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83話

「店員さーん、焼きそば二つー」

「はい、焼きそば二つですね」

「あ、俺は焼きそば一つー」

「はい、すぐに準備します。桂くん、焼きそば一つお願いします」

「あ、うん、今詰めてる」

 出来上がった焼きそばを箸で掴み、プラスチックのパックにいっぱいになるように入れる。そして、パックの蓋を閉めて、最後に輪ゴムで止めれば、完成だ。


「はい、お待たせ」

「ありがとうございます。次、三つ注文が入りました」

「りょ、了解」

 開始のアナウンスから十分後、ここの屋台には、怒涛の勢いで人が訪れた。

 屋台からできる行列は、隣の屋台を通り越し、そのまた隣の屋台にまで続いている。

 注文の声は鳴りやまず、さっきから息つく暇もないほど、焼きそばを詰める作業に追われている。本当は仁科さんの手伝いも任されているはずなのだが、この作業だけでも手一杯だった。

 しかも、俺がいる立ち位置は鉄板に近く、もう冬が近づいているというのに、額からは大粒の汗が滴る。

「仁科さんの屋台って、すごく人気なんですね」

 焼きそばを詰めながら、俺は隣で焼きそばを作る仁科さんに問いかけた。

 ひっきりなしに注文が飛んでくるため、仁科さんもさっきから手を休めることなく焼きそばを作り続けているが、その表情に疲労の色は見えない。

「まあ、そうだねえ。うちの屋台、毎年出してるし、リピーターが多いもんねぇ」

「ま、毎年ですか……」

「ええ。うちの主人、自分の作った料理を人に食べてもらうのが好きでねえ。わたしもそんな主人によく付き合っていたの。そしたら、いつの間にか、わたしも人に自分の料理を振舞うのが好きになっちゃって。ほら、見てみ、あそこの家族」

 仁科さんの視線の先には、父親から焼きそばを食べさせてもらう女の子の姿があった。

 その女の子は、父親からもらった焼きそばを口いっぱいに頬張ると、表情全体をとろけさせる。そんな幸せそうな我が子を見て、父親と母親が見つめ合い微笑む。


「なんかいいですね」

 ふっと口元が緩む。

「だろ? ああやって、わたしたちの作る料理を食べて喜ぶ人たちを見るのが、わたしは好きなの。だから、いくら忙しくても、こうして楽しくお店を出すことができる」

 そう言って、仁科さんはにかっと眩しく笑みをたたえる。

 仁科さんの言う通りだと思った。

 さっきまでは矢継ぎ早になされる注文に忙殺されて気が付かなかったが、屋台の外では、何人もの人が仁科さんの作った焼きそばを食べて、「おいしい、おいしい」と口にしているのがわかる。そして、誰しもがその顔には笑みを浮かべていた。

 作った焼きそばの分だけ、幸せになる人たちがいる。

 そんな光景を見ると、俺もさっきまでの疲労がまるで嘘のように吹き飛んだ。


「桂くんっ、焼きそばを追加で二つお願いしますっ」

「うん、わかった!」

 櫻木さんは俺の声の調子が今までと変わったことに驚いた表情を見せた。しかし、すぐさま、納得したようにその目を細める。

「桂くん、楽しそうですね。表情が活き活きとしています」

「うん、お客さんが喜んでいることに気が付いたからかも」

「そうですね。私も皆さんの喜ぶ姿を見ることができて嬉しいです」

「おいおい、あんたたち、いちゃついてないで仕事をしておくれ」

 そのとき、仁科さんの呆れ声が飛んできた。

「怒られちゃいましたね。それでは、もうひと踏ん張りしましょう」

「そうだね、頑張ろう」

 この後、今までに増してやる気が出たことによるのか、俺は焼きそばのパック詰めだけでなく、仁科さんの補佐にも手を回せるようになったのだった。


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