? などと思ったことなど正直なところないのだが、少なくてもその一人一人との関係を大事にしたいとは思う。まあそう思える相手だからこそ、友人になりたいと思うのだろうし、友人であり続けることもできるのだろう。
ちょうどこれから実技試験も始まるところだし、今まで隠してきた力を見せるには絶好の機会だということもできるわけだし。
「お互いに、という意味ではそう願いたいものだね。だけどそれがこの試験において実力を隠さずに発揮することと同義だとは思わないかな」
だが俺の云わんとしていることを即座に理解しているユージィンが、それは悪手だと指摘してくれた。隠し事をしないのはお互いであればよく、なにもそれを周辺全てに晒すことを以て誠実とはならないのだと。
「頭の回転速いなあ……」
「生まれに恵まれたからねえ」
素直に感心しての俺の言葉に、少し照れ臭そうにユージィンはそう答えた。
なりたい自分の姿があるのであれば、そのために努力を重ねることなど大前提。
その努力がすればするだけ形になり報われることも、そもそも努力を重ねられる環境に自分があることも、すべては生まれによって偶然得た幸運に過ぎないと見做している。
恵まれた環境を当然としないのはなかなかに難しい。
俺のように前世という比較対象を持っていればまだしも、ユージィンは恵まれた環境に生まれ、それをあたりまえとして育ってきたのだからなおさらだろう。
その考え方が貴族らしいのか、あるいは逆に貴族らしからぬのか、前世も現世も庶民な俺には判断がつきかねる。もしも貴族としての考え方の骨子にそう言う哲学が存在しているというのなら、俺の中にある貴族像というものを更新しておく必要があるだろう。
だが出逢ったばかりだとはいえ、少なくともその考え方はとてもユージィンっぽいとは思えた。
「いいねそれ。俺もつくづくそう思ってるよ」
なによりもこの世界で初めての友人が、自分と近い考えを持っているというのは素直に嬉しい。
「初めての友人と考え方が近いのは嬉しいものだね」
「……天然か? ユージィン」
「?」
そう思っていたら先に言語化されたので、思わず笑いながらそう返したらきょとんとしてやがる。基本的にお貴族様は人たらしだと思っておいた方がいいのかもしれない。
俺とユージィンの会話が一段落したと判断したのか。
このタイミングで実技の第一試験である、持久走のスタートが告げられた。




