72話
コスプレ喫茶は開店直後から長蛇の列ができた。事前に七海がうちのクラスには超かわいい女学生とイケメン書生がいます、とSNSで告知していたことが効を奏したようだ。
おかげ様で、俺は午前中、大量のフルーツポンチを作るはめになっていた。
「桂君、そろそろ交代の時間よ~」
調理用スペースに七海がやってくる。
わかった、と返事をすると、俺は交代でやってきた男子生徒に引継ぎをした。
引継ぎを終えると、エプロンを脱ぎ、教室の外に出ようとする。
すると七海から、「待って」と声をかけられた。
「ん、どうかしたの?」
「今から綾女も交代なのよね。どうせなら、ライブまで彼女と学園を回ってきてくれない?」
「えっ、なんで……」
「ほら、桂君と綾女って仲がいいし、綾女、一人だと寂しいだろうから」
さて、どうしようか……
「いや、志藤さんもなんか他のクラスメートと回りそうだから、俺は止めておくよ」
志藤さんは最近、七海たちだけでなく他のクラスメートとも話すことが多くなってきた。
この午前中にも、少し時間があるときはクラスの女子と立ち話なんかしていた。この文化祭を通じて、彼女の交友関係はさらに広がるかもしれない。だとすれば、俺は志藤さんと文化祭を回るのを避けた方がいいだろう。
「あら、そう? ま、それなら仕方ないわね。そんじゃ、時間までに体育館に来ること」
「うん、わかった」
そうして、七海と別れ、教室を後にする。
「さて、これからどうしようかな……」
廊下を歩きながら、独り言ちる。
特に誰かと回るとかの約束をしているわけではない。
七海は、俺と休憩時間が異なっているし、遼は牧原さんと一緒に回るだろう。志藤さんは、さっき七海の誘いを断ったばかりだ。
ふと、隣の教室を見てみれば、教室のドアからうちのクラスに負けないぐらいの長蛇の列ができていた。
看板を見てみると、どうやらこのクラスは劇を開催するらしい。そういえば、文化祭が始まる前から、どこかのクラスが本格的な劇をやると噂になっていた気がする。なんでも、監督を務める生徒がシナリオを一から作ったのだとかなんとか。
また、窓の外からは、中庭にブルーシートを敷き、そこで音楽に合わせてパフォーマンスをする書道部の姿が見えた。黒い墨だけでなく、赤や青、緑といった様々な色を使い、真っ白で巨大な紙に、文字を描いていく。
今は正午過ぎ。クラスの喫茶店を開店する前から文化祭の雰囲気は存分に出ていたが、いざ文化祭が始まり、学園に多数の人が出入りするようになると、その熱気はさらに高まっていた。
こういう文化祭では絶対誰かと一緒に回る方が楽しいのだろうけれど、まあ今回は仕方ない。
そう思いながら歩いていくと、櫻木さんの姿が目に入った。
「あれ、櫻木さん?」
ドアの前でうろうろしていた櫻木さんに声をかける。
「あ、桂くん」
声をかけられて向こうも気づいてくれたようだ。
「こんなところで、なにしてるの?」
「えっと、私は生徒会のお仕事で、各教室の出し物の見回りです。基本的には出し物の申請をしてもらった時点で、安全面や衛生面などのチェックは行っているのですが、本番当日にも念のため、こうして見回りをしないといけなくて」
そう言うと、櫻木さんは腕につけていた腕章を引っ張ってみせた。そこには、文化祭実行委員会とネーム書きされている。どうやら生徒会の人たちは全員、文化祭実行員に組み込まれているようだ。
「当日にまで仕事があるなんて、生徒会はやっぱり大変なんだね」
「そうでもないですよ。一応、休み時間はありますから。ほら、友愛ちゃんも桂くんと一緒にライブに出ますし」
「あー、たしかにそうだね。でも、櫻木さんにもその休み時間はあるの?」
「もちろんです。私も友愛ちゃんと同じ時間帯にお休みをもらいました。なので、桂くんたちのライブ、見に行かせてもらいますね」
「あはは、櫻木さんが来るとなると緊張するね。無様な姿を見せないように頑張るよ」
「桂くんなら大丈夫ですよ。私、桂くんの雄姿を楽しみにしています」
櫻木さんはにっこりと笑みを浮かべる。
うっ、これはいよいよ失敗することなんてできないな……
「あの~、すみません……」
そのとき、一人の女子生徒が声をかけてきた。
「櫻木生徒会長、そろそろ、うちのクラスの見回り時間になるんですけど……」
女子生徒の言葉に、櫻木さんがハッとする。
「あっ、すみません。すぐに中を見させていただきますね」
「ありがとうございます。それじゃ、私は受付の方にいますね」
そうして、さっきの女子生徒は数メートル先の受付へと戻っていく。
俺も櫻木さんの邪魔にならないように、そろそろ別れようとした。
しかしその時、櫻木さんの手が若干震えていることに気づく。
たしか、最初に櫻木さんを見かけたとき、彼女はこの教室の周りをうろうろしていた。そして、その教室は出し物として、お化け屋敷をやることになっていた。
……なるほど。
「櫻木さん、もしよかったら一緒に入らない?」
「えっ?」
俺の提案に櫻木さんはキョトンとする。
「櫻木さん、暗いところが苦手だったでしょ? だからお化け屋敷も苦手なのかなって」
そう、あれは櫻木さんと一緒に野球部の倉庫で閉じ込まれた時のことだ。そのとき櫻木さんは、自分が暗くて狭い場所が苦手だと言っていた。
「覚えていてくれたんですね。えーっと、それではお願いしてもいいですか?」
「うん、もちろん」
そうして、俺と櫻木さんは受付の方に行く。
「お待たせしました。それでは今から中に入らせてもらいますね」
俺たちの姿を認めて、先ほどの女子生徒は呆気に取られていた。
「あれ、もしかして、一緒に入るんですか?」
「はい、そのつもりです。……もしかして、ここのお化け屋敷って一人ずつしか入れないのでしょうか?」
櫻木さんの表情が不安そうになる。
すると、彼女はブンブンと首を振った。
「いえいえ、そんなことはないですよっ。ちゃんと、お二人で入れます! ただ、ちょっとびっくりしただけで……」
「「びっくり?」」
二人の声がハモる。彼女が言っている意味がよくわからなかった。
「あ、いえ、こっちの話です。それでは、中へお入りください……」
「あ、うん……」
女子生徒に促され、俺たちは教室のドアをくぐる。
すると、
「カップル一組入りまーす」
さっきの子の楽しそうな声が後ろから響いた。
「「っっ⁈」」
とっさに二人して後ろに振り返る。
振り返ると、その生徒がニヨニヨとしながらドアを閉めていくところだった。




