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73話

 そして、ドアは完全に閉められる。


「……」

「……」


 二人の間に沈黙が流れた。

 もちろん、櫻木さんと付き合っているわけでないし、さっきのは完全に誤解によるものだ。

 しかし、カップルという響きが、俺の思考をかき乱していた。


「……とりあえず、先を急ぎましょうか」

「……うん、そうだね」

 このまま立ち止まっているわけにもいかない。

 櫻木さんだって今は生徒会の仕事の途中だ。早くここの見回りを終わらせて、次に行かないといけないはずだ。

 静かに歩き出す。


 このクラスのお化け屋敷は、学園の生徒がやるものにしては本格的だった。

 窓ガラスには段ボールを貼り付け、さらに黒色のカーテンをすることで外の光を完全に遮っている。それに、中では常に気味の悪いBGMが鳴り続けることで、教室の外で聞こえるはずの文化祭の喧騒もほとんど耳に入ってこない。

 もちろん、周囲にある大道具や小道具の作りも手が込んでいる。

 お化け屋敷の雰囲気づくりは完璧だった。

「そういえば、櫻木さんはお化けとか平気なの?」

 お化け屋敷の出来栄えに感心していると、先ほどの緊張も十分和らいできた。

「……えっ、あ、そうですね。ホラー映画は苦手じゃないですし、お化けも大丈夫ですよ」

「なら、お化け屋敷は暗いのと狭いのだけが苦手なんだね」

「はい、お恥ずかしながら……。桂くんは、お化けとか平気ですか?」

「うーん、たぶん大丈夫だと思う。妹がこういうの苦手だから入る機会は全くないけどね」

「桂くん、妹さんがいるんですね。たしかに、桂くんはお兄ちゃんっぽいです」

「あはは、それ、友達にも言われたよ」

 談笑しながら通路を歩いていく。

 少しして、目の前に土管のようなものが見えた。

 なるほど、あそこから何か飛び出してくるわけか。

「なんか、こういうのって予想できても、緊張してしまいますね」

「うん、たしかに。心の準備を―――」


「うぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」


 俺が言葉を続けようとしたその時、後ろからおぞましい声が聞こえた。


「「っっ⁈」」


 二人同時に後ろを振り返る。

 すると、背後から仮面をかぶったお化けが俺たちに向かってきていた。


「きゃあっ」


 直後、櫻木さんが俺の腕にしがみつく。

 彼女の柔らかい感触と温もりが腕から伝わってくる。

 突然現れたお化けにも驚いたが、彼女への動揺がそれを通り越した。


「さ、櫻木さんっ⁈」


 櫻木さんはブルブルと震えている。

 やがて、お化け役の生徒は脅かし終えたのに満足して、もとの場所へと帰っていった。

 俺は、優しく櫻木さんの肩に手をかける。

「えーっと、お化けはもう行ったよ」

「えっ、あ、本当ですね……」

「櫻木さん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。って、あっ」

 そのとき、櫻木さんは自分が俺の腕にしがみついていることに気が付いたようだ。

 さっと、自身の腕を離し、俺から離れる。

「す、すみません。つい……」

「う、うん、大丈夫。それにしても驚いたね」

「はい、まさか後ろから来るなんて思いもよりませんでした」

 土管から何か来ると思わせて、本命は背後から。油断した隙をつくなんて、よくできた仕掛けだ。

「それじゃあ、先に進もうか」

「あ、あの……」

 再び歩き出そうとした瞬間、彼女に呼び止められる。

 振り返ると、櫻木さんはその場から動こうとしていなかった。もじもじとしながら顔を俯けている。心なしか、俺の手を見ているようにも見えた。

 あ、もしかして……


「櫻木さん、手を貸そうか?」

 そう言って、彼女に右手を差し出す。

 すると、彼女ははにかみながら、

「……ありがとうございます」

 そう言って、俺の手を握った。

 櫻木さんと手を握ったのは、野球部の倉庫に閉じ込められて以来だ。

 相変わらず、その手は小さくて、ふにふにと柔らかい。

「で、では、行きましょうか」

「そ、そうだね」

 手をつなぐのはこれで二回目のはずなのに、どこかぎこちない。

 顔も熱くなっているのがわかる。ここが暗い場所でよかった。

 これ以降、俺と櫻木さんは手を握り合って、ゴールを目指した。

 途中にある仕掛けもさきほどの仕掛けと同じように、よく考えられたものばかりだった。

 その度に、櫻木さんは可愛らしい悲鳴を上げたり、体を寄せたりしてきた。おかげさまで、俺はお化けとは別の理由で、ドキドキさせられるはめになった。


 やがて、俺たちは出口を見つけ、無事にゴールした。

「お二人ともお疲れ様でした~」

 お化け屋敷を出ると、さっき受付をしていた女子生徒が待っていた。

「お忙しい中、中を見せていただいてありがとうございます。特に問題もありませんでしたし、この後も安全面には気を付けて、運営してくださいね」

 櫻木さんは、彼女に対してにっこりとほほ笑む。

「はい、もちろんです。あ、ところでさっきから気になっていたんですけど、お二人はいつから付き合っていたんですか?」

 ふいに尋ねられる質問。そして、彼女の目は好奇心に満ちていた。


「「へ?」」


 二人して素っ頓狂な声を上げる。

「だってだって、櫻木生徒会長、彼と一緒に入ったじゃないですか? それに、今も仲良く手をつないでいますし……。びっくりしましたよ。まさかお付き合いしている人がいるなんて」


「「……あ」」


 そういえば、櫻木さんとは手をつないだままだった。二人とも、事前に手を離すのを失念していた。

 お化け屋敷に男女で入り、あまつさえ手をつないで出てきたら、彼女のように勘違いもするだろう。


 この後、俺たちは彼女の誤解を解くのにしばらく時間を要することになったのだった。

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