よろしくはない出会い
…こんなことって本当にあるんだなぁ。僕がそんなことを呑気に考えている間にも、閉められた扉の向こうの音が師匠との通話越しに聞こえてくる。
「〈これだけ人質がいれば一人や二人ヤッたところでこっちは構わねぇんだ。死にたい奴がいるなら好きに動けばいい!〉」
広い会食会場に響き渡るように大声で話すテロリストさんの声は通話越しでも明瞭に聞こえてくる。僕の記憶では会食会場にいた護衛の数は式典中とは違ってかなり手薄で、その場にいる護衛だけでは全員を守るのは難しいと判断してなのか護衛の人が応戦しているような音は聞こえてこない。
「師匠、どうするんですか?こちらで何か動きますか?」
「〈いや?こっちはどうとでもなるから葵は一応お嬢様をどこかに隠しておけ〉」
僕の質問に答える師匠は、テロリストさん達に聞こえないように小声で話してはいたものの焦った様子はない。まぁあの師匠をどうこう出来る人間なんてほんの一握りだろうし、師匠なら20人ぐらいのテロリストから一条家の方々を守りながら戦うぐらい問題ないだろうから別に心配はしてないんだけど。
テロリストさん達は完全に立てこもるつもりらしい。外で周囲を警戒する人員も置かずに会食会場に立てこもっている様子だった。透明化系の異能持ちがいるなら別だけど…。
「一応報告しますけど外で待機している人は視認できる範囲では居なそうですよ」
「〈おう、一応警戒だけはしておけよ?「おいそこ!何を話している!」〉」
「あ〜、こちらから一応報告だけしますので繋げっぱなしにしておきますね」
「〈無駄口開かないでさっさと一カ所に集まれ!ほら動け!〉」
うん、これ以上師匠の方から何か指示をもらうことはできなそうかな?さてどうしよう。こちらにまだお花摘みから帰ってきてないお嬢様がいて、会場の方も何かあったらいろんな人の首が飛んでしまう人達がいる以上僕も師匠も目立った動きはしにくい。第一僕がどこかに隠れているかもしれないテロリストさんと会ってしまったら勝てる保証もないし、できれば師匠にさっさと片付けて欲しいんだけど…。
「葵さん、お待たせしました」
僕がそんな他力本願なことを考えていると、手を拭きながらお嬢様が出てくる。ひとまず中の音がお嬢様に聞こえないように設定を変える。…どうしよう。お嬢様は異変に気づいていないみたいだけど、出来るだけ危険から遠ざけないとだよな。中を師匠たちが制圧するまで少し外で時間を潰そうかな。
「いえ、大丈夫です。それはそれとしてお嬢様、少し会場の周りを散歩しませんか?」
「え?でもお父様とお母様に何も言わずに出てきてしまいましたし、すぐに戻らないと…」
僕の突拍子もない発言にお嬢様は困ったような顔で答える。まぁ当たり前の反応だよな。とはいえ気が立ったテロリストさん達の待ち構える会場に戻るわけにもいかないし、お嬢様に状況を説明して混乱させたくもないんだよなぁ。まぁ僕が今適当なことを言ってお嬢様を会場から遠ざけても文句は言われないだろう。
「大丈夫です。中にいる師匠から、御当主から外で時間を潰してきても構わないと伝言を預かりました」
「…そうなんですか?」
全然そうじゃないです。嘘ついてますごめんなさい。お嬢様も態度には出さなかったけど中で退屈だったのか、僕の適当な嘘を聞いて少し表情が明るくなる。これならもう少し興味を惹ければ連れ出せるかな?少し心が痛いけど。
「ええ、師匠からホテルの中庭にある庭園に薔薇が咲いていると聞きました。私も少し興味があるのでお付き合いしていただけませんか?」
これも嘘だけど。…いや薔薇が咲いているのは本当だけど、師匠から聞いたと言うのは嘘だ。事前にもらった資料にあったホテルの情報であったのをチラッと見ただけだ。
「薔薇ですか…!えっと…お父様がいいと言っているなら少しぐらい大丈夫ですよね?案内してくれますか?」
明らかに薔薇のところで表情が明るくなったお嬢様だったけど、誤魔化すように普通の表情を装いながら答えてくれる。うーん、僕みたいな子供が言うのもアレだけどお嬢様は純粋だなぁ。
「ええ、私のわがままを聞いていただいてありがとうございます。それでは行きましょうか」
「はい。それじゃあ葵さん、案内をお願いします」
「はい、確か中庭はあっちに…」
ーそっちに行くのはおすすめしないけどなぁ
そんなこと言われたってとりあえずお嬢様の興味を惹かないといけないし、同年代の女の子が興味がありそうなものがこのホテルにはそこぐらいしかないんだから仕方ないじゃないか…?
「…?お嬢様、今何か聞こえました?」
「え…?いえ、葵さんの声以外は特に聞こえませんでしたけど」
「…そうですか、すいません私の気のせいみたいです」
…なんだ今の?通話の音とも違う誰かの声が聞こえたと思ったんだけど、お嬢様が嘘をついている様子もないし嘘をつく理由もない。不思議なことに、さっき聞こえた声に敵意とかは感じなかった。…それどころか僕は何か安心するような、懐かしいような感情を覚えていた。
「葵さん、大丈夫ですか?」
「え、えぇ。大丈夫です、ちょっと考え事をしていました」
僕が不思議な声に困惑していたのがお嬢様に伝わってしまったらしく、気を使わせてしまった。いけないいけない、アレかな?今日は家のこととかテロリストさんとかびっくりすることが多かったから疲れてるんだな。
そうして自分を納得させながらお嬢様を連れて中庭に向かう。ホテルの通路は異常事態が起こっているせいかはわからないけど、静まり返って僕とお嬢様以外の人は誰もいなかった。
「…なんだか静かですね?」
「そうですね、今は会場の方に人が集まっているんじゃないでしょうか」
「そうなんですかね?」
「そうなんですよ」
全然違うけど。…でも、実際ここまで人がいないのは不自然じゃないのか?いくら異常事態とは言っても、中庭までの道中でホテルの従業員の人が使う部屋が何個かあるのにここまで誰ともすれ違ってない。
…小説だとこう言う流れはあんまり良くないんだけど、でも流れ的に中庭に行くしかないんだよなぁ。
そんな僕のほとんど根拠のない予感は、中庭についてすぐに的中していたことがわかってしまう。到着した中庭の中央には、薔薇に囲まれるように立っている酷く場違いな黒装束の人が立っていた。その人はフードを深く被って顔が確認できないけれど、その手に持っている赤い液体が付着した無骨なダガーが危険人物であることを明確に示していた。
…小説だと、大きい騒ぎの裏で暗躍してる人って大体強い人なんだよなぁ。
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作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…




