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熾天使さんは傍観者  作者: 位名月
境界に立つ

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熾天使さんと箱庭の神の対談-2

 クッションに座ったゆずちゃんはその柔らかさに敗北しそうになりながらも必死に真面目な顔を作りながら僕に向かって話しだす。


 「…まずはそうさな、貴様の名前を教えろ」


 「あ、そういえば教えてなかったっけ」


 「あぁ、妾の名だけ聞いておいて貴様は名乗らなかったからな」


 昨日の夜に竹林の中で話した時の内容を思い出してみれば、確かに僕の名前は教えていなかった。名前を教えるのは相手によってはリスクになるけど、この世界の中で僕の名前を知ったところでどうこうできる存在はいない。…実際もう一条先生には教えてるわけだし。


 「セラスだよ。葵と同じ体を共有してるわけだし、双葉セラスなんて名乗ってもいいのかもしれないけど…まぁセラスだよ」


 「ふん、セラスか。…体の共有と言ったが、貴様がただの人間に縛られるような存在には見えんが?」


 ゆずちゃんの持つ疑問は当然だろう。人間のように生き物としての制約に縛られている存在と違って、僕らは自分よりも上の存在にしか縛られることは基本的にない。


 「それなら昨日話したことからでもわかると思うけど、僕って別にこの世界の外に一歩でも出ればただのシステムの一部だからさ」


 「ほう?」


 「僕はただの命令を受けて仕事をしているだけの存在だからさ、その仕事上必要だからそうしてるだけだよ」


 「…到底信じられる話ではないが」


 まぁ、それはそうだろう。今まで自分がこの世界の中でほぼトップクラスの存在だったんだから。僕が世界の外から来たってこと自体、僕の力を見ないと信じなかっただろうし…なんならまだ疑ってたりするのかもしれない。


 「僕がゆずちゃんに嘘をつく必要ある?」


 「…」


 「で?まさかそれだけを聞きに来たわけじゃないんでしょ?」


 「あぁ、とりあえず貴様の話に嘘はないとしておく。それなら貴様と体を共有しているあの童はなんなのだ?」


 話をしているうちにクッションの魔力にも打ち勝てたようで、すっかり真剣な表情で聞いてくるゆずちゃん。


 「貴様の頼みを聞いてあの童についているが、あの童になぜ妾が必要なのだ?」


 「葵についてなら、ゆずちゃんもある程度察しついてるんじゃない?」


 「ふん…貴様は本当に性格が悪いな。貴様の力が及んでいるあの童に妾の力がまともに作用しないのはわかりきっているだろう」


 「でも見てわかることぐらいはあるでしょ?」


 ゆずちゃんは僕の言葉を聞いて、少し悩みながらも自分なりの考えをまとめて話し出す。


 「あの童は、英雄の器だな。心根が今までの時代で名を残してきた英雄達と似ている」


 「正解!運命まで見なくても、流石にそれぐらいはわかるよね」


 「あぁ、だが…」 


 「自分よりも力を持った存在はいなかった?」


 僕の言葉にゆずちゃんは黙って頷く。ゆずちゃんの言葉通り、これまでも世界の危機に生まれてきた英雄はゆずちゃんの力を上回ることなんてなかったはずだ。ゆずちゃんはこの世界で最上位の存在としての仮想体なんだから、人間が超えられる道理はない。


 「そこまで考えられてるなら、もうわかるんじゃないの?」


 「…貴様が世界の外から来たのは、そのためか」


 「…」


 ゆずちゃんの言葉を明確に肯定はせず、にっこりと微笑んで見せる。今までの英雄がゆずちゃんよりも力を持っていないのは、英雄と相対する厄災もゆずちゃん以上の力を持っていなかったから。なら、ゆずちゃん以上の力を持つ英雄が必要な理由なんて単純だろう。


 「ふん、ならその運命が妾に見えていないのも納得だな」


 「ゆずちゃんってば頭は悪くないのに、なんで初対面の時はあんなだったのかなぁ?」


 「…貴様のような存在を前にして冷静さを保つ方が無理な話だろうが」


 「プライド刺激されてカッとしちゃっただけでしょ〜?」


 「う、うるさい!」


 顔を赤く染めながらそう言ってくるゆずちゃんを笑って受け流しながら、手で話の続きを促す。そういう短絡的なところも慣れれば可愛いモノだなぁ。


 「…まぁいい。それなら貴様が妾に獣の姿を取らせてあの童につかせているのは、いずれ来るソレに備えるためというわけか」


 「そーゆーこと。ま、別の理由もあるけどね」


 「…?まぁ良い、しかし貴様が直接手を下した方が早いのではないのか?」


 「面倒」


 「…ふざけておるのか?」


 いいえ、本心です。…とはいえそれだけというわけじゃない。呆れた顔のゆずちゃんに説明を始める。


 「流石に冗談だよ?僕がやるのは意味ないんだよね。力を使うのはあくまで葵じゃないと、僕がわざわざここにきた意味がない」


 この世界の運命の流れをできる限り正常なままで修正するには、あの女神様が破ったページを新しいものに差し替えるんじゃなく修繕して復元する必要がある。…ま、別にそんなにこだわる必要はないと思うけど。あのク創造神が僕にやらせるんだから何かしら意味があるんだろう。


 「ほう?まぁ妾はこれ以上世界の外の事情に首を突っ込むつもりはない。貴様が世界を壊そうとしていないならどうでも良い」


 「ふーん?まぁいいと思うよ?」


 僕としても面倒な考え事が減って楽になるし。僕の存在を知っているのは、この世界では一条先生とゆずちゃん…あとは蒼だけだ。一条先生も面倒だけど、ゆずちゃんもゆずちゃんで面倒だからな。


 「それで、後は何か…ん?」


 「なんだ?」


 怪訝そうな表情のゆずちゃんを置いて、書架の整理に使っていた天使の輪を感知に使う。…不覚だな、輪も僕も別のことに集中しててここまで気づかなかった。


 「ごめんねゆずちゃん、急だけどまた後で」


 「は?貴様何を言って…」


 ゆずちゃんが何かを言い切る前にその姿が僕の空間から消え去る。魂を現実の体に戻しただけな訳だけど。そうして僕だけが残されて静まったこの空間の水面に、ゆずちゃんがいた方向とは違う方向から波紋が広がってくる。


 「…いらっしゃい、君の方から来るなんて珍しいね?」


 「えっと…?」


 波紋の中心に目を向ければ、僕がこの世界の中で誰よりも知る人物…葵が戸惑ったような表情で立っていた。


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