104話
あの後、俺は自分がどうやって家に帰ってきたのか覚えていない。
気がつけば自分の部屋にいた。
昨日までとは打って変わって、白く輝く朝の陽ざしがカーテンの隙間から差し込んでいた。
しかし、そんな明るい陽射しとは対照的に、俺の心は黒くよどんでいた。
「こうくーん、もうそろそろ起きないと遅刻するわよ~」
「よ~」
階下から母さんとゆめの声が聞こえてくる。
俺は机の上に置いてあった時計を見た。
午前七時四十五分。
今日は平日。当然、学園では通常通り授業が行われる。母さんの言う通り、今から準備をしなければ遅刻してしまうだろう。
しかし、その場から動くことはできなかった。動く気力が湧かなかった。
突拍子がなさすぎて、状況を整理しきれていないという戸惑い。
未来に帰るという大事なことを今の今まで彼女が黙っていたことに対する怒り。
残り数日でもう二度と彼女と会うことが出来なくなることに対する絶望や虚無感。
そんないくつもの負の感情たちが混ざりあい、得体の知れない何かになって、自分の心を支配してくる。
彼女が目の前からいなくなったら……
あの眩しい笑顔を見ることはできない。
あの心休まる優しい声を聞くことはできない。
彼女と手をつないで二人で照れ合うことも、彼女と一緒に遊んで笑いあうことも、もう一生することができない。
心のきしむ音がした。
心が締め付けられるように痛かった。
学園で彼女に会えば、もっと一緒にいたいと思ってしまう。
彼女ともっと同じ時間を過ごせば、また楽しい思い出ができてしまう。
そして、その楽しい思い出が彼女と別れたときの悲しみをより強くしてしまう。
彼女はお祭りのときに言っていた。これ以上仲良くなって、思い出を作って別れるのに耐えられない、と。
そんな彼女に対して、俺は別れるときの悲しみを上回るぐらい彼女を楽しませて、別れがくることも忘れさせると言った。
彼女との別れが現実味を帯びた今、あのとき彼女が口にしていた言葉の意味がはっきりと分かる。
もちろん、あのとき俺が口にした言葉に嘘はない。
いずれ別れるときがくるとしても一緒にいたいと思った。もっと親密になりたいと思った。
彼女が辛いなら、それを超えるぐらい幸せにすればいいと思っていた。
でもそれは、彼女の言葉をまだ自分がきちんと理解していなかっただけではないか?
彼女との別れを本当に起こりうるものとして考えていなかったからではないか?
「はあ……」
自分の浅はかさを痛感する。
結局、俺はこの日、学園に行くことはなかった。




