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50話

 中高一貫校の図書室だけあって、本棚には多くの参考書、問題集が並んでいる。俺たちが探していた物理に関する本も、二つ分の棚を使って収められていた。

「えーっと、櫻木さん的にはなにかおすすめの問題集とかある?」

 これだけたくさんあると、どの本がいいのかが分からない。櫻木さんなら以前からここの図書室を利用していたであろうし、おすすめの本とかあるかもしれない。

 櫻木さんは顎に手をおきながら考える。


「そうですね……」

 下の列から順に並べられた本を見ていく。

 そして、目線が最上段まで到達したとき、

「あっ、あの本とかはいかがですか?」

 目線の先を指さす。

 しかし、櫻木さんが指さした先には複数の問題集が並んでおり、どの本を指示しているのかは分からなかった。

「ごめん、どの本?」

「でしたら、私がとってきますね」

 そう言って、櫻木さんは本棚に手を伸ばした。

 しかし、この学園の図書室は中学生も利用するはずなのに、どうしてか本棚が高い。そのため、櫻木さんは最上段の本を取るために背伸びをしなければならなかった。

 いや、背伸びをしても本の端に手を触れる程度で、その本を取り出すことができないようだった。

「えーっと、代わりに取ろうか? あの『高校物理演習』ってタイトルの赤い本だよね?」

「い、いえ、大丈夫です……。たぶん、あとちょっとなので……、ど、どうにか取ってみます」

 ん~、と声を出しながらどうにかして本を取ろうとする櫻木さん。その足は背伸びをしているせいかプルプルと震えていた。

 心の中で頑張れと応援してしまう。

 するとその応援が通じたのか、櫻木さんの手が目的の本を掴むことに成功した。

「あっ、取れましたっ」

 そのまま本の端を引っ張る。


「っっ⁈」


 しかし、彼女は思わず、体のバランスを崩してしまった。

「危ないっ⁈」

 すかさず櫻木さんのもとに駆け寄り、彼女の右手ごと本を掴む。

 直後、俺の胸に櫻木さんの体重が加わった。


「セ、セーフ……。櫻木さん、怪我はない?」

 胸にもたれかかる彼女に視線を下ろす。

 そう問いかけられた彼女は現状をよくわかっていないようだった。ゆっくりと首を捻りながら、視線を上げる。

 そして、目が合ったとき、ハッとしたように俺の手を振りほどいて、本を両手で胸に抱えた。同時に視線もそらし、顔を俯ける。


「す、すみませんっ。あと……、助けてくれて、あ、ありがとうございます……」

 その声は語尾になるにつれ小さくなる。また、俯いて彼女の表情を見ることはできないものの、その形のよい耳は、今彼女が持っている本のように真っ赤に染まっていた。


 ……櫻木さん、その反応は反則すぎ


 彼女の可愛らしい反応に、俺も自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

 この後、俺と櫻木さんはほとんど話すことなく、自分の勉強を進めていった。

 俺は、さきほどのハプニングで櫻木さんのことを意識しっぱなしで、話しかけることなどできなかったし、櫻木さんもどうやらさっきのことを意識していたようだった。

 そんな状況が一時間半ほど続いた後、下校のチャイムが鳴り、今日の勉強会はお開きとなったのだった。

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