第11話 『フレンド』③
「いや『神の寵愛』を、俺のみてくれ程度と一緒にされましても……」
それよりも自身が有する呪眼のことを隠すつもりもなく、それどころか俺の容姿と似たようなものだとまで真顔で言い放ったユージィンに思わず笑ってしまった。
長男ではないとはいえ伯爵家の生まれで呪眼持ちともなれば、似合いの年齢である御年13歳であらせられる現王太子の娘――次代の王女様の夫候補になっていてもなにも不思議ではない。
外交の駒としても相当の大駒として認識され、そう扱われてもいるはずだ。
確かに優れた容姿で貴族はおろか王妃や王配になりおおせた者も探せばいるのであろうが、少なくとも魔物と戦える能力と同じ扱いをしていいものでもないだろう。
自身自身とて充分に美形なのだ、そんなものに価値を見出していなくとも当然だろうにそこも変わっている。
ちなみに現代において瞳に宿される『呪印』は、聖教会の主導で『神の寵愛』と呼称されている。
千年前は儀式によって『呪印』そのものを創り出し、それを自在に付け替えるばかりか魔物素材さえあれば強化までしていた聖教会なのだが、この千年で鍛冶と同じくその超技術を逸失してしまっているらしい。
「やっぱり知っているんだね。君は見た目に反して貴族ではないっぽいけど、市井の人たちにもこれの存在はある程度知られているのかな?」
俺が呪眼――神の寵愛に言及したことにユージィンは素直に喜んでいる。
本来は甘い美形であるにも拘らず、笑うと獅子が笑っているかのような強者感がいきなり出るのはちょっとどうかと思う。間違いなく美形ではあるのに、気の弱い者なら笑いかけられただけでちびってしまいそうな威を発している。
いろいろ苦労してそうだなこいつ。
それになるほど、国内の貴族の子息であれば伯爵家の御令息がその存在を知らないはずがない。それでも直接話すまで俺が貴族である可能性を除外していなかったのは、我が国の王立学院は友好国――という名の属国――からの留学生も多いからか。
まあ万が俺が属国の貴族の者であったとしても、宗主国の伯爵家であれば急にお話かけた程度で問題になるはずもない。さすがにユージィンの立場であれば、礼を失する訳にはいかない王族級が入学するのであれば、事前にその情報を得ているだろうしな。
「いや、普通は神話として知っているだけだと思う。俺は妹が聖女候補に選ばれているせいで、変にそのあたりの情報に詳しくなってしまったってだけ」
とりあえず聞かれたことに素直に応えておく。
嘘はついていない。
もちろん俺はより詳しく『呪印』について知っているが、今俺がユージィンに話した内容も、ユージィンが俺に聞いた内容についても、俺がただ聖女候補となったスフィアの兄であるだけでも同じことを知れる程度の内容だからだ。
「なるほどそういうことか。しかし生まれて初めて同類かと思って声をかけたんだけど……君はこれを宿してはいないんだね?」
だがその嘘ではないだけで本当のこと伝えていない俺の言葉に、ユージィンはあっさりと納得し、今度は自ら顔を至近まで寄せて俺の両眼を覗き込むようにしている。
いやお貴族様であれば慣れているのかもしれないが、ナチュラルにあごクイすんのやめて。
今ではこんな容姿をしているとはいえ、わりと鍛錬に明け暮れていたのでいまだに耐性が無いんだってこういうのには! スフィアに対しては現場を見られていないのをいいことに、ちょっと強がって見せているだけなんだよ!
あれ?
いやでもいかに美形が相手だとはいえ、ここで男相手に動揺するのは違うくないか俺。
――俺氏?
流石に言葉には出していないものの、周囲の受験者たちがわりと洒落にならんレベルでざわついているのが肌感覚で伝わってくる。
いや試験管たちも一緒になって固唾を呑んでないかコレ?
そのざわつき方がほぼ同数いる男性と女性でちょっと違っているような気がするのは、前世の要らん知識によるフィルターのせいだと信じたい。
ちなみにこの世界は例のゲームを前提としているせいか、身体能力において性差はほとんど存在してない。それでも思想的な男女それぞれのらしさの定義は存在しているが、実際に戦うとなれば本当の意味で男も女もないのである。
いやまあでも、降参だ。
たったこれだけの会話に過ぎないとしても、俺の方もユージィンとは本当に仲良くしたいと思ってしまった。もしもこれが思わされてしまったというのであれば、貴族の人たらし能力は軽視していいものではないだろう。
「いや、アタリ。見えないだけで俺もユージィンと同類だよ。しかも両目」
なので俺はユージィンに対して隠し事をすることをやめると決めた。
きちんと友人になりたいのであれば、初手こそが大事だと俺は思うからだ。
後になってから初対面の時は嘘を、そこまで行かないまでも本当のことは言っていなかったんだよとは言いたくないのだ。それでも許してくれる相手はいるだろうし、そこからきちんと友人になれる者ももちろんいるだろう。
俺自身がきちんと事情があるのであれば、普通に許すだろうと思うし。
だが少なくとも俺自身は、初手を誤った相手とは友人ではなく、知人にしかなれない気がするのだ。
この考え方は、ゲームでの「フレンド」に対する考え方が骨子になっているのかもしれない。誰とでも気軽になれるし、呼び方はなにも変わらずみな「フレンド」だ。
それでも「あくまでもネット上の自分」だからこと虚偽とまではいかなくともキャラを創って接した相手とは、長い付き合いにならないことがほとんどだった。
現実ではなくネット限定の、それこそ正体もしれない相手に大げさなと思われるかもしれないが、少なくとも俺にとってはネット上の友人――フレンドもまた現実の友人たちとなにも変わらない、大切な存在だったのだ。
いきなり俺の正体をすべて伝えるのはユージィンに迷惑をかけることになりかねないので控えるが、少なくとも聞かれたことに対しては誤魔化さないことに決めたのだ。
甘いと言われれば返す言葉もない。
ユージィンがそうであるように、この世界で『呪印』を持って生まれてくる者のそれは、すべてデフォルトのままである。能力に応じた呪印の形もそのままだし、それが朱餡で瞳に刻まれているので、他者に対して隠すことなどできはしない。
加えて能力が発動すれば、否応なく真紅の魔導光を派手に噴き上げるだろう。
俺が呪印をこの両の瞳に宿しながらも今日までそれが露見しなかったのは、プレイヤーによるカスタマイズが施されているからに他ならない。
俺は発動時にだけ呪印が浮かび上がるのが好みだったので、通常時は透明にしていたのだ。加えて開発運営が初期設定としていた呪印もカッコよくはあるのだが複雑すぎて好みに合わず、極シンプルな文様に変更している。
発動の際噴きあがる魔導光もデフォルトの真紅ではなく、浮かび上がった呪印を描くものと同じく、白銀をベースに蒼と黄金が入り混じった外連味に溢れたものに変更している。
発動した様子がとても綺麗で好きなのだ。
おそらくはもう見ることができないのが残念である。
現実化している今の状況なら、それはもうカッコいい感じになるだろうに。




