修学旅行1日目:浄火
2話目ェ!ノルマクリアだどん!
急速に意識が現実に戻ってくる。意識を失う前に僕の頭に触れていたはずの佐々木君に取り憑いていた彼は、困惑した表情で僕の頭に触れていた手を庇うようにしている。
「何なんだ…?!今私に何をした…!?」
「……」
困惑した様子の彼を見ながら、僕は自分の体の中を流れる異能力を確かめる。夢で彼女が教えてくれてはいたけど、彼に触れられたときに防衛本能が働いたのか僕の中の異能力は彼の侵入を拒むように勝手に動いていた。
「君のおかげで、しっかり思い出せたよ」
「何だ…?一体何を言っている?」
さっきまでは佐々木君を守りながらどう戦えばいいのかわからなかったからされるがままになってしまっていたけど、戦い方さえわかれば何も慌てるようなことじゃない。
今までぼんやりとした感覚で佐々木君から嫌な感覚があっただけだったけど、今では佐々木君にまとわりつく黒い影がはっきりと視認できる。
…倒すべき敵は目の前にいて、戦う術もわかっている。
僕が彼に向かってゆっくりと歩いていくと、彼はさっきまでの不気味な笑みを消して怯えるような表情で後ずさる。
「…やめろ!来るんじゃない!」
「行かない理由がないよ」
彼は僕から逃げるように後ずさるが、すぐに後ろの壁につきあたり逃げ場をなくして僕を見つめる。
「来るな!…この体の子がどうなっても良いのか?!」
「…君にそんな力がないことはわかっているよ。何より佐々木君が傷ついて一番困るのは君だろう?」
壁についてなお僕から離れようと足掻く彼に近づきながら、僕は体の中で異能力の流れを普段のものとは違うものにする。
「…う、うわぁあああああ!!」
僕が一切引かないことを諦めた様子の彼は、やぶれかぶれのように拳を振り上げながら僕に向かって飛びかかってくる。
「ぐぅっ…!」
素人丸出しのへっぴり腰で大きく振りかぶって振り下ろされた彼の拳を、できる限り優しく衝撃を殺すように受け止めて彼の後ろに回り込む。もう片方の手も捕まえて彼の体の後ろ側で押さえて、関節を極めたりはせずにできるだけ怪我をさせないように取り押さえる。
「何をするつもりだ!やめろ!やめてくれ!」
「大丈夫…本来行くべき所に送るだけだよ」
暴れる彼を抑えながら、彼の両手を押さえていない手で彼の目元を覆う。恐怖からかもう何も言えなくなった彼に、そのまま僕の両手に炎を纏わせる。
いつも使っているような異能力の使い方ではなく、懐かしいあの流れで感覚に任せて異能力を扱う。両手に纏わせた炎でそのまま佐々木君の体を包み込む。
「ア…!……!」
少し抵抗するように小さく声を上げながらみじろぎした彼は、僕の炎が収まると同時に焼き払われる。佐々木君の体にまとわりついていた黒い影は跡形もなく消え去り、それと同時に佐々木君の体から力が抜けて崩れ落ちる。
「おっと…!」
落ちていく佐々木君の両手を離して彼の体を両手で支える。彼を抱き上げて彼がさっき腰掛けていた箱に寝かせようとして、汚れていることに気づく。
異能力の操作で余計なものまで燃えないように汚れを焼き払って吹き飛ばしてから佐々木君を寝かす。僕もその隣に腰掛けて彼が起きるのを待ちながらナノマシンを起動して班員のみんなにどこにいるのか確認の連絡を送っておく。
「…やっぱり、この街は多いんだなぁ」
ナノマシンを閉じて周囲に目を向けると、街の中にちらほらとぼんやりとした黒い影が彷徨っているのが見える。彼らは意識を失っている佐々木君を目ざとく見つけてフラフラと近づいてくる。魔除けのために浄化の力を込めた炎を浮かばせておこうと思ったところで、ふとこの力に名前をつけていないことに気づく。
正直自分の技に自分で名前を考えてつけるのは小っ恥ずかしくてあまり好きじゃないんだけど、師匠にもお父さんにも新しい技には初めのうちは名前をつけておくのが良いって言われてるからなぁ。
「…〈浄火〉」
数秒で考えた安直な名前と紐づけるように青い火の球を出して周囲に漂わせておく。何体かの黒い影が灯りに寄ってくる虫のようにフラフラと炎に近づいてきて、そのまま体を焼かれて天に返っていく。
〈浄火〉の制御を練習しながらナノマシンで班員のみんなと連絡をとっていると、意識を失っていた佐々木君が身じろぎをして声を上げる。
「…ぅん?」
上半身を起こした佐々木君は、あたりを見渡して困惑したように僕と火の玉を見つめる。
「起きた?大丈夫?体に違和感とかない?」
「…ふ、双葉君?」
困惑した様子でおどおどしながらそう言った佐々木君の態度で、元に戻ったんだとわかって安心してつい笑みが溢れてしまう。
「ふふふ…良かった、もう大丈夫みたいだね」
…そう言った僕に佐々木君は何かを堪えるような表情になり、いつものように俯き始める。ただいつもと違うのは、堪えきれない嗚咽が漏れていたことだった。
「落ち着いたらで良いからさ、佐々木君の話を聞かせてよ」
「…!」
声も上げずに長い前髪の隙間から涙をこぼす佐々木君は、僕の言葉に小さく確かに頷いていた。
浄化の炎で浄火。
下手に捻ると恥ずかしくなっちゃうから、できるだけシンプルな名前をつけたいお年頃の葵君。
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作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…




