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熾天使さんは傍観者  作者: 位名月
断章:セラス、異世界に立つ

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湊探偵事務所、設立

…なんか、最後の方に何書いてたか思い出せないんですけど。

 おねえさんを助けて事務所になる建物を買ってもらって数日後、僕は綺麗な二階建ての建物の前に立っていた。購入時の無機質な見た目から、植物やこれから僕が使う車が置かれて少しだけ暖かい印象になった。


 内装もこの数日の間に家具を買い漁ったり書庫を本体が創りに来たりして、すっかり充実していた。


 生活拠点は手に入ったし、お金も株取引で十分過ぎるほどには稼げているから別にこれ以上働かなくても生きていける。でも株取引だけやってぐうたらするのはあまりにも暇すぎるので、新しく事業を始めることにした。…会社の立ち上げとかで発生した面倒な手続きは、全部本体に丸投げしてやってもらったけど。


 「さて、これをかけて…と」


 一階の事務所部分の入り口横に看板をかける。これは近所の材木屋に行ったら看板屋を紹介されて、そこで作ってもらえた看板だ。あとで本体に創ってもらう手間が省けたし、なかなかいい看板を作ってもらえて幸運だった。


 「ひとまずこれで完成!」


 看板には、『湊探偵事務所』の文字が立派な筆文字で彫られている。そう、僕が新しく始める事業というのは探偵業のことだ。単純に元手がなくても始められるし、僕のスキルを活かすなら探偵兼傭兵ぐらいの立ち回りがちょうどいいだろうと考えてのことだ。…何より依頼がなければ怠けてられるし。


 「ふぅ…それじゃあ今日はこれで休もうかな」


 そうして僕が二階の部屋に戻って休もうとしたところで、誰かが後ろから近づいてくる。これは足音的に…。


 「おねえさん、どうしたの?」


 「わっ!声もかけてないのにどうしてわかったの?」


 「それは企業秘密だよ〜」


 背後から近づいていたおねえさんに声をかけると、おねえさんは驚きながらこっちに近づいてくる。


 「わ、立派な看板。湊ちゃん探偵業をやるの?」


 「うん、僕のスキル的に向いてるかなと思って。まぁダラダラやっていくつもりだよ」


 「…そうなのね、とにかく頑張って!」


 僕の事情を勘違いしたままのおねえさんに複雑な表情で応援されてしまう。別にそんな複雑な事情なんてないけどね。…っと、そうだ。結局おねえさんは何しに来たんだ?


 「ところでおねえさんは何しに来たの?平日だし学校の時間じゃないの?」 


 「あ!そうだわ、そのことなんだけど…少し長くなるし、中で話してもいいかしら?」


 「もちろん、おねえさんが初めてのお客さんだね」


 何気なく言った僕の言葉を聞いて、おねえさんは何か閃いたような表情をする。事務所の中に移動しながら、おねえさんは何故か嬉しそうな様子で口を開く。


 「そうだわ!せっかくだし、湊ちゃんへの依頼と言うことにしましょうか!」


 「え?何を?」


 そう聞いた僕に、おねえさんは僕に向き直って楽しそうに告げる。


 「湊探偵事務所に私からの依頼です!数日前に私を襲った黒幕を突き止めて欲しいの!」


 …なるほど、確かにその件なら僕も無関係じゃない。探偵としての初仕事で、大企業のご令嬢を襲った集団の黒幕を突き止める…デビュー戦としては十分すぎる依頼だ。


 依頼を受けることを決めて、スイッチを切り替えておねえさんに向き直る。


 「東片さんからの依頼、しかと承りました。黒幕も謎も動機すらも、僕が徹底的に暴いて見せましょう」


 思考にエンジンをかけ始め、おねえさんを見つけた時の記憶から情報を洗い始める。そして、おねえさんはそんな僕を圧倒されたように息を呑んで見つめていた。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 さて、ここで唐突に第四の壁を破って君たちに話しかけさせてもらうよ?


 まぁそんなに驚かないでよ。そもそも僕にとっては世界線なんて穴を開ければ簡単に越えられる程度のものでしかないんだからさ。


 で、僕がこんな風に君たちに話しかけている理由だけども。簡潔に言って仕舞えば、『葵』でも『セラス』でもなく、『双葉湊』の物語とはここで一旦お別れだからだ。


 理由は簡単、『双葉湊』のこれからの物語があまりにも世界の滅びと関係がないから。


 もしどうしても『双葉湊』の物語が見たいなら、こんなだらけながら世界を救ってる僕らの記録をつけてる酔狂な奴の気まぐれを期待しててよ。


 『双葉湊』はもうとっくに僕から切り離されていてね、『葵』や『セラス』として…不本意ながらここでは彼女と呼ばせてもらうけど、彼女の物語に介入することはできる。でも確かに『葵』も『セラス』も、『双葉湊』と同じ存在ではなくなってしまった以上彼女の物語は僕らの物語とは関係無くなってしまった。


 でもまぁ、別の物語とはいえ同じ世界で紡がれているわけだからいずれ交わることもあるかもしれないね。


 兎にも角にも、『僕たち』は『僕たち』の、『彼女』は『彼女』の物語がこれからも続いて行く。


 だから、記録をしてる奴が飽きるまでせいぜい付き合って行ってよ。


 大丈夫、何があっても、何もなくても、僕が悪い結末にはしないと約束するよ。


 …それじゃあ次があるかはわからないけど、またね。


またな

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