964. 姫は『任される』そうです
964. 姫は『任される』そうです
月日は流れ12月。悩んでいた川口さんも、今ではもう事務所には欠かせない、テキパキと仕事をこなす一人前のスタッフへと成長していた。
推しの力は偉大だと言うが、まさにその通りではある。でも、そうやって誰かの力に慣れるなら、Vtuber冥利に尽きるというものだ。そんな中、オレは七森さんと共に社長室で星乃社長が来るのを待っている。
「なんか緊張してきた。私、社長室に入ったこと1回しかないんですよ」
「そうなの?オレは何回かあるかな。緊張は毎回するけど」
「さすが『姫宮ましろ』w」
「バカにしてるでしょ七森さん?」
「いやいや、まさか。褒めてるんですよ、Fmすたーらいぶのエースを」
七森さんはウインクしてみせる。その軽口に少しだけ緊張が解ける。本当に緊張してるのか七森さん?そんなやり取りをしていると星乃社長がやってくる。
「2人とも忙しいところ悪いわね?楽にして?」
「はい。失礼します」
「わざわざ社長室で話すと言うことは大きな案件ですか?」
星乃社長は、ソファの対面に優雅に腰掛け、コーヒーを淹れながら言った。
「そうなるわね弟君。えっと……『まくら』だったかしら?2人のカップリングは。その『まくら』にやってもらいたい案件というか、仕事というか。先方のご指名でね?」
ご指名?オレと七森さん?何だろうか。星乃社長は、微笑んだままデスクの端に置かれていた、一通の書類をオレたちの方へ滑らせた。その封筒には、オレたちでも知っている大手Vtuber事務所のロゴが印刷されている。
「え?『Make World!』さんですか?」
「そうよ。今回のクリスマス企画を一緒にやりたいと申し出があったわ。本来なら先方もVパレさんのほうが良いのだと思うのだけど、ある理由があって難しいという判断なんでしょう。もちろんそう言われた訳じゃないけどね?」
「難しい理由ですか?」
「簡単なことよ。男性ライバーがいるということ。正確には、大手事務所同士の『異性間コラボ』が抱えるリスクを回避したい、ということでしょうね」
星乃社長はコーヒーカップに手を伸ばしながら、静かに続けた。
「『Make World!』はウチと同じ女性ライバーのみの箱。そこに別の箱、特に大きな事務所の男性ライバーが深く関われば、ファンは過敏になり、『裏で何かあるんじゃないか』という恋愛関係を疑う憶測が、たちまちネットを駆け巡る。アンチはそれを絶好の燃料にして炎上を狙ってくる。特にトップライバー同士であれば、そのリスクは計り知れないわ」
社長室の空気は、一気に張り詰めた。オレは、七森さんと顔を見合わせたが、二人とも口を開くことができない。星乃社長の言葉は、業界のトップに立つ者だけが受ける、厳しく冷たい現実を突きつけていた。
「その理由もあるし、これはウチと『Make World!』さんにとっても大きな話題性のあるものになる。何せ業界2位、3位の大手のコラボは、それだけで業界の注目を集める。昨年はウチがVパレさんにお願いする立場だったけど、今回はお願いされる側になった。まだまだお堅い事務所のイメージを払拭するのに必要だと思わない?」
それを聞いた七森さんが社長に気になることを聞く。
「もちろんやらせて貰えるのは嬉しいですが、具体的に私と神崎さんである理由は何ですか?なんか、別に人気のあるカップリングでもないですし……」
「2人は雛山あかりさんと交流がある。それに『まくら』と言えばドッキリでしょ?ご所望よw」
「ドッキリ!?」
「あちらの配信でドッキリするんですか?」
「そうなるわね。内容はこのクリスマス企画の発表。先方のライバーにはクリスマスは歌枠リレーをやると伝えているらしいわ。2人は12月21日の日曜日に、あちらの公式配信に参加して発表してもらうことになっている。先方からの要望は『事務所の垣根を越えたサプライズ発表で、ファンを巻き込んで大きな話題にしてほしい』ということね」
社長は、そう言いながら、オレたちにスライドさせた書類の束を指差した。
「詳細な企画書と、先方との打ち合わせ議事録が入っているわ。ドッキリの内容自体は2人に任せるけど、1つだけ注意点があるわ」
星乃社長はコーヒーカップを静かに置き、真剣な眼差しをオレたちに向けた。
「それは、『Make World!』さんの看板ライバーのイメージを損なわないこと。あくまで『驚きと喜び』のサプライズで終わらせること。そして、このコラボが、両事務所にとってポジティブな話題になるように、最高のパフォーマンスを発揮することよ」
「ですって神崎さんw」
「いや、さすがに向こうの公式配信にこっちの土俵は持ち出さないよ……」
「本当ですか~?怪しいんですけどw」
「まぁ、万が一の時は神に任せるよw」
「それやめてくださいよw」
ということで、オレと七森さんはドッキリを任されることになったのだった
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