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熾天使さんは傍観者  作者: 位名月
ふたりの異能

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ある男の休日

???視点

 鳴り響くスマホのアラームで目を覚ます。時計に表示された時間は6時半。仕事の準備をするにはギリギリの時間だが、朝の忙しさよりも睡眠時間のほうが大切だ。


 「…くぁ」


 重い瞼を擦りながらギシギシと音を立てる硬いベッドから身を起こす。今日の仕事の内容を思い出そうとしたところでとある事実に気づき、スマホの日付を確認する。


 「休日じゃねぇか…!」


 おそらく昨日の夜、体に染みついた癖でスマホのアラームをかけてしまったんだろう。それもこれも全部あのク◯上司のせいだ…!僕に5時間残業させといてしれっと定時で帰りやがって…!確認する人間がいなけりゃその日のうちに終わらせても意味ねぇだろうが…!


 「…ハァ、二度寝すっか」


 余計なことを思い出して頭に上った血を冷やすように一杯だけ水を飲んでアラームを切り、また硬いベッドに体を投げ込む。


 「あ〜…家のベッドよりホテルのベッドの方が快適だな…」


 ここ半年は出張ばかりで一ヶ月に数回しか家に帰っていないが、自分の安月給で買うマットレスよりも少ない会社の経費で止まるビジネスホテルの方がいいマットレスという現実に打ちのめされながら朝日を遮るように布団を頭まで被る。


 …仕事、上司、新人教育、給料、残業、転職。真っ暗になった視界の裏で思考がぐるぐると巡る。学生だった数年前はやりたいことが溢れて次の日を楽しみにしながら眠っていたと思ったが、今となっては自分の趣味が何だったかも思い出せない。


 「…ダメだ、寝れねぇ」


 思考を止めるのを諦めて再度ベッドから起き上がり、ほぼ家にいないから使う機会が少ない冷蔵庫を開ける。生ものは家にいない間に腐ってしまうから、冷蔵庫内には酒と飲み物程度しか入っていない。隣の実家からもらってきた古い冷凍庫を開けて冷凍のご飯とチンする唐揚げを取り出す。


 「今日ぐらい自炊すりゃよかったかねぇ…」


 そんな言葉をこぼしたところで返事をしてくれる人なんて居ない。スマホを取り出して適当にSNSアプリや動画配信アプリを流し見していると、メッセージアプリに通知が入っているのに気がつく。


 「…上司じゃありませんように」


 休日なんてほとんどない今の仕事に就いてから、学生の頃の友人たちとはほとんど連絡を取らなくなっていた。まぁ一年に一回も会わない上に連絡も中々帰ってこないやつなんてすぐに人の記憶から消えてしまうだろう。


 …そうして就職してからというもの、メッセージアプリの通知は仕事以外で付くことがほとんどなくなっていた。それでも誰か友人からかもしれないとメッセージアプリを開くと、珍しいことに仕事のメッセージではなく友人からのメッセージだった。


 「…ふっ」


 トーク画面に表示されるメッセージは所謂「限界化オタク」の見本市のようなものだった。


 この友人は知り合ったきっかけこそ友人の紹介で、かなりの美人で積極的に関わりはしなかった。だが蓋を開けてみれば同じ配信者が好きな、オタクに全力で生きているかなりの面白人間だった。


 真っ当に生きて全力で好きなことをやっている姿は自分よりも確実に幸せそうだ。そんな容姿も仕事も性格も優れている彼女を見ても、不思議と劣等感や劣情のようなものを抱くことは無く活力さえもらっていた。…もはや「推し」の感覚に近いんだろうか?


 「久々に配信覗いてみるかぁ…」


 元気なオタクから送られてきていたリンクを開き、ワイヤレスイヤホンをつけて食べ終わった食器の片付けを始める。イヤホンからはしばらく聴いていなかった配信者の楽しそうな声が聞こえてきて、自然とそれ以外の事が頭の中から流れ出していく。


 配信を聴いていると、狭まっていた視界が広がったように部屋の中が鮮明に見える。


 「…そういえば、これも読んでなかったな」


 部屋で埃をかぶっている本棚に、社会人になってから買った本が並んでいたのに気が付く。出張先に持って行く気にもなれずに置いたままになっていたそれを何の気無しに手に取り、椅子に腰掛けてから表紙を開く。


 耳からは配信者の声がうっすらと脳内に入ってきて、視界は本の中の文字だけが映るように本に没入していく感覚になる。


 「……」


 さっきまで頭の中を巡っていた余計な考えが押し流され、誰かが作った世界だけが脳内に広がっていく。そうして自分が他のナニカに溶けていくような感覚と共に…僕の意識は眠りに落ちていった。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 「…?」


 目を覚ますと、いつの間にか床に転がっていた。周りを見れば眠る前に読んでいた本は床に落ちて、イヤホンもつけっぱなしになっていた。そして、朝日が差し込んでいたはずの窓からは夕暮れの赤色だけが覗いていた。


 「……ハァ」


 休日もあと少しで終わってしまう。明日も出張で深夜に家を出ないといけないし、あと数時間で寝ないといけない。…まぁ、久々に好きな配信を聴きながら好きな本を読んで、好きなだけ眠ったんだ。いつもよりはいい休日だったんじゃないか?


 そんなことを考えながら落ちていた本を拾って折り目がついていないことに安心していると、メッセージアプリに新しい通知がついた。


 「…今度こそ上司かな」


 開きたくないが、明日の仕事の連絡かもしれない以上確認しないわけにはいかない。覚悟を決めてメッセージアプリを開くも、メッセージを送ってきたのは今朝と同じ友人からだった。


 「…なんだ?また配信のリンクか?」


 トークアプリに表示されたのは、昔好きだと話したことのある小説が映画化したという画像のスクリーンショットと「休みが会う日に観にいこうよ!」という簡潔なお誘いだった。


 「…次、土日はいつ休みだったっけなぁ」


 映画の上映期間中に休みがあるといいけど…。仕事の予定を眠い頭で思い出すと、案外休みはすぐだった。


 …これなら、一緒に行けそうかな。


 この時の僕の思考は、映画のことよりも久々に「推し」の友人に会えることでいっぱいになっていた。


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