80話
やはり、ここのアイスは人気なのか、屋台には行列ができていた。
並んでいる人は、学生や主婦の人が多い。男女比でいえば、女性の方が多いように思えた。
駐輪場に自転車を止め後、俺たちも屋台の列に並ぶ。
「桂くんはここに来たことがあったんですね」
「うん。この前、妹と一緒に来たんだ」
「いいですね。私も気にはなっていたんですが、なかなか来ることはできなかったんですよ。今日、ここに来られて良かったです」
「それは良かった。櫻木さんも甘いものが好きなんだね」
「はい、大好きです。女の子はみんな、甘いものが好きだと思いますよ」
櫻木さんが嬉しそうに笑う。
そんな彼女の笑顔に思わず見惚れてしまう。
「そういえば、桂くんは前回、ここで何を食べました?」
「ん、えーっと、たしかストロベリーだったかな」
その理由は、ゆめがイチゴ好きだったからだ。
「ストロベリーですか。それでしたら今日はバニラを頼んでみてください。ここで一番人気なんですよ?」
「えっ、そうなの?」
ゆめがメニューを見る前からストロベリーと言っていたので、何が人気なのかなんて知らなかった。
「はい、ここのバニラは濃厚で、他のお店とは一味違うらしいです。ほら、あそこにもおすすめって書いてあるのぼりがありますよ」
櫻木さんが屋台の隣に立っていたのぼりを指さす。
のぼりにはバニラアイスの写真とおすすめの文字が大きくプリントされていた。
「それなら、今日はバニラにしようかな」
「はい、ぜひそうしてください。私もバニラにしようと思います」
そうこう談笑していると、俺たちの番が回ってきた。
店員さんが「どれになさいますか?」と尋ねてくる。
「えーっと、このバニラアイスを二つお願いします」
俺は、メニューの左上にあったバニラアイスを指さした。
「承知いたしました。あ、ところでお二人はお付き合いされていますか?」
「「え?」」
突然の問いに対して、俺たちは戸惑いの声を上げる。
すると、店員さんは一枚のチラシを提示してきた。
「本日、カップルデーなんですよ。カップルの方には、もれなく、バニラアイスに蜂蜜をトッピングさせていただいております!」
「蜂蜜っ⁈」
途端に、櫻木さんの瞳が輝きだした。
「はい、カップルだという証拠を見せていただくだけで結構です」
「カップルの証拠……」
櫻木さんは口元に人差し指を添え、なにやら考え込んでいる。
そして、
「これでどうですかっ?」
ひしっと俺の腕に抱きついてきた。
「えっ⁈」
柔らかい感触が右腕から伝わってくる。
店員さんは、じっと俺たちのことを見つめた後、
「はい、ごちそうさまです。それでは、蜂蜜をトッピングさせていただきますね」
そう言って、にっこりと笑った。
その直後、店員さんは「バニラ、トッピングあり~」と奥に声をかける。
少しして、蜂蜜がかかったバニラアイスを手渡された。
「お待たせいたしました。バニラの蜂蜜がけです」
「ありがとうございます」
お礼を言って、屋台を後にする。背後からは店員さんの「ありがとうございました~」という声が聞こえてきた。
アイスを食べるため、近くにあったベンチに並んで腰を下ろす。
「櫻木さん、あんなことをしてよかったの?」
「うーん、やっぱりよくなかったですかね? でも、どうしてもこっちが食べたかったので……」
てへへ、と悪戯がバレた子どものように笑う櫻木さん。
その初めて見る表情に、胸が高鳴った。
「い、いや、ダメとかじゃないと思うけど……。ただ、ちょっぴり意外だったなって……」
「もう、いくら私が生徒会長をやっているからといって、聖人君子なわけではないですよ。欲しいものがあったら、ちょっとくらい欲を出してしまいます」
ムッと小さく頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん、あ、せっかくだし、アイスを食べようよ」
「そうですね。早く食べないと溶けてしまいそうですし」
そうして、俺は、蜂蜜がかかったアイスを口に運ぶ。
櫻木さんの言っていた通り、使われているクリームは濃厚で、舌触りがいい。それに、かかっている蜂蜜もとろけるように甘かった。
何も考えずとも「おいしい」の言葉が口からこぼれる。
「これならいくらでも食べられそうですね」
「バニラの人気が出る理由が分かった気がするよ」
すると、櫻木さんが口元を押さえて笑い出した。
「ん、どうかしたの?」
突然笑い出した理由が分からない。
「いえ、桂くん、ほっぺたにクリームが付いていますよ」
「えっ、どっち⁈」
まさか、櫻木さんにそんな間抜けな様子を見られるとは思っていなかった。恥ずかしくて、さっさとぬぐい取ろうとする。
「こっちです」
しかし、彼女の手が左頬に触れた。
そして、そのまま彼女はぬぐい取ったクリームを口元に運ぶ。指をぺろっと舐める仕草に目が釘付けになった。
「えっ、ちょっ、櫻木さんっ⁈」
彼女の予想外の行動に、思考が追いつかなくなる。
俺の慌てる様子を見て、櫻木さんははにかんだ表情を浮かべた。
「ちょっとした思い付きでやってみたんですが、こ、これって、結構恥ずかしいんですね……」
大胆なことをしておいて、目の前で照れるのは止めて欲しい……
心臓がはち切れんばかりに大きく脈打つ。
「うっ……」
声にならないうめき声を出すだけで、俺は櫻木さんの方を見ることができなかった。
この後、俺たちはお互い顔を赤くしながら、無言でアイスを食べた。
そして、公園からの下校途中も、お互いに言葉を発することはできなかったのだった。




