79話
「すみません、待たせちゃいました?」
学園中央棟の玄関口に佇んでいると、荷物を持った櫻木さんがやってきた。
「いや、全然待ってないよ。俺も今来たばかり」
「そうですか。お待たせしていないようでなによりです。それでは、帰りましょうか」
「うん、そうだね」
そうして、俺たちは玄関から出る。
冬が近づいているため、下校時刻の頃には、日がだいぶ落ちている。
「今日はどうもありがとうございました。桂くんが手伝ってくれたおかげで、何とか下校時刻までにお仕事を終えることができました」
今日は櫻木さんの頼みで生徒会の仕事を手伝っていた。
内容は、主に先日の文化祭の報告書作りだ。なんでも、来年以降の資料になるため、記憶が新しいうちに作っておきたいとのことだった。
そして、生徒会の仕事でちょうど下校のタイミングが重なったので、こうして櫻木さんと一緒に帰ることになった。
「生徒会長選挙のとき、何かあったら手伝うって言ったしね。櫻木さんの役に立てたようで嬉しいよ」
「ふふ、さっそく手伝ってもらえるとは思いませんでした」
「また、なにかあったら気兼ねなく言ってね」
「はい、頼りにしていますね」
自転車を押しながら、櫻木さんの隣を歩く。
男女が一緒に下校する。はたから見れば、俺たちは恋人同士にでも見えるだろうか。
櫻木さんにとって、それは迷惑なことかもしれないが、俺にとってはそうでもない。むしろ嬉しい。
最近、彼女に惹かれている自分がいる。
野球部の倉庫に閉じ込められて。
体育祭で一緒に二人三脚に出場して。
生徒会長選挙で彼女の補佐を務めて。
思えば、この学園に来てから、彼女とたくさんの時間を共有している。
その度に俺は、彼女の新たな一面を知ることができた。
誰に対しても親切で、暗くて狭い場所が苦手で。
この学園のことが大好きで、責任感が人一倍強くて。
もっと長く彼女と一緒にいたいと思ってしまう。
「……くん、……くん、桂くんっ」
「……ん?」
隣から名前を呼ぶ声がしたことにより我に返る。
声のした方に振り向くと、櫻木さんが心配そうに俺の顔を見上げていた。
「桂くん、大丈夫ですか? なんだか、さっきから上の空なように感じるのですが。もしかして、体調がすぐれないんですか?」
「あ、いや、そんなことはないよ。ちょっと考え事していただけでっ」
「そうですか? もしかして、悩み事とか?」
悩み事といえばこれも悩み事に入ると思う。しかし、その内容は櫻木さんに関することなので、本人に対して打ち明けることはできない。
「ううん、悩み事なんかじゃないよ。今日の夕飯は何かなって考えていただけ」
櫻木さんの問いに対して、首を横に振る。
彼女はまだ納得していないようだったが、これ以上追及してこようとはしない。
「あ、そうだ、向こうにアイスの屋台が来てるから、食べに行かない?」
俺は話題を変えたくて、公園の方を指さした。
「えっ、今からですか?」
「うん、あそこのアイス、結構おいしいんだ」
「へーって、あそこのアイス、この前に友愛ちゃんと話していて行ってみたいと思ったところです。女の子の間で話題になっているんですよ」
櫻木さんの声が弾んでいる。
なるほど、ここのアイスって、意外と有名だったのか。
「はやく行きましょう。私楽しみです」
櫻木さんが公園の方に駆けていく。
「あ、うん」
俺も自転車を押して、彼女の後を追った。




