84話
「お、終わった~」
すっかり足の力が抜け、その場にしゃがみ込んでしまう。
お祭りの開始から一時間半後、用意した材料を使い切り、焼きそばは見事完売した。
「お疲れさまでした、桂くん」
櫻木さんもふうっと息をついていた。
さすがに一時間以上大量の注文をさばいていたため、かなりの重労働となったが、二人とも充実感に満ちていた。
「二人ともお疲れさん、今日は本当に助かったよ」
仁科さんが、俺たちを労ってくれる。
しかし、屋台が終わったとはいえ、まだ作業は残っている。
そう、鉄板などの後片付けだ。
正直に言うと、すでに疲れているため、あまりやりたくないのだが、片付けまでが、先日、櫻木さんに依頼された内容だ。
すると、仁科さんは頭を降る。
「いや、あんたたちにはかなり手伝ってもらったからね。残りは二人で遊んできな」
「えっ、でもまだ片付けをしないと……」
櫻木さんは仁科さんを心配そうに見つめた。
「片付けは明日にでもやるさ。それよりも、お祭りはまだ続いているんだ。せっかくなら、楽しんできな」
俺たちは顔を見合わせる。
「仁科さんもいいって言ってくれているし、どうかな?」
櫻木さんは口元に右手を添え、しばらく考え込むと、やがてふっと息をついた。
「……そうですね。それではお言葉に甘えましょうか」
「ああ、行ってきな」
俺たちは仁科さんに「ありがとうございます」と言って、屋台から飛び出した。
とはいっても、俺も櫻木さんもさきほどまでの手伝いで汗をかいていたため、まずは近くのトイレで着替えをすますことになった。
着替えは男の俺の方が簡単で素早く終わる。
俺は先にトイレから出て、櫻木さんの着替えが終わるのを待っていた。
俺が出て数分後、櫻木さんがトイレから出てきた。
「すみません、おまたせしました」
櫻木さんはぺこりと頭を下げる。
彼女が申し訳なさそうに謝るので、俺は慌てて両手を振った。
「いやいや、そんなに待ってないよ。俺もついさっき着替えが終わったばっかりだし、それに男の方がこういうのは早いから」
「いえ、でも……」
「それよりも、こうしている間に祭りの時間がどんどん少なくなっていくから、早く回ろう」
そう言って、神社の本殿がある方向に目先を向ける。
「あ、そうでしたね。それでは行きましょうか」
「うん」
そうして、俺と櫻木さんは進行方向にそって歩き始める。
お祭りが始まって一時間半も経っているが、神社の本殿に向かうまでの道は依然として人で溢れかえっていた。
その道行く人々は興味のある屋台に足を運び、定番のゲームで遊んだり、食べ物を購入したりしていく。
周囲に気を付けていないと、他の人にぶつかったり、あっという間に櫻木さんとはぐれたりしてしまいそうだ。
俺は特に前方と隣の櫻木さんに意識を集中しながら歩を進めていた。
櫻木さんは道端に並ぶ様々な屋台の数々に「わあ」と無意識に声を上げていた。いつもしっかりしていて落ち着きのある彼女が、こうして子どものように興味を示している様子は新鮮に映る。
「桂くんはどこか寄ってみたいところがありますか?」
普段と違う櫻木さんに目を奪われていると、彼女が視線を上げて尋ねてきた。
とっさの質問だったので、言葉に詰まる。
「えーっと、どこがいいだろ……。櫻木さんは行きたいところとかあるの?」
「そうですね……。あっ、私、あのふわふわした雲みたいな食べ物を食べてみたいです」
ふわふわした雲……?
櫻木さんの指している食べ物が思いつかず、少し考え込んでしまう。
「……あっ、もしかして綿菓子のこと?」
「おそらくそれだと思います。あの食べ物、綿菓子って呼ぶんですね」
「櫻木さんは綿菓子を食べたことがないの?」
俺の問いかけに対して、櫻木さんは顔を下に向け、恥じらう様子を見せる。
「はい、実はそもそも、こういったお祭りにくるのも今日で二回目なんです。でも、前回である去年はずっと仁科さんの屋台で売り子をしていて……」
お祭り自体あまり来たことないという発言に少しばかり驚いた。もしかして、櫻木さんの実家の辺りでは、こうしたお祭りが行われていないのだろうか。
ただ、お祭りに縁がなかったからこそ、あそこまで道沿いの屋台に興味を示しているのだろう。
だとしたら今日は、彼女にとって思い出深い一日にしてあげたい。
彼女を見ながら、そんな風に思った。




