99話
雨粒がアスファルトに次々と打ち付ける中を、俺たちは並んで歩く。
途中、この悪天候でカッパも身につけず自転車で疾走していく生徒に何人か遭遇した。
普段は自転車通学だが、雨予報の日は、徒歩で通うようにしている。自転車用にカッパを購入しているが、それを着ても結局雨がしみ込んでずぶ濡れになった経験があるからだ。
とはいえ、徒歩で傘をさしていても、全く濡れないということはない。靴下はぐちょぐちょになるし、傘を持つ手がしんどい。
そのため、雨の日はいつも憂鬱になる。
しかし、今日のように叶耶と相合傘ができるのであれば、そう悪い日でもないのかもしれない。
俺は叶耶と間近に迫っていたクリスマスのことについて話していた。
自宅でのクリスマスパーティー、街中のイルミネーション鑑賞、クリスマスショッピング。
いくつもの候補が考えられるが、話を聞いていると、叶耶はどうやら遊園地に行きたいようだった。
そういえば、近くの遊園地でクリスマスイベントを行うとCMで流れていた気がする。
恋人との初めてのクリスマス。
叶耶とこうやって話しているだけで、その日がとても待ち遠しく感じた。
叶耶とのクリスマスデートに思いを馳せていると、ふと、視界の端に公園が映った。
そのまま視線はその公園に吸い寄せられる。
あの公園は、まだ叶耶と付き合う前に、一緒にアイスクリームを買って食べた場所だ。
思えばあの日からまだ一か月ほどしか経っていない。
あのときはまさか叶耶と恋人になれるとは思っていなかった。
「ねえ叶耶、あそこの公園―――」
覚えている? そう続けるつもりだった。
しかし、振り返ったときには叶耶の姿がなかった。
「叶耶っ⁈」
慌ててあたりを見渡す。
しかし、目の届く範囲に彼女はいない。
すぐさまポケットからスマホを取り出した。電話アプリを起動し、彼女の番号をタップする。
「……」
出てくれ、と強く祈りながら、耳にスマホをかざすが、通話口から聞こえてきたのは、無慈悲な機械音だけだった。
……叶耶、一体どこに?
唇を強くかむ。
叶耶がいなくなったときの不安が俺の心を再び蝕んでくる。
とはいえ、ここで立ち止まっていても仕方がない。
俺は傘を持ったまま、彼女を探すべく駆け出した。
途中にあった細い路地に逸れたり、近くのコンビニに入ったり。あの公園も、もちろん見て回った。
どこにも彼女はいなかった。
道行く人に叶耶のことを聞いてみた。
誰も彼女を見ていないと首を振った。
彼女を見つけることはできず、手がかりも全くなかった。
彼女を探し始めたときよりも雨脚は強くなっていた。
すっかり途方に暮れ、俺は歩みを止めた。
「なんで……」
彼女はつい先ほどまで一緒にいた。自分の傘に入っていた。
それなのに、彼女から目を離した一瞬の隙にいなくなってしまった。まるで神隠しにあったように姿を消した。
彼女に何が起こったのか全く分からない。
そのことが不安に拍車をかけていた。
プルル、プルル……
ポケットの中でスマホが震えた。
「っっ⁈」
とっさに取り出し、送信元を確認する。
スマホの画面に表示されていた名前は遼だった。
叶耶でないことに肩を落としつつ、応答ボタンをタップする。
「はい、もしもし……」
「おいっ、昂輝かっ⁈」
電話口から遼の大音量が耳に響いてきた。
無意識にスマホから耳を遠ざけてしまう。
「うん、そうだけど……。何かあった?」
「何かあった、じゃないっ。今何しているんだっ⁈」
遼の声はどこか怒気を含んでいるように思えた。
「えーっと、今は帰宅途中だけど……」
「なんで櫻木さんを放って帰ってるんだよっ⁈ 今日は一緒に帰る約束をしていたんだろ?」
「……え?」
言葉を失った。
「櫻木さん、さっき生徒会室で倒れていたんだよっ。今は保健室に運ばれている。大事な彼女なんだからさっさと来いっ!」
そう言い残すと、遼は通話を切った。
叶耶が保健室にいる?
最初は冗談かと思った。
しかし、遼のあの真剣な声音はそれが事実であることを物語っていた。
「戻らないと……」
俺は、十数分前まで叶耶と一緒に歩いてきた道を、一人で駆け戻っていった。




