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87話

 あの後、俺たちはいくつもの屋台を立ち寄り、たこ焼きやから揚げを買って食べたり、射的や輪投げで遊んだりした。もちろん、櫻木さんと約束した綿菓子も忘れずに買った。


 そして、屋台が立ち並ぶエリアを抜け、今は本殿にいる。

 本殿周辺は道幅が狭いこともあってか、さっきまでの場所と比べて人でごった返していた。

 本殿へと続く長い行列にしばらく並び、ようやく俺たちの番がくる。


「ふー、長かった……」

「そうですね、ここのお祭りには遠方からも参拝客の方が来られますから。さて、早めに参拝しないと後ろの方にも迷惑をかけてしまいますので、私たちもやりましょうか」

「そうだね」

 財布の中から小銭を一枚取り出す。取り出した小銭はご縁が十分にあるようにと五十円玉だ。

 そして、その五十円玉を優しくお賽銭箱に投げ入れた。

 二回お辞儀をし、二回両手を鳴らす。

 心のなかで氏名と住所、さらには感謝の言葉を言った後で一つ願い事をする。


 ――――櫻木さんがずっと笑っていられますように


 最後に、一礼し、その場を立ち去る。

 神様へのお願いは、自分のためにするものよりも人のためにするものの方が良い。

 母さんから聞いたこの言葉を思い出したとき、櫻木さんのことが思い浮かんだ。

 いつも人のために行動している彼女。そんな心優しい彼女にはいつまでも笑っていてほしいと思った。


「桂くんは何をお願いしました?」

 本殿から離れたところで、櫻木さんが尋ねてくる。

「うーん、それは内緒。ほら、願い事って人に言うと叶わなくなるって言うから」

 その返答に対し、櫻木さんは口を抑えて上品に笑った。

「桂くん、あれって真実ではないらしいですよ。その願い事に対して、励ましてくれる人には言っても言いそうです」

「え、そうなんだ。初めて知った」

「私も初めて知ったときは驚きました」

 櫻木さんはまたクスッと笑う。

 とはいえ、願い事は櫻木さんに関することなので言えるはずがない。

「でも、今回は内緒。櫻木さんが俺のことを励ましてくれないと思ってるわけじゃないけどね」

「少し残念です。でも、人の願い事は無理に聞くものでもないですし、仕方ないですね」

「櫻木さんは何を願ったの?」

「……えっ、私ですか?」

 俺の問いに対し、彼女は驚きの表情を見せる。なんとなく話の流れで聞いてみたのだが、こうやって驚かれるとは思わなかった。

「え、えっと……、私も内緒……です」

 櫻木さんは顔を俯け、時折こちらを見つつ答える。

 その反応がなんともいじらしく感じた。

「え、えっと、内緒なら仕方ないね……」

「は、はい、仕方ないです……」

「……」

「……」

 互いに押し黙ってしまう。

 すると、


 ――――夜空に大輪の花が咲き乱れた。


「そういえば、お祭りのラストには花火が上がるんでしたね」

 俺たちは花火が上がっている方向を見つめる。

 周囲の人々もうち上がる花火に夢中になっていた。

「桂くん、もう少し近くで見ませんか?」

 櫻木さんが俺の袖を引っ張った。

「あっ、うん」

 俺は彼女にされるがまま、境内の端まで連れていかれる。

 そこでは、さっきまでの場所よりも花火をきれいに見ることができた。

 見上げれば、黒のキャンバスに花が次々と描かれるように、多数の花火がうち上がる。

 菊に牡丹に柳。

 様々な種類のそれは見る人を飽きさせず、注目を集め続ける。

 光ったと思えば、次にはけたたましい音が鳴り響き、お祭りの喧騒をかき消していく。


「きれいですね……」

「……うん」


 ふと、隣にいる櫻木さんの横顔が視界に入った。

 花火は夜空だけでなく、この神社一体を照らしている。

 もちろん、彼女も例外ではない。

 花火を眺める彼女は、楽しそうでありながらもどこか儚げで、そして言葉にできないほど綺麗だった。


 思い返せば、彼女の横顔を何度も見ていた。


 転校してきて、学園の案内をされているとき。

 野球部の倉庫に閉じ込められて、手を繋いでいたとき。

 体育祭の二人三脚で走っていたとき。

 生徒会長選挙で彼女の応援をしていたとき。


 知らず知らずのうちに彼女のことを目で追っていた。


 もしかしなくても俺は――――


「…………、櫻木さんのことが好きなんだ」


「……えっ?」


 このとき、まさか気持ちがそのまま言葉に出ているなんて思っていなかった。


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