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95話

 叶耶の服を買った後、俺たちはお昼を食べにおしゃれなレストランに入ったり、いくつかの店をウィンドウショッピングして回ったりした。


 そして現在、三階の端にあるゲームコーナーに来ている。

「叶耶はここに来たかったの?」

 俺は隣に立つ叶耶に問いかけた。

「はい、私、こういったところに来たことがなかったので、一度入ってみたかったんです」

 彼女はゲームコーナーを前にして、若干興奮気味に話す。

 たしかに育ちがよさそうな優等生キャラの叶耶とゲームコーナーとは結び付きがたい。普段だとこんな場所に入ることなんてできないのだろう。

 とはいえ、現在のゲームコーナーはエリア全体が明るく設定されているし、子ども向けのゲームもたくさんあるため、決して治安が悪い場所なんかではない。

「それでは昂輝くん、早く行きましょう?」

 叶耶が俺の手を引く。

「うん、わかった、わかった」

 俺は叶耶にされるがままついていく。


 ゲームコーナー内は、最近のJーPOPやらアニソンやらといったBGMに、あちこちに設置されたアーケードゲームの音楽が加わり、騒々しい雰囲気だった。

「特に気分とか悪くなったりはしてない?」

 初めてこういった場所に訪れると、その喧騒に体調を崩す者もいる。

 俺は叶耶のことが少し心配になった。

 しかし、彼女は首を横に振る。

「全然平気ですよ。むしろ、ここは賑やかで楽しそうですね」

 その声の調子は明るく、無理をしている様子ではない。叶耶が無事そうだったので、俺はほっと胸をなでおろした。

「さて、どれからやろうか? 叶耶は何か気になっているゲームがある?」


 右前方ではコインゲームの筐体がひしめいており、そこでは子どもからお年寄りまで幅広い年代の人がゲームに興じている。

 それに対し、前方中央はリズムゲームが集まるエリアのようだ。ここでは俺たちと同年代か少し年上の若者たちがハイスコアを取るべく夢中でプレイをしていた。

 そして、その奥にはプリクラのエリアがある。どうやら最近のプリクラは女子又はカップル限定になっているらしく、そこにいるのは九割九分女子だった。


「じゃ、じゃあ、あそこに行ってみたいです」


 叶耶が指を指したのは左前方のクレーンゲームが集まるエリアだった。

「わかった。それじゃあ、行ってみようか」

 叶耶の手を引き、歩き出す。

 しばらくはどの筐体で遊ぶか流し見をしながら歩いていた。

 ここのクレーンゲームは種類が豊富なのか、数々の景品が用意されている。アニメのフィギュアにお菓子に家庭用ゲーム機、女性が好きそうなぬいぐるみやマグカップといった雑貨まである。

 叶耶もどの筐体で遊ぼうかと悩みながら楽しそうに眺め歩いていた。

 やがて、一つの筐体の前で叶耶の足が止まる。


「ん、ここの筐体で遊ぶの?」


 俺の問いに対して、叶耶が「はい、これがやってみたいです」とその筐体を指さした。

 そのクレーンゲームは、熊のぬいぐるみを景品にしたものだった。

「それではさっそく挑戦してみますね……ってあれ?」

「ん、どうかした?」

 俺は叶耶を覗き見る。

「えーっと、このゲーム、百円玉で遊ぶことも五百円玉で遊ぶこともできるのですが、どっちのほうがいいのでしょうか」

 叶耶の視線の先には、百円一回、五百円六回と書かれた料金表があった。

「うーん、四回以下で取れるなら百円玉を使ったほうがいいんだけど、こういったゲームってなかなか取れないからな……」

「だとすると、五百円玉を入れたほうがいいですね」

 そう言って、叶耶は五百円玉を投入した。

 ピロリンと音がして、クレーンを操作するボタンが光る。

「ではやってみますね……」

 そして、叶耶は一つ目のボタンを押し、すぐに離した。

 クレーンは目標物から随分左手前の位置で止まる。

「なるほど、こうやって動かすんですね。それではもっと右に……ってあれ?」

 再度ボタンを押すが、クレーンは全く動かない。

 動く気配のないクレーンに叶耶は戸惑った様子を見せた。

「あーそれ、一度ボタンから手を離すと、もう同じ方向には動かすことができないやつみたいだね」

 初めてクレーンゲームをすると、まず間違いなく引っかかるタイプだ。

 叶耶は「えー、そんな……」とショックを受けていた。

「まあまあ、まだ五回チャンスがあるから、今回は奥行きだけ合わせてみようよ」

「うう……わかりました」

 しゅんとしながらも、叶耶は二つ目のボタンを押す。

 二つ目のボタンはタイミングよく離したので、奥行きはバッチリだった。しかし、左右が合っていない以上、目標の熊さんを取ることは叶わない。

 こうして、一回目のチャレンジは失敗に終わった。

「では、二回目に挑戦しますね」

 ボタンを離す感覚をつかむことができたからであろうか叶耶はふんすと意気込んでいる。


「……」

「……」


 今度は前回の反省も活かし、クレーンが目的物の真上で止まった。

 叶耶は嬉々とした表情を浮かべてこちらに振り向く。

 しかし、


「えー、そんな……」


 数秒後には落胆の声をあげることになった。

 クレーンはたしかに目標物の真上に来ていた。ただ、ここのクレーンはアームの力が弱く設定されているのか、ぬいぐるみはするりとアームから抜け落ちてしまったのだ。

 その後も回数をこなしたが、結局六回以内でぬいぐるみを取ることは叶わなかった。

 叶耶もあきらかに落ち込んでいる。

「クレーンゲームって、こんなにも難しいものだったんですね……」

「うん。どうやらここのアームは結構弱いみたいだね。ゲームセンターによってはもう少しアームの力を強くしてくれているところもあるんだけど……」

「うぅ……、残念です。私、ちょっとお手洗いに行ってきますね……」

 肩を落としながら、叶耶はゲームコーナーの外に向かっていった。


 俺は叶耶が見えなくなるのを確認すると、

「さて……ちょっと頑張ってみようかな」

 少し袖をまくり、百円玉を投入する。

 クレーンゲームは転校する前も友達と一緒に遊んでいたため、結構得意な方だ。たしかにアームの力は弱かったが、ぬいぐるみの位置や置き方を見る感じちょっとの工夫で取れそうな気がする。

 それにせっかくのデートだったので、叶耶にいいところを見せたかった。

「叶耶が帰ってくるまでに取っておかないと……」

 そうして、俺は目の前のクレーンゲームと格闘することになった。


 格闘開始から十分後、得意気に息巻いた割には九百円も使って、なんとか熊さんを獲得することができた。

 ちょうどそのとき、叶耶がトイレから戻ってくる。

「すみません、女性用のお手洗いが混雑していて遅れてしまいました……って、それ……」

 彼女の視線は俺が手にする熊さんに向けられている。

 俺はこくん、と頷いた。

「叶耶が欲しそうにしていたから頑張ってみた。はい、プレゼント」

 ゆっくりと叶耶に熊さんを差し出す。もちろん、九百円も使ったことは内緒にして。


「あ、ありがとうございます!」


 叶耶は熊さんを受け取ると、ぎゅっと抱きしめて、


「昂輝くんからのプレゼント、ずっと大事にしますね」


 そう幸せそうに笑うのだった。


      ***


 この後、俺たちは残りのお店を見て回り、その日のデートを終えた。


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