108話
終章
「牧原さん、卒業式のスケジュールをまとめた書類をこっちのデスクに置いておくね」
「あ、桂くん、ありがとう。それで、今度は来賓者に送る招待状のことなんだけど……」
「それなら、いくつかデザイン案を作ってあるよ。時間あるときにチェックしてもらえると助かるな」
「え、もう? さすが桂くんだね」
「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」
季節は流れて、二月に入った。
叶耶は両親の都合による急な転校ということで学園を去ったことになっていた。
先生たちは優秀な生徒がいなくなったことを嘆いていたが、それ以上に落ち込んだのは学園の男子たちだった。叶耶がいなくなった初日はあちこちから阿鼻叫喚が聞こえてきたほどだ。
そして、叶耶がいなくなったことで空席となった生徒会長の座に牧原さんが就くことになった。もともと牧原さんは生徒会副会長で叶耶と一緒に仕事をしていたこともあり、自然な流れだった。
それでは、牧原さんが以前務めていた生徒会副会長は現在、誰がやっているのか?
それに関しては、牧原さんの指名により、俺がやることになった。
ただ、先ほど牧原さんの指名と言ったが、実際は、俺が牧原さんに自分を指名するよう頼みこんでいたりする。
最初、牧原さんに頼みに行った時はとても驚かれた。
でも俺は、叶耶が生徒会長になってやろうとしていたよりよい学園づくりを、彼女の意思を引き継いでやっていきたかった。
そのことを牧原さんに説明したら、彼女は二つ返事で了承してくれた。
そうして、俺は今、生徒会副会長として生徒会業務に勤しんでいる。
まだ、学園に来て半年も経っていないため、まだまだ分からないことは多い。
しかし、その度に牧原さんをはじめ他の生徒会メンバーに助けてもらいながら、なんとか大きな問題を起こさず行えている。ときには、三年の元生徒会長である鈴本先輩、同じく元生徒会会計の細谷先輩にも助言をもらったりした。
「……桂くん、私はそろそろ帰ろうと思うんだけど、桂くんはまだ残る?」
牧原さんが鞄を片手に尋ねてきた。
生徒会室の時計を見ると、あと三十分で下校時間になるところだった。
「うん、この書類のチェックを今日中にしておきたいから、これだけ済ませて帰るよ」
「そう? なら、桂くんが最後になるから、教室の鍵をお願いしてもいいかな?」
「任せて」
「ありがとう。それじゃあ、お先にね」
「うん、お疲れ様」
牧原さんは手を振って生徒会室を後にする。
彼女が帰ったことで、この教室には俺一人だけとなった。
いつかのときと同じように、傾いた日の光がブラインダーを通して室内に差し込んでいた。
ふと書類から目を離して、教室をぐるりと見回す。
前回はこの場に彼女もいた。
彼女と一緒に自販機で買った緑茶を飲んだ。
生徒会長選挙が終わった後も手伝うと言ったら、彼女は満面の笑みを浮かべてくれた。
考えてみれば、あの日からまだ四か月も経っていない。
彼女と別れた日から今日まで彼女のことを考えなかった日は一度もない。
今日は何をしているだろうとか、また弱気になっていないだろうかとか、いつも彼女に想いを馳せている。
しかし、彼女に会えないことで悲嘆にくれることはなかった。
首につけているペンダントを優しく握る。
このペンダントのおかげで彼女を近くに感じていられる。
そのとき、下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
「あっ、結局、書類のチェックが終わってない……」
しかし、後悔しても仕方がない。生徒会副会長が校則を破るのはもってのほかだ。
急ぎ帰り支度をして、教室を後にする。
そして、もう一度、首につけているペンダントを優しく握ったのだった。
―――これは、少し不思議で甘酸完っぱい俺と「叶耶」との物語。
~完~
読者の皆様、ここまで『魔力0の俺と魔女の「 」 ~俺はいつまでも彼女を忘れない~』をご愛読いただき、誠にありがとうございました。これにて、昂輝と叶耶のお話は完結になります。
さて、最後の一文を見て察せられた方もいると思いますが、この『魔力0の俺と魔女の「 」』には他のヒロインとの物語が残っております。こちらの作品を読んで興味を抱かれた方は、ぜひ、『魔力0の俺と魔女の「 」』の他の2作品にも訪れてみてください。




