熾天使さんと箱庭の神の対談-1
セラス視点です。
葵の長いような短いような修学旅行も今日で京都の予定が終わり、明日には家に帰ることになっていた。初日に比べれば今日は穏やかに過ぎていった方だろう。僕からすれば色々と面倒な出会いはあったけど、葵からすれば真っ当に修学旅行を過ごせただろう。
龍災の展示場は楽しいだけじゃあなかったかもしれないけど、あくまで修学旅行なんだ。楽しいだけじゃなく学びを提供してくれる学校には感謝だな。思えば僕も生前の修学旅行で過去の戦争の展示を見たりしたな。
「…」
この世界じゃあ戦争なんて縁遠いものになっているようだけど、戦いも災害も縁遠いものとは言えない。記録だけでも悲惨な過去を見ておくのは悪いことじゃない。
「…おい」
まぁ戦争も災害もどの世界でも数えきれないほど起きているし、天界にいた頃の僕にとっては仕事が増える時期というだけの認識になっていたけど…仮にもこの世界に生きている身な訳だし、これからの仕事に関係ない訳でもないしある程度記憶には留めておいた。
「おい!」
「ん?どうしたのゆずちゃん?」
書架に新しい本を追加していた手を止めて声のした方を見れば、ヒトの形を取ったゆずちゃんがプリプリと怒った様子でこちらを見ていた。…あれ?なんか猫耳生えてね?
「どうしたもこうしたもないわ!この妾を放置してさっきから何をしているのだ!」
「えぇ…?話がしたいっていうから呼んであげたのに黙り込んでたのはゆずちゃんの方でしょ?」
「そ…それは!…まぁそうだが」
葵達が寝静まってからにゃんにゃん鳴いて僕を呼んでいたからこっちに呼んであげたのに、来たらキョロキョロしながら黙り込んでしまったから作業を進めていただけなのに。
「ていうかゆずちゃんその耳…あとそのしっぽどうしたの?」
「耳?しっぽ?」
僕の言葉を聞いて顔の横とお尻のあたりに手を当てるゆずちゃん。昨日話した時には人間の耳があった場所は何もなくなっており、頭上にぴょこんと猫耳が立っている。お尻のあたりには和服の隙間から出たしっぽがふよふよと揺れていた。
それを自覚した途端にゆずちゃんはワナワナと震え出し、俯いて表情が見えなくなる。
「な…」
「な?」
「なんだこれは!!」
俯いていた顔を勢いよくあげながらそう叫んだゆずちゃんの顔は怒りからか真っ赤に染まっていた。叫びに乗った力で本棚がビリビリと揺れた。落ちそうになった本を一冊一冊操作して元の位置に戻しながらゆずちゃんの話を聞く。
「なんだこれはって、ゆずちゃんの体のことをなんで僕が知ってるのさ」
「貴様以外に誰が知っていると言うのだ!妾をあの獣の姿にしたのは貴様であろうが!」
「あ〜…ちょっと待ってね」
少し面倒に思いながら久々に天使の輪を頭上に出して、改めてゆずちゃんの体を見つめる。体というよりも、そのもっと奥にあるモノといった方が正しいかもしれないけど。
「あぁ、確かに僕のせいだったね。ごめんごめん」
「やはり貴様の仕業か!今度は一体何をしたというのだ!」
「えっとね…」
ゆずちゃんの体に起きていたことを手短に説明していく。ゆずちゃんは神とは言ってもあくまで仮想体。その成り立ちは他の存在からのイメージで成り立っている。元々神としての姿しか持っていなかったゆずちゃんに、僕が猫としての姿を与えた。
そして神でありながら猫という認識が生まれてしまった。その認識を持っているのは眷属ちゃんや『聖者』といった少ない数だけど、僕がその認識に慣れてしまったのが致命的だったらしい。
僕という上位者が姿を与え、僕がそう認識している。それだけで暁の人間の集団認識で形成されたゆずちゃんの姿に影響を与えてしまっていた。
「元に戻せ!こんな姿では威厳も何もあったモノではないわ!」
「それはちょっと難しいかな〜、もうゆずちゃんの魂の形がそれに馴染んじゃってるから」
まぁ戻そうと思えば戻せるけど、別に問題はないし可愛いからそのままでいいでしょ。
「大丈夫大丈夫、ここ以外なら元の姿を取るのは簡単だから」
「くっ…!なぜ妾がこんな目に…」
「まぁまぁ、そんなことより僕に一体何の用だったワケ?」
僕の言葉に怒りを鎮めるように深呼吸を繰り返したゆずちゃんは、少し乱れた髪を直しながら話し出す。
「…昨日の話の続きだ。こうして時間もある以上、腰を据えてじっくり話を聞かせてもらうぞ」
「え〜…僕書架の整理があるんだけど」
「貴様ならそんな作業会話しながらでもなんとでもないだろう?」
「…まぁいいけど」
ゆずちゃんの後ろに大きいクッションを出してあげながら出したままだった天使の輪で増えていたリソースを書架の整理に回して、新しい本が自動振り分けで書架に収まっていくのを横目に僕はゆずちゃんに向き合って話を促す。
「さ、好きなだけ聞きなよ?教えていいことなら教えてあげる」




