89話
間章
ピロリン♪
生徒会室にメッセージを受信した音が鳴り響いた。
叶耶は書類に記入する手を止め、スマホに手を伸ばす。
スマホの画面を見ると、メッセージの送り主は、つい昨日できたばかりの恋人だった。
『叶耶は今日、何時に仕事終わりそう?』
お祭りの後から、彼は自分のことを下の名前で呼んでくれるようになった。
些細な変化にも思えるが、自分にとっては彼と付き合い始めたことを改めて実感させてくれるものだ。
『えーっと、今日は日曜日ですし、十二時に終わると思います』
そうスマホに打ち込んで送信すると、すぐに返信がきた。
『わかった。それなら、その時間ぐらいに迎えにいくね』
文面を見て無意識に頬が緩んでしまう。
彼が自分のことを大切にしてくれていることがこのメッセージから伝わってくる。
何度も彼のメッセージを読み返した後、叶耶は「ありがとうございます」とメッセージを送った。
「叶耶ちゃん、何かいいことがあったの?」
スマホを机に置くと、叶耶とは向かいの席で作業していた友愛が問いかけてきた。ちなみに、叶耶と友愛以外の生徒会員は出払っているため、生徒会室にはこの二人しかいない。
「えっ、な、なにもありませんよっ? 突然どうしたんですか?」
自分でも分かるぐらいに言葉がどもってしまった。
目の前の親友はそんな自分を見て苦笑する。
「いや、叶耶ちゃん、さっきすごく嬉しそうだったから。今も表情が緩んでるよ」
指摘されてすぐさま叶耶は自分の顔に手をあてる。
そこまで気持ちが顔に出ていたのだろうか。
「さっきのメッセージ、桂くんから?」
「え、あ、えーっと……」
目線が泳ぐ。完全に図星だった。
「もう、叶耶ちゃんはわかり易すぎ。桂くんからだったんだね?」
「……はい」
顔が熱い。
叶耶は照れた自分を見せないよう、顔の半分を書類の束で覆い隠した。
「そういえば、昨日桂くんとお祭りに行ったんだよね? もしかして進展があったの?」
「――っっ⁈」
今度は目から上も書類の束で隠した。
そんなあからさまな反応に彼女はぷっと噴き出した。
「今の叶耶ちゃん、すごく可愛い」
「うっ……、か、からかわないでください……」
上から目だけ出して、抗議する。
それに対し、彼女は優しく微笑んだ。
「でも、よかったね。桂くんと晴れて付き合えるようになって」
「あ、ありがとうございます……」
そんな彼女の祝福もどこかこそばゆい。
「ずっと好きだったもんね。わたしも二人が付き合いだして嬉しいよ」
「えっ、私、昂輝くんが好きってことを友愛ちゃんに話したことありました?」
自分から話した記憶がなかったため、なぜ彼女が知っているのだろうと小首を傾げる。
すると、彼女は口元を手で押さえる。
「ふふっ、ばれてないと思ったのってツッコむべきか、桂くんのこと名前呼びになっているよってツッコむべきか悩んじゃうね」
そのとき、叶耶は、自分の失言にハッとする。
知らず知らずのうちに彼のことを下の名前で口にしていた。
「あわわっ、こ、これは……」
焦りのあまり、目を白黒にしながら、両手をパタパタと振る。
「そんなに焦らなくても大丈夫だよ。最近は昂輝くんって呼んでるんだね」
「うぅ……」
穴があったら入りたかった。いや、自分で穴を掘ってでも隠れたかった。
「で、前半についてのツッコミなんだけど……」
「ゆ、友愛ちゃんっ⁈ も、もうそれ以上はやめてくださいっ」
これ以上聞くと羞恥心のあまりどうにかなってしまいそうだった。自分はしっかりしていると思っていたが、彼のことになるとどうやらポンコツになってしまうらしい。
「ごめん、ごめん。叶耶ちゃんの反応が可愛くてつい……」
「もう……」
いじわるな彼女にムッと頬を膨らませる。
ただ、彼女が自分たちのことを心から祝福してくれているのは伝わってきた。
「じゃあさ、叶耶ちゃんは桂くんのどこが好きなの?」
「えぇ⁈」
予想外の質問に面食らう。
彼女はにこにこと慌てる自分を眺めていた。
「い、言わないとだめですか……」
どうか見逃してほしいと懇願の意味を込めて上目遣いで彼女を見つめる。
しかし、彼女は「逃がさないよ」と目で答えていた。
こうなったら覚悟を決めるしかない。
「えーっと、いつも私のことを見ていてくれているところです」
「……え?」
意外な答えだったのか、彼女は首をひねった。
「もちろん、皆さん私のことを気にかけてくれます。……でも、私が怖がっているとき、不安がっているときに私を見ていてくれて……、助けてくれたのは昂輝くんだけでした。……私が弱い部分を見せないようにしていたのはありますが、昂輝くんはそんな私の強がりを見抜いて、私の本音をすくい取ってくれたんです。……だから私は昂輝くんに本当の自分を見せることができますし、そんな弱い部分を含めて昂輝くんが私を見ていてくれていると思うと、何事にも頑張れるんです」
彼への想いは自分でも驚くほどペラペラと口から出ていた。
ただ、話し終えてふと前を見ると、彼女は茫然とした表情を浮かべていた。
「……どうかしました?」
何かおかしなことを言ったのだろうか。
その声に不安の色をにじませ問いかける。
すると、友愛はそんな叶耶の気持ちを察したのだろうか、ブンブンと首を振った。
「う、ううん、違うよっ。ただ、叶耶ちゃんがここまで饒舌になるなんて思わなくて……」
「え、あ、えっと……」
つい、彼への気持ちを話しすぎてしまったようだった。
そのことに気づかされ、再び顔に熱がこもるのを感じた。
彼女はこっちをまっすぐ見つめ、そして目を細める。
「桂くんのこと、本当に大好きなんだね」
「っっ⁈」
この言葉で叶耶の思考は限界となり、ただ静かに頷くしかなかった。




