932.　姫は『思い出を作る』そうです

　932.　姫は『思い出を作る』そうです

　そして9月下旬。来月の大型企画のための各期生の配信のための収録日当日。オレは長野県のあるキャンプ場に来ていた。秋の大型企画のタイトルは『各期生集合！秋の思い出作り、騒がしい女子会キャンプ！』というものである。女子会……か。

　長野の山々に囲まれたキャンプ場は、既に秋の気配が色濃く、澄んだ空気が心地よかった。

　辺りの木々は、まだ完全に紅葉しているわけではないが、注意深く見れば、ところどころで葉の先が黄色や赤に色づき始めていて、季節が着実に移ろっている、秋の深まりを感じさせた。地面には乾いた落ち葉が積もり始めており、オレが歩を進め、踏みしめるたびにカサリ、カサリと小気味良い音が響いた。まるで自然が奏でる歓迎の音楽のようだ。

　日差しは穏やかで、日中は活動しやすい暖かさがある。しかし、朝晩は一気に冷え込みそうな予感がした。スタッフが丁寧に用意してくれた焚き火台が視界に入るたび、夜の暖が今から待ち遠しくなった。その揺らめく炎を囲んでのトークは、きっと絵になるだろうな。

　そんな静謐な自然の中にいながら、オレたち1期生の面々は今、スタッフさんと動画撮影の流れを打ち合わせ中だ。

「司会は神川ひなた。バーベキュー、キャンプファイアーでのトーク、寝るまでの様子を撮ります。撮影がない時は各々お仕事をしていただいて構いません。流れはそんな感じなのでよろしくお願いいたします。普段の緩い感じで構いません。配信ではないので動画の修正は出来ますから」

　スタッフさんの説明に、オレたちは「はい」と頷く。いつもよりリラックスした雰囲気で臨めるのはありがたい。まぁ、多少のハプニングも、配信者としては助かるけどな。

「良かったわね七海」

「え？なんであたしなの紫織さんw」

「あの。司会は基本的な話ですよね？ほら酔っちゃうと困るかなってw」

「陽菜。その時は颯太がやればいいでしょ？」

「なんでオレなんですか。オレも飲みますよw」

　なぜか、立花さんに司会を振られる。というか、立花さんがやればいいのでは？

「でも、颯太は『姫宮ましろ』を演じるわけだから、ある程度セーブしてるでしょ？別の意味で事故るわけだし。これも仕事よねw」

　立花さんの指摘に、オレは言葉に詰まる。確かに、オレが酔ってキャラを崩すのは致命的な事故だ。

「自分がやりたくないだけですよね立花さん……」

「ほら、私も飲むし。酔って色々ヤバそうな吐息とか出したらヤバイでしょ？公式チャンネルがBANされるわよw」

　立花さんは、冗談めかして胸元に手を当てる。紫織さんが酔って配信で暴走した姿など、想像もできないが。

「紫織ちゃんは、恥ずかしがってそんなこと絶対やらないじゃんw」

「やるかもしれないでしょ！」

「それは、ただの欲求不満の発情期じゃないの紫織さん？30だもんw」

「誰が欲求不満の発情期だってw七海！あなた、世の中の30に謝りなさいw」

「まあまあ、皆さん。まだ撮影前ですよ」

　と、スタッフさんが苦笑いを浮かべながら間に入る。オレはため息をつきつつも、内心ではこの賑やかさが嫌いではない。

（姫宮ましろを演じるから、か……）

　立花さんの言う通りだ。飲みすぎて素の自分が出て、オレが男だとバレるような事故は絶対に起こせない。まぁ、今回は動画撮影だけど。

　編集でどうにかできる範囲を超えた言動は避けるべきだ。プロ意識を持って臨まなければ。山々の静寂とは対照的な、この賑やかな『女子会』を無事に乗り切ることが、今日のオレの最大の任務だ。

「じゃあ飲み物用意しようかな。颯太君はビールでいい？」

「はい」

　月城さんがクーラーボックスの蓋を開け、中の缶を物色する。チリン、と氷が触れ合う音が涼しげだ。

「えっと紫織ちゃんは……あ。これでいいかw」

　月城さんが取り出したのは、ピンク色の缶。それを立花さんが覗き込む。

「なに？普通のチューハイでしょ？なんかおかしいの？」

「紫織さん、それ桃のやつじゃんw」

「え？あ。それ、懐かしいわねwなら違うのにしなさいよ！」

　立花さんは慌てて違う缶を選び直すが、その一瞬の動揺がまた笑いを誘う。目の前で女性3人が仲良く飲み物を選んでいる姿を、オレはその輪に入りながら冷静に眺めている。仕事とはいえ、せっかくの1期生での集まりだ。この秋のキャンプで、さらに強固な絆と、思い出を作れたら良いよな。