65話★
六章
「――《約束を違えて扉をあける》」
その文句とともに、一匹の猫は志藤綾女へと姿を変えた。
「ふぅ」
無事魔導が成功し、綾女は一息つく。
いまのは自分でもよくできていたと思う。この前、生徒会長選挙のときに使った変化は人から人へのものだったが、今回は人以外の動物にも変化することができた。
それに、ここ最近は魔導を暴走させることが、ほとんどなくなってきている。
目の前では、咲希さんがパチパチと両手を鳴らしていた。
「うんうん、かなり魔導の腕が上がったみたいね。人から動物への変化も上手にできていたわよ」
「はい、ありがとうございます。これも咲希さんのおかけです」
「まあ、本当に綾女ちゃんは謙虚ねぇ。でもこれは、綾女ちゃんが頑張った成果よ。もっと、自分を褒めてあげて」
「は、はい……」
今まであまり褒められることがなかった人生だったためか、こうやって褒められることになれていない。ただ、咲希さんに褒めてもらうと、いつも嬉しくなってしまう自分がいる。
「それじゃあ、少し休憩をいれましょうか。はい、これタオル。綾女ちゃん、少し汗かいてるから、拭き取っておきなさい」
「はい、ありがとうございます」
お礼を言って、咲希さんからタオルを受け取る。
もう十一月に入るというのに、魔導の練習をしていると、どうしても汗ばんでしまっていた。
「ねえ、綾女ちゃん……」
タオルで汗を拭い、水分補給をしていると、不意に咲希さんが声を掛けてきた。
「はい、なんですか?」
咲希さんの方へ振り返る。
しかし、咲希さんは何か言おうとしたが、急に口を噤んで、
「ううん、やっぱりなんでもないわ」
それだけ言って、ゆっくりと首を振った。
「?」
綾女は咲希さんが何を言おうとしていたのかが気になったものの、特に問いただすことなく、練習を再開したのだった。




