95話
九章
その日の空は、重たく分厚い雲に覆われていた。
その鈍色の雲は、太陽の光を俺たちから奪う代わりに冷たい雫をもたらしていた。
窓に打ち付けられた雨粒は重力に従って、でも不規則な軌跡をたどりながら下に流れていく。
天気予報によれば、これから一週間近く今の天気が続くらしい。
あいにくの空模様のせいで、クラスの雰囲気もどこか覇気がないように見える。普段であれば、昼休みになった段階でクラスメートは騒ぎ出すのだが、今日は学食に行く生徒を除くと、ただ数人のグループで固まって控えめにおしゃべりをしている程度だった。
しかし、そんなクラスの空気とは対照的に、俺の心は輝いていた。
「……さて」
四時間目の授業で使った勉強道具を全て鞄にしまう。
これから大急ぎで待ち合わせ場所に向かわなければならない。
今日も叶耶と一緒にお昼を食べる約束をしていた。今日は俺の好きな献立を作ってきてくれると昨日のメッセージで伝えられていた。
またあーんとかしてくれるかな……?
どうしても期待してしまう。
あのときはちょっと照れくさかったけれど、そんなことがどうでもよくなるほど、叶耶のあーんは可愛かった。
「昂輝、そろそろ学食に行かね?」
そのとき、遼が俺の席にやってきた。
「ごめん、今日は先約がある」
せっかくの誘いを断ることに申し訳なさを感じて、両手を合わせる。
しかし、遼は誘いを断られたことをあまり気にしてはいないようだった。
「あーなるほどな。今日は櫻木さんとお昼デートか」
「うん、ということで今から行ってくるよ」
貴重品をポケットにしまい立ち上がる。
「場所はまた生徒会室?」
「いや、あそこにはもう他の生徒も出入り自由になっているから、今日は生徒会用倉庫」
すると、遼は口元を押さえ、下卑た笑みを浮かべる。
「昂輝、いくら二人きりだからって、昼間から櫻木さんと変なことはするなよ~」
「っっ⁈ し、しないって!」
俺は遼の言葉に顔を赤くしながら、逃げるように教室から飛び出した。
いつもの昼休みと比べ人通りの少ない廊下を早足で歩いていく。
いっそのこと走ってしまいたいのだが、ここで走ってしまえば必ず他の生徒や教師から注意を受ける。そうなれば結局余分な時間を取られるため、早足で歩くのが急ぐときにおける最適解なのだ。
やがて俺は、生徒会用倉庫の前まで来た。
ようやく叶耶に会える……
期待に胸を膨らませながら、目の前の扉を開いた。
しかし、
「あれ?」
そこに叶耶はいなかった。
以前訪れた時と変わらず、書類の詰め込まれた段ボールが整然と積まれているだけ。
「授業でも長引いているのかな……」
だとすれば、もう少しでここに来るだろうか。
叶耶にメッセージを送ろうと思ったが、校則によれば校内では電源を切ることになっている。真面目な叶耶のことだから、おそらくその決まりを守っているはずだ。
「仕方ない、待つか……」
俺は手近にあった椅子に腰かける。
しかし、結局昼休みの時間内に叶耶が生徒会用倉庫へ現れることはなかった。




