第01話 『プロローグ』①
会敵から数分。
見え方はもちろん、命のやりとりを実際にしているという迫力も段違い。
だが定石は問題なく通じるようで、初手で有利を取れている開戦状況だと言っていいだろう。
その結果として敵である魔獣はたった数分の戦闘でそれなりの傷を負い、だがまだまだ致命傷には程遠い、正しく手負いの状況。
今まさにその巨躯を震わせ、天に向かって咆哮をひしりあげながら真の力と姿を解放せんとしている。
素の状態でも素早く重い攻撃にだけではなく、その巨躯全身に雷光を纏い、その挙動全てを必殺の攻撃と為さしめる『雷化』だ。
それこそがこの魔獣の真の姿――『覚醒』状態であり、手練れの『魔獣狩り』とてその姿を見て生きて帰れた者はほとんどいないと神話に謳われている通りのその姿。
接敵した者に絶対の死を齎すその姿は恐ろしさだけではなく美しさ――神々しさすら感じさせる。本来人にはどうにもできない大自然が生み出した、絶対的な強者であるがゆえの威風を宿しているのだ。
――だが。
魔獣が『覚醒』したことに呼応して、俺の能力――『血戦』が起動する。
左目に『呪印』が浮かび上がって膨大量の魔導光を噴き上げ、周辺を白銀色に染め上げる。
それと同時に俺の全身に圧倒的な力が漲り、触れただけで例外なくすべてを弾き飛ばすはずの『雷化突進』を、ただ単に前に突き出した片手だけで完全に停止させた。
魔獣が『覚醒』し、それに呼応して俺の『血戦』が起動するまでの数分間は、俺が圧倒的優位にあったとはいえ、まがりなりにも戦闘が成り立っていたと言えるだろう。
だがこうなったらもうお終いだ。
『血戦』が起動した俺とまともに戦闘できる相手など、この世界にも存在し得ない。
己が劣勢を覆さんと魔獣が行った『覚醒』こそが、逃れようのない敗北――死を呼んだのだ。
魔獣ながらに「今なにが起こっているのかまるで理解できない」とでもいうような様子に少々の申し訳なさを感じながら、突進を止めた左手とは逆、右手に構えたなんでもないありふれた普通の剣を一閃させる。
たったそれだけで魔獣の強靭な外殻は纏った雷光ごとすべて砕け散り、膨大量を誇るはずの生命力、その全てを一撃で消し飛ばした。
たった一閃で絶命した魔獣の巨躯は冗談のように軽々とふっとばされ、崖状の段差に激突してその躯は七転八倒しながら遥か彼方まですっ転がっていく。
文字通り一撃必殺、鎧袖一触。
魔獣が絶命した瞬間に俺の『血戦』も停止し、今の俺はちょっと人間離れしている程度の強さに戻っている。
だが敵対者が己の真の力を解放――『覚醒』した瞬間に、俺は問答無用で絶対無敵の存在と化すのだ。今のこの世界の人間が何人束になったところで薙ぎ払われるしかないはずの魔獣であれども、一撃で仕留めてしまえるほどの。
『呪眼の勇者』、クナド・ローエングラム。
それがこの世界で今俺に与えられている称号と、その名前。
この世界の千年前を舞台としたゲームでの、俺のプレイヤー・キャラクターと同じ称号と名前である。
◇◆◇◆◇
「どんな魔獣だろうとどれだけ数が居ようと俺には無意味なことなんて、お前が一番わかってんだろ? 勿体ぶってないでさっさと出て来いよ、決着を付けようぜ」
「……クナドは相変わらずだね。だけどさすがに僕を殺す覚悟くらいは決まったのかな?」
「そんな覚悟を決めた覚えはねーな。だから勝負しようぜ」
「……昔のルール通りで?」
「当然だろ? 負けた方は勝った方の言うことをなんでも一つ聞くんだよ」
「クナドには一度だって勝てた覚えがないなあ。今回もまた負けたら、僕は自決でも命じられるのかな?」
「いーや? 戻って来いっていうだけだよ」
「ははは。さすがにそれは世界が赦さな――」
「知らねーよ、この世界の都合なんざ。いつかもそう言っただろ? とにかく俺は明日からまたみんなと一緒に迷宮攻略を再開するって決めてんだ。だからさっさとやろうぜ」
「――あまり僕を舐めるなよ異世界人」
世界にとって勇者が勇者であり続けるためには、常に敵が必要なんだよ。
そうじゃなくなれば、勇者こそが世界の敵になってしまう。
僕はそんなのは嫌なんだよ。
「お前を舐めてかかったことなんざねーよ親友。いい貌できるじゃねえか、昔やさっきまでみたいに無理して微笑ってるよりゃ、そっちの方がずっといいぜ」
いいじゃねえか敵なら敵で。
俺は気のいい世界の敵たちとつるみながら、それでもこの世界を愉しむだけだ。
別に心配しなくても勝手に絶望して滅ぼそうとしたりはしないって。
お前らがいっしょにいてさえくれりゃあな。
だから――
「――殺す」
「今度も俺が勝つ」
ワイルズ熱に冒され、秋口にワールド、アイスボーンを一からクリアしてしまい、その後やり場のない熱量を叩きつけた思い付き作品です。暇つぶしにでもお付き合い願えれば幸いです。




