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92話

 俺と叶耶は遼たちによってそのまま生徒会室まで連れていかれた。


 生徒会室周辺まで来ると俺たちのことで騒ぐ生徒はいなかった。


「ありがとう、助かった」

 ほっと息をついてから、助け出してくれた遼たちに感謝の言葉を述べる。

「ふー、なんとか逃げ出せたっぽいな」

「ほんと、一時はどうなることかと思った」

 遼たちも難を逃れたことに対して胸をなでおろしている。

「あ、あの……、ど、どうかしたんですか?」

 その一方、この場で叶耶だけは今の状況を理解できていないようだった。

「あ、ごめんっ。叶耶にとっては突然のことで驚いたよね?」

「い、いえ、私は大丈夫ですよっ。たしかに少し驚きましたけど、その、昂輝くんに渡すお弁当は崩れていなさそうですし……って、あっ」

 そこで叶耶はハッとして隣にいた遼たちを見る。

 遼は呆れて笑い、七海は俺らにジト目を向けていた。

「あ、え、えーっと、これは……」

 叶耶は両手をパタパタとさせるが、さっきの教室での出来事に加えて、お弁当のことまで知られてしまえば、もう隠しようがない。

 遼たちにはもっときちんとした形で報告をしたかったのだが、仕方ないだろう。

 俺は慌てふためく叶耶の肩をさっと抱いた。

 叶耶が「えっ」と声を出して驚くのがわかった。


「報告が遅れてごめん、えーっと、叶耶と付き合うことになった」


 気恥ずかしさを覚えながらも、目の前の友人たちをじっと見つめる。

 叶耶は顔を赤らめて縮こまっていた。

 遼たちは顔を見合わせ、ため息をついた後、

「ま、お似合いなんじゃねーの。これで昂輝たちともダブルデートができるな」

「あんなに見せつけられるとね~。二人とも、今度取材させてね」

 それぞれ祝福の言葉をくれる。彼らの目は優しく笑っていた。

「うん、ありがとう……」

「お二人とも、本当にありがとうございます……」

 俺と叶耶は遼たちに頭を下げる。


「そんじゃ、俺たちは退散しますか」

 遼が頭の後ろで両手を組んで言った。

「……そうね。二人で手作り弁当を食べるようだし」

 七海はからかい気味にちらりと叶耶を見る。

 直後、叶耶は「はうっ」と唸りながら再び赤面した。

 その後、遼たちは「後で詳しく聞かせてな」と言いながら踵を返していった。


 遼たちの姿が見えなくなり、俺たちは互いに見つめ合う。

「なんか突然の報告になってしまいましたね」

「うん、そうだね。まあでも、遼たちもああやって祝福してくれたし……。さて、そろそろお昼を食べようか」

 俺は腕時計で時刻を確認しながら、叶耶に促す。

「あ、そうですね。早くしないと昼休みがなくなってしまいます」


 そして、俺たちは生徒会室の扉を開けた。

 生徒会室の中には誰もいない。というか、誰もいないことを事前に知っていたからこそ、今日はここでお昼を食べようと叶耶と昨日のうちに相談していたのだ。

 生徒会室に入ると、俺たちは入って右側にある席に横並びで座る。本当は対面で座りたかったのだが、生徒会室の長机はロの字型で配置されているため、横並びに座らなければ叶耶との距離が遠くなってしまう。


 椅子に腰を掛けると、叶耶は鞄の中から風呂敷に包まれたお弁当を二つ取り出した。その二つのお弁当は大きさが異なっている。

 すると、叶耶は一方のお弁当―――サイズの小さいほう―――を「はい」と言いながら俺の前に置いてくれた。

「……あれ?」

 渡されたお弁当を見て、思わず目を疑った。

「ん、どうかしましたか?」

 叶耶は怪訝そうな表情を浮かべる。

「い、いや、なんでもないよっ。作ってきてくれてありがとう」

 まさか小さいほうのお弁当が渡されるとは思っていなかった。

 しかし、それを口に出すわけにはいかないだろう。叶耶は自分が大食いであることを気にかけているかもしれない。

 先ほど感じた疑問を頭から放り出す。

 そして、俺は風呂敷を広げてから、お弁当の蓋をゆっくりと開けた。


「……すごい」


 自然と感嘆の声が口から漏れていた。

 叶耶のお弁当は和を基調としたものだった。

 山菜の炊き込みご飯、筑前煮、魚の塩焼き、彩野菜の塩ゆでなどなど。

 色合いは見る者を楽しませるよう色とりどりであるのに、色調が統一されているため、ごちゃごちゃした印象は受けない。

 炊き込みご飯からは食欲そそる香りが漂い、鼻孔をくすぐる。

 まだ口にしていないのに、どれも絶対おいしいと確信できた。


「い、いただきます……」


 手を合わせた後、筑前煮に箸を伸ばし、口に運んだ。


「おいしい……」


 叶耶の作ってくれた筑前煮は具材にしっかりと味がしみ込んでいた。

「ふふ、どうやらお口に合ったようでよかったです」

 叶耶は口元を押さえて笑う。

「叶耶のお弁当、すごくおいしい。本当にありがとう」

 もっと詳細に褒めた方がいいと思うが、この料理に見合うだけの語彙は思い浮かばなかった。それでも、わざわざ時間をかけて作ってくれた叶耶に素直な気持ちを伝えておきたかった。


「私も昂輝くんに喜んでもらえて嬉しいです。さて、私もいただきましょうか」


 そうして、叶耶もお弁当の蓋を開けた。

 彼女のお弁当もほとんど俺と同じだったが、一点だけ違う部分があった。

 彼女のお弁当は俺よりも大きい分、一品多く詰められていた。

 それは綺麗に巻かれた卵焼きだった。

「あ、卵焼き……」

 ふと声が漏れた。ちなみに卵焼きは俺の好物だ。

 叶耶の卵焼きが食べられないのかと思うと、少し残念に思ってしまう。


 しかし、叶耶はその卵焼きを一切れ箸で掴み、「はい」と言って、俺の前で停止させた。


「えーっと、これは……」


 言葉に詰まる。

 叶耶の頬は赤く染まっていた。


「えっと、あ、あーんです。その、一度昂輝くんにやってみたくて……。ダメですか?」


「もしかして、それをやるために、大きい方のお弁当を取ったの?」

「は、恥ずかしいので、口には出さないでください……」


 彼女の声が尻すぼんでいく。

 そんないじらしい彼女のお願いを断るなんて到底できなかった。

 顔に熱が帯びていくのを感じながらも、口を開ける。


「じゃ、じゃあ行きますね。はい、あ、あーん」

「あーん」


 そして、彼女の卵焼きが口の中に放り込まれる。

 その卵焼きは出汁で優しく味付けされたものだった。


「おいしい」


 俺の反応を見て、叶耶は嬉々とした表情になる。


「ま、まだまだありますから、たくさん食べてくださいね」


 そうして俺は、叶耶特製の卵焼きを心ゆくまで食べさせてもらったのだった。


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