英雄の種子
あいかわらずのゆったり進行ですので気長にお付き合いいただけると助かります。
それから半月程、胎児には特に問題もなく絵本を読み聞かせる日々を過ごしていた。
両親については、初めのうちは色々とゴタゴタしていたようだけど、不思議と一週間もあれば騒ぎは落ち着いたみたいだった。
絵本の読み聞かせついでに少し探ってみると、両親が仕事でかなり大きな組織に属しているらしく、その関係の人間たちが忙しそうに動いていたみたいだった。
まぁこの子に問題がないんだったらどうでもいいか。
「……そうしてせかいをすくいましたとさ、めでたしめでたし。」
抱え込んだ胎児に見せるように広げていた本を閉じて、一旦近くの机に本を置く。そして両手でしっかり胎児を抱き上げると、ゆりかごに降ろして本を本棚に戻しに行く。
今読み終わった本は、確か部下が担当していた剣と魔法のファンタジー世界で実在した英雄の話だったかな。
あの子も世界の修正力が用意した英雄の種子だし、いつかはこの本の英雄みたいに後世に語り継がれる時が来るんだろうか…。
「あの子の英雄譚が出るんだったら、変なことが書いてないかチェックしないと」
僕の天使の輪はどんなに短い物語だろうと、一部地域で口伝で伝えられていたとしても絶対に見逃さないからね…!
一人でふんすと鼻息を荒げながら新しい絵本を手に取り胎児の元へと戻って行くと…
「………へ?」
ゆりかごに降ろしたはずの胎児が、いなくなっていた。
「ッ!!」
僕ともあろうものが一瞬思考停止してしまった。冷静になれ僕!
すぐに天使の輪を頭上に出現させて、外の情報をかき集め始める。あの胎児の精神の波長にだけ意識を集中させて知覚の範囲をどんどんと広げていく。
どこだ…?天使の輪は出していなかったとはいえ、あの目を離した一瞬の隙に僕の空間で僕の認識をすり抜けて行動できる存在がいるなんて…!
『……ぎゃ…ああ…あ…!!』
ああもう!なんか余計なノイズでも拾ったのか?もっと集中しろ僕!
『ほんぎ……ああぁああ…!』
いや本当にうるさいなぁ!一体どこで拾ってるんだこの音は!頭に響く声だなぁ!まるで…
『ほんぎゃあああぁああ!!!』
まるで、赤子の泣き声が頭に直接響いてるみたいな音…?
なんだこれ?天使の輪で情報を拾っている時の感覚とも、自分の五感でものを感じ取る時とも違う…?もしかして…
先程とは逆で、知覚の範囲をどんどんと縮めて行く。ゼロどころかマイナスまで。縮めて縮めて、現実の自分の体のよりも内側で、僕の空間よりも外側のスペースまで知覚範囲を狭めた時。
「あぁ…そういうことかぁ…」
この2ヶ月ですっかり慣れ親しんだ、あの胎児の波長を感じ取った。安心して力が抜け、近くにあったロッキングチェアに崩れ落ちるように座り込む。
冷静になって考えれば、当然の話じゃないか。僕はそもそもあの子が世界を救うためのエネルギー量の補充のために裏人格に転生したんだ。おそらく創造神は、体に宿ったあの子の精神の器の中に、僕の存在を空間ごと圧縮して押し込むことでエネルギー量を底上げしたんだろう。
ちゃんと一人の人間として出生して、精神が肉体に定着したのであれば、あの子の精神の方が僕よりも表層に近い部分に出ているのは当然のことだ。
肉体の中にいるという考えが抜け落ちて、外側しか情報を拾っていなかった。精神の波長だけに絞っていた情報をもっと広い感覚に変えて外の状況を確認してみれば…。
『ほんぎゃあああぁああ!!!』
見慣れたしわくちゃの顔が、大きく口を開けて元気な産声をあげていた。
Tips:セラス君ちゃんは無表情で後輩を可愛がっていたタイプ
前回に引き続き閲覧、ブックマークして頂けた方、誠にありがとうございます。
また、評価やいいねをつけて頂いた方も本当にありがとうございます。
ブクマ110以上?????なんなんですかこれ???????
また、僕の個人的な事情なのですが、今週の金曜まで短め・早めの更新になるかと思います。来週以降に加筆して更新するかもしれません。
作者プロフィールにあるTwitterで次話投稿したタイミングでツイートしているので気が向いたらどうぞ…。




