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熾天使さんは傍観者  作者: 位名月
戦闘狂の誕生

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師匠との訓練

新章です。

 広い修練場に鈍い金属音と荒い呼吸音だけが響く。修練場の中では、二次性徴も迎えていない中性的な長髪の少年と道着を纏った女性が大鎌をぶつけ合っていた。


 『……』


 『…ふっ…ふっ…っ!』


 緊迫した表情で呼吸を荒げて女性の周りを駆けるようにしながら大鎌を振るう少年に対して、道着の女性は無表情の上落ち着いた呼吸で無機質に少年の大鎌を捌き続ける。


 『…3回目』


 『ぐっ…!』


 未熟ゆえの不用心か、はたまた誘いを読みきれない甘さ故か。道着の女性の間合いに入った少年の体に、緩慢(かんまん)にも見えるような動きで大鎌が添えられる。大鎌は刃引きされていない物のようで、大鎌が添えられた部分からツーっと血が流れる。


 『止まるな』


 『カハっ!!』


 動きを止めた少年に対して、道着の女性は大鎌を外すと同時に蹴りを喰らわせる。肺の中の空気を吐き出しながら間合いの外に弾き出された少年は、すぐに大鎌を構えて女性へ向かって足を踏み出す。


 …それからもしばらく静かな攻防は続き、少年の体に追加で3本の赤色の筋が刻まれた頃にようやく金属音がなりやむ。


 『…よし!今日はここまでだな!』


 『はぁっはぁっ…ありがとうございました!』


 無機質な表情から一変して豪快な笑顔を浮かべる女性、師匠こと守宮蓮香さんがそう告げる。肩を上下させながら息を整える少年、葵は礼をしながらブレスレットから指輪になったものに大鎌を戻す。


 『はぁっはぁっ…ふぅ、まだ師匠には一本も入れられないですね…』


 少し自虐的な感情が混ざった表情でそうこぼす葵に、師匠は豪快な笑顔のまま葵の頭をぐしゃぐしゃにしながら答える。


 『当たり前だ!まだまだ前線を張ってんだ。そう簡単にガキにやられてたまっかよ』


 『ハハっ…すいません師匠』


 師匠の答えに、息も整った葵が小さく笑顔を浮かべて答える。その葵の表情を確認した師匠は、持っていた大鎌を修練場の隅に片付けながら話す。


 『オレからしたら、たった数年の指導でオレから二桁以上切られなくなった時点で十分だけどな!』


 『…でも師匠、一歩も動いてないじゃないですか』


 『それこそ年季の差だ!もっとデカくなんねぇとオレの本気は見れねぇよ』


 『…むぅ』


 訓練中とは違い、師匠の言葉に年相応に頬を膨らませてむくれる葵は、師匠にまた大口を開けて笑われる。葵が師匠に弟子入りしてすぐは、一日の稽古で体のそこらじゅうに青痣や切り傷ができていた。それこそ三桁に届くんじゃないかというほどの数を師匠から打ち込まれていた。


 『お前のそのスグ顔に出るところも直さねぇとな!多少マシになってきたが、動きも表情も正直じゃあ先が読みやすくてしょうがねぇ』


 『…師匠は極端すぎますけどね』


 『あ?なんか文句あんのか?』


 『いいえ全く!』


 そんなことを言いながら、片付けを終えた師匠は修練場の隅から救急箱を持ってきて包帯を取り出す。


 『ホラ腕出せ』


 『…いっつも言ってますけど、これぐらい自分でできますよ?』


 少し恥ずかしそうにそう言う葵を無視して、師匠は手際良く葵の腕に包帯を巻きつけていく。


 『いいんだよ!弟子の健康管理も師匠の務めだ』


 『…はーい』


 普段の豪快な所作からは想像もできない優しい手つきで包帯が巻かれてゆき、葵も黙ってされるがままになる。師匠自身がつけた傷に包帯が巻かれると、何かを確かめるように体を触られ、最後にバシン!と大きな音を立てて背中を叩かれる。


 『よし、問題なし!さっさと着替えろ!』


 『いっ…!ありがとうございます…』


 豪快に着替えのある鞄の方に押し出されながら礼を言う葵。ゴソゴソと着替えながら、思い出したかのように師匠に向かって口を開く。


 『そういえば師匠、今回はしばらくこっちにいるんですか?』


 『ん…?いや、また一週間ぐらいで出ちまうな。それがどうした?』


 『いえ、次はいつ見てもらえるかなと思って。せっかく夏休みで時間もあるので』


 『あぁ、そういや夏休みの時期か』


 そう。葵は今、夏休みを利用して師匠のところへ訓練に来ていた。健全なのか不健全なのか、葵は友人と遊ぶことよりも訓練を優先している。師匠の予定を聞いては通い、次の予定を聞いては通いを繰り返していた。


 今も次はいつ訓練ができるのかと期待の目を向けてくる葵に、師匠は少し考え込むそぶりをしてから口を開く。


 『葵、お前次の仕事一緒に来るか?』


 『…えっ?』


 『ちょっとしたお偉いさんの護衛でな?そんな危険がある訳でもねぇし、興味あんならオレの権限で連れてってやるよ』


 『本当ですか!?』


 『もちろん親の許可が出たらだぞ?』


 その師匠の言葉を聞いた瞬間に、葵は慌てて着替えを終わらせてナノマシンを操作しだす。あっという間に半透明のディスプレイに『呼出中…』と表示され、数秒後に父の声が聞こえる。


 『〈葵?どうした、守宮様との訓練は終わったのか?〉』


 『お父さん!師匠の仕事について行っても良い!?』


 通話越しにゴフッと父が何かを吹き出す音が聞こえる。少しして落ち着くと、咳払いをして口を開く。


 『〈ん゛ん゛!あ〜、葵?守宮様は今そこにいるか?〉』


 『師匠なら隣にいるよ?』


 『〈少し守宮様と話がしたいから繋げてくれるか?〉』


 『うん!』


 元気よく返事をした葵は、隣でニヤニヤしながら話を聞いていた師匠にスワイプして通話を渡す。師匠の方にすっとディスプレイが移動し、師匠がそれをタッチして話し始める。


 『おう康太!…あぁ、おう!…詳細は今送る!』


 そうして師匠が父と通話しながら時折葵を見ながら何かを操作するのを見守る。何か『葵はこんなに嬉しそうなんだけどなぁ』とか、『ひどい父親だぜ全く…』とか師匠が満面の笑みで言っていたが熾天使さんよくワカラナイ。


 『…おう、じゃそう言うことで!』


 師匠はそう言って通話を切ると、豪快な笑顔で葵に向き直ってピースサインを作る。


 『良いってよ!』


 『本当ですか!!』


 師匠の言葉に、葵は満面の笑みを浮かべてはしゃぐ。師匠もそんな葵を見て笑みを浮かべながら葵の頭を撫で回す。


 『うっし!そんじゃあスケジュールは後で康太に送っとくから、今日はもう帰れ!』


 師匠にそう言われて外を見れば、もう日が傾き始めていた。送り迎えは師匠の屋敷の使用人の方がしてくれるが、小学生の葵を遅くまで出歩かせるのは流石に両親が許さない。師匠に言われた通りに荷物をまとめて修練場を後にし、使用人の方が用意していた車に向かう。


 『師匠!今日はありがとうございました!』


 『おーぅ、気ぃつけて帰れよー』


 車に乗り込んで動き出した後も、葵は窓から顔を覗かせて師匠に嬉しそうな表情を見せつけながら『さっきの話、忘れないでくださいねー!』と、師匠が見えなくなるまで師匠に手を振っていたのだった。


葵くんちゃん小学校中学年ぐらいにして若干バトルジャンキー


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作者プロフィールにあるTwitterから次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…

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