42話★
俺は、なんとか野球部グラウンドの倉庫までたどり着いた。
白く分厚い扉がしっかりと閉まっている。
「はぁ……、はぁ……、志藤さん……」
彼女はここにいるはずだ。
俺は事前に借りてきた鍵を鍵穴に突っ込む。
すると、鍵はガチャンッという音を立てて開いた。
ギギー
「志藤さんっ」
「か、桂くん……?」
志藤さんは奥に置いてあったマットの上で体育座りをしていた。
その姿はとても小さく見えた。
俺の声が聞こえると、彼女は顔を上げた。
すぐさま彼女に駆け寄る。
「良かった。やっぱり、ここにいた」
「ど、どうして……?」
突然、俺がここにやってきたことに戸惑いを覚えているようだった。
「え、えーっと、たまたま?」
「もう、なにそれ……」
要領を得ない答えだったにもかかわらず、志藤さんがくすっと笑みを浮かべた。
いつも冷たい表情しか浮かべていない彼女が初めて笑った。
その笑顔は大人びたものとは打って変わって、年相応の少女のものだ。
「っっ⁈」
彼女の笑みに心臓が大きく高鳴ったのがわかった。
彼女は静かに涙をぬぐう。
「……でも、見つけてくれてありがとう」
彼女につられて、俺も自然とほほが緩んだ。
ただ、今はもう時間がない。
俺は、ゆっくりと彼女に向けて手を差し出した。
「さあ、行こう? みんな待ってる」
いつもの彼女ならこの手を払いのけそうだが、このときは違った。
彼女は差し出された手を握り、立ち上がる。
そして、
「——————ええ、行きましょう」
***
この後、志藤さんはなんとかリレーの開始に間に合った。そして驚くことに白グループはリレーで優勝した。
勝利の立役者はなんと志藤さんだった。志藤さんが三着で受け取ったバトンを二人抜き、一着で次の走者につないだのだ。
今、そんな勝利の立役者たる志藤さんはリレーメンバーに取り囲まれている。招集に遅れたことを咎めようとする人は誰もいない。みんな、笑って先ほどの勝利を祝福しているようだった。
志藤さんもまた、その輪の中心で笑っていた。まだ、ちょっとぎこちない笑いだったけど、それでも、嬉しいと感じているのは明らかだった。
「志藤さん、良かったな」
俺の隣に遼が並ぶ。
「うん、本当に良かった」
俺は志藤さんを眺めながら呟いた。
まだまだ、乗り越えなければならない壁もあるだろう。でも、たった今、彼女はそんな高い壁の一つを乗り越えたように思える。
これから、彼女はさらにいい方向に進む、そんな風に感じられた。




