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開かれた王室を、誰かそっ閉じしてくれないだろうか。


 国王陛下のおでましという、謎の一大イベントが始まったようだ。

 ちなみにだが、ゲームには国王陛下は影も形もない。商店街の中にある一個人商店の物語だ。国王なんぞが出張るような話でないので、当然と言えば当然だ。


 ……彼の息子のサバ王子と、弟の生鮮殿下は出張っているが。


 そういえば、陛下は流石に忍ばないんだな。

 サバ王子みたいに忍ぶ気のないお忍びルックとかはしないのか。

 でもあれか。『王太子』と『国王』じゃ、重要度が違い過ぎるから、そんな迂闊な真似はしないか。


 良かった。

 この国の中枢にも、マトモそうな人が居てくれて。


 流石に国王陛下は護衛の騎士様に囲まれている。それでいいのよ! サバ王子とか生鮮殿下とか、護衛さんの苦労も考えなさいよ!


 護衛の騎士様たちが交通整理をして、その周囲には野次馬の人だかり。

 その向こうに見えるのは、確かに国王陛下。


 だが待って欲しい。


 何故、国王陛下はかぼちゃパンツに白タイツスタイルなのだろうか。

 国王が居て貴族も居る聖セーン王国だが、貴族であってもドレスなど滅多に着ない。

 二十一世紀地球の諸君も思い出してみて欲しい。現存する『王国』の王たちや貴族たちも、日常的にドレスなんぞ着ていないだろう。男性に至っては、普通にスーツだ。

 天皇陛下だってご公務の際にはスーツをお召になられている。


 聖セーン王国においても、それは同様だ。


 宮中行事などの際には女性はドレス、男性はモーニングだ。

 モーニングだ!


 今、陛下がお召のような襞襟たっぷりの上着にかぼちゃパンツに白タイツなど、誰も着ていない。

 しかも陛下、真っ赤なビロードのマントまでお召だわ……。そんで頭上には、きっちり王冠が載ってるわ……。

 絵に描いたような『王様』スタイルでございますね、陛下。


「何か、劇でも出てきたんですかね?」

 確かに、舞台衣装のようだ。

 だがもしかすると……。

「陛下が詐欺師にカモられて、『これは最先端のファッションでございます』とかってすすめられたのかも。で、誰も指摘できなくて、街へ繰り出した時に正直者の子供が『王様、変な服~』とか言っちゃって……」

「裸の王様じゃないんすから……」


 作者不詳だが、きちんと『裸の王様』という寓話はある。というか、作者不詳ってなんだ。アンデルセンじゃないのか。

 いや、アンデルセンは地球人だな。

 じゃあマジで、誰が書いたんだ!?



 陛下は露店を一つ一つ見て回り、店主にお声を掛けられている。


 陛下にお声を掛けていただいたマール姐さんが、見事なカーテシーを披露した。ていうかスゲェな、姐さん! カーテシー、めっちゃキレイだったわ! さすが姐さん、カッケェ!

 陛下もその様子に小さく笑われると、「美しい礼をありがとう」とボウ・アンド・スクレープをされた。

 その仕草は茶目っ気があり、とても素敵だ。……服装にさえ目を瞑れば。

 いや、むしろかぼちゃパンツが仕草にお似合いなのか? もう良く分かんねぇよ。



 陛下が移動されると、その周囲の人垣も一斉に移動する。

 ベンチに座って、その様子をぼーっと眺めていると、どこからか朗々としたええ声が聞こえてきた。


「やあ! 何と楽し気なイベントだろうか!」


 おいでなすったぜ!

 これだけ開けた場所で、人も多いというのに、無駄に良く通るええ声のあの人が!


「腹式発声法、スゲェっすね。めっちゃ良く聞こえる」

 呆れたように呟くフランツに、思わず頷いてしまう。

「あれだけ登場時の自己主張激しい人、そう居ないわよね」

 毎度、姿を見つける前に、あの朗々としたええ声がまず聞こえてくるからな。


 広場は広い。広場なのだから、広い。

 生鮮殿下は西の端っこに居て、陛下は東の端の方にいらっしゃる。端と端だ。生鮮殿下のあのええ声も、きっと陛下にまでは届いていないだろう。


 陛下、生鮮殿下にお気付きになられるかしら?

 今までの流れからすると、またあの茶番臭い「どちら様?」な対応になるだろうけれど。


 生鮮殿下は魚屋フローラちゃんの露店を冷やかしている。

 イカの浜焼きを見て「イカとタコは見分けが付きづらくていけない!」などと言っているが、見分け、簡単じゃね?


 魚屋フローラちゃんは、相変わらず綺麗にガン無視だ。

 あの子もしかして、生鮮殿下とサバ王子が見えてないのかも。そういう特殊能力もってるのかも。

 ていうか、周囲の常連ぽいマダムたちもガン無視だわ。成程、お馴染みの奇行なのね。

 『お馴染みの奇行』っていうのも、すごく嫌だけど。


 ちなみにサバ王子は、陛下がおいでになられたあたりから姿を見ていない。

 やはり一応『お忍び』なので、ご公務でおいでになられた陛下に見つかるとヤバいのだろう。忍んどらんが。


 生鮮殿下はタイの塩焼きを指さし、「その魚を貰おうか!」などと言っている。相変わらず、買い物がショボい。何も買わないよりはマシだけど。


 買ったタイを袋に入れてもらい、以前も見た真っ黒クロスケのお供のお兄さんに袋を持たせる殿下。

 そこへ、女の子を侍らせた二重マルさんがやってきた。


「ほう! 君はなかなか丸いな!」

 第一声、それ!?

「客商売にカドがあっちゃダメですからね!」

 二重マルさん、返し完璧っす! 流石っす!

 ていうかもしかして、それでみんな胴体丸いの? ハナちゃんのコンセプトには、そんなこと一言も書かれてなかったけど。


 王弟殿下は「丸いな! ハハハ! 丸い!」とご満悦で二重マルさんを撫でまわしている。

 二重マルさん、中の人の困惑がすごそう。

 その人はまともに相手をしたら負けですよ、と教えてあげたい。



 生鮮殿下と陛下は円周の対極に居て、ほぼ同じ速度で時計回りに広場を移動している。

 二人の間の距離は、まったく縮まらない。


「これじゃ、数学の問題作成者が泣くわね……」

 往々にして、兄は弟より時速にして約一キロほど早く歩かねばならない筈なのに。

「数学の問題?」

 フランツ君は怪訝な顔だ。

 あ、あれか。フランツ、私に付き合って中学とか高校とか行ってないから、『数学設問あるある』分かんないか。


「『数学あるある』よ。同じ家から同じ目的地へ行くのに、何故か一緒に家を出ない兄弟。他の数学レギュラーメンバーとしては、『移動する点P』さんなんかが有名ね」

「はあ……」

 ああ、やっぱりピンと来てないわ! ごめんね、フランツ!



 さて、噴水広場を同じ速度で歩く兄と弟だが。

 兄は和やかに穏やかに民と交流されている。陛下の周囲は、皆が笑顔だ。良い光景だ。


 そして弟だが……。

「分かったぞ! この問題はひっかけだ!!」

 八百屋フローラちゃんの店先にあるクイズのフリップを指さし、そんな難癖をつけている。


「ひっかけ……と言えば、ひっかけっすかね?」

 まあ、似たような植物を並べてるしね。

「でも普通『ひっかけ』の定義って、そうじゃない気がするわ」

 『ひっかけ問題』って、もっと底意地の悪いカンジのものじゃない?


「この四種の中に、ニラは存在しない! それが答えだ!!」

 バーン!!と効果音でもつきそうな勢いで言い放つ殿下。

「何故ならば! ニラとは白いものだからだ!!」


 生鮮殿下の発言に、周囲が明らかにざわついた。


 殿下、ニラを何と混同なさってるのかしら……?

「ネギあたりじゃないすか?」

「でもあの殿下よ? もっと根本から間違ってても不思議はないわ」

「そんじゃ、大根かなんかなんじゃないすかね?」

 あり得るが、もっと「え? 何で?」みたいなものと混同してる可能性も大いにある。


 殿下の近くに居た親切なマダムが、ニラは二番ですよと教えてあげている。

 それに殿下は「私の知っているニラと違う!!」と納得されていないようだが、あんたの知るニラは一体何なんだ。


「ニラとは、白くて手足が細く、頼りなくヨチヨチ歩くあれだろう!?」

 どれ!?

 ていうか、何それ!!


「……あの人だけ、幻想世界か何かに生きてるんすかね……?」

「マンドラゴラ的な何かが、殿下のお宅には生息してるのかもしれないわね……」

 何だ、マジで。

 手足があって歩くって、それもう植物ですらねえよ。



 更に噴水広場をご覧になる、同じ速度で移動する兄弟。

 ……なんでこの兄弟、全く同じ速度で移動してんの……? 数学の問題より不可解だよ……。


 一丁目商店街エリアでは、殿下はマルさんをご覧になられ、「丸い!! ハハハ! 丸い!! 君はなんて丸いんだ!!」と、ご満悦でマルさんを撫でまわしておられた。

 ……ていうかあの人、何でああ『丸い』事に興奮してんの?

 もしかして、丸フェチか何かなの? そんなフェチ、聞いたこともないけど。


 マール姐さんが殿下の毒牙にかからなくて良かった……。

 姐さんなら、上手いことかわしそうでもあるけど。


 殿下が去った後のマルさんは、ぐったりとその場にしゃがみ込んでいた。

 ……相手が見るからに身分のある人だもんね。無理に振りほどくとか、出来ないもんね。

 マルさん、お疲れ様です……!


 マルさんの丸さを堪能してご満悦な殿下は、ハナちゃんの露店で鶏むね肉を所望されていた。


「前も胸肉買ってましたよね?」

「そうね。お好きなのかもしれないけど、もしかしたら、胸肉以外の肉をご存知ないのかもしれないわね」

「……その可能性が否めないのが、恐ろしいすね……」

 殿下のポテンシャル、すさまじいもんな!



 同じ速度で移動していた兄弟だが、なんと、陛下が途中で足を止められていた。

 生鮮殿下が、国王陛下に追いついてしまった!


 茶番か!? いつもの茶番劇が始まるのか!?


「お前はここで何をしているのだ?」

 殿下を見つけられた陛下が、思い切り呆れたように声をかけた。

 それに殿下は、わずかに引きつったわざとらしい笑みを浮かべた。

「な、何の事です? 私はたまたま通りがかっただけの、一般人でございますが……」

「たわけが。この兄の目を欺けるとでも思ったか!」

 陛下!!

 服装はあれですけど、やはり一国を統べるお方は他の連中とは違うのですね!


 陛下は生鮮殿下のネクタイピンを、ビシィ!と指さした。

「そのタイピンは、私が弟に贈った物だ!! そしてそれは特注品で、わが弟以外に持つものは居らん!!」

 そこォ!?


「もっとあるわよね!? 顔とか、顔とか、顔とか!」

 思わずフランツを見て言うと、フランツも頷いた。

「そっすよね。もっと分かり易いとこ、ありますよね。顔とか、顔とか……」

 何しろ、生鮮殿下は顔を隠してもいなければ、眼鏡程度の変装すらしていないのだ。


 しかし指摘された殿下は胸元を抑え、「クソ! 迂闊だった!!」などと言っている。

 ……貴方の迂闊さは、そんなもんじゃありませんけどね。


「……して、ここで何をしておるのだ?」

 訊ねた陛下に、殿下は周囲を見回した。

「私も時には、市井の民に交じってみたくもなるのです」

 やはり歌うように朗々と発声なさる殿下。……ていうかこの人、無駄なええ声とか、話し方とか、特徴ありすぎるくらいなんだけど……。それでも決め手はタイピンなんですか……?


「ふむ。民の様子を知るというのは、大切な事だな」

 納得したように頷かれる陛下。

 僭越ですが陛下、その人、本当に『民の様子を知る』事が出来てるのか、疑問しかないんですが……。


「兄上もご覧になられたでしょう? この活気! そして丸さ!!」

 陛下は丸さにはご執心ではなかったけどな!

「うむ。商店街それぞれが、特色を最大限に活かし、切磋琢磨し、補い合い、とても素晴らしい」

 ……陛下、『丸さ』に関しては完全にスルーしましたね……。


「このような楽しい空間も、丸さも、市井へと下りてみなければ知り得ぬ事なのです」

「確かに、それはそうだ。『王族』ではなく、『同じ民として』その場に居たいというお前の気持ちも、分からんではない」

 また『丸さ』をスルーだ。

 ていうか、生鮮殿下、マジで丸フェチに目覚めたのか……?


「分かったわ……!」

 あの兄弟のやりとりを見て、閃いた。

「何がっすか?」

「生鮮殿下の発言、意味不明な個所はスルーで、分かるところだけ対応すればいいんだわ……!」

 陛下が『丸さ』を全スルーしているように!


「……確かに、『丸さ』全スルーでも、会話は成り立ってますね」

「多分、そういうものなのよ!」

 あの人の発言、全部を真面目に聞いちゃいけないのかも!


「宮を抜け出していた事、兄上からのお叱りは覚悟の上です。ですが私は、後悔はない!!」

 ホント、何でああ歌うみたいに滑らかに抑揚つけて喋るんだろう?

 あと、身振り手振りがデカい。ミュージカルか。


「このような素晴らしいイベントに、そして素晴らしい丸さに出会えたのですから!」

 陛下はただ「そうかそうか」と頷いている。

 陛下、もっとやる気を出してください。貴方の弟ですよ?


「兄上……、私は考えました。私が兄上の弟として、この国の為に何が出来るのか、と。その答えが、ここにあったのです……!」


「……そんな御大層な事、考えてるように見えませんでしたけどね……」

 シッ! 言っちゃダメよ、フランツ。


 生鮮殿下は国王陛下を真っ直ぐに見つめ、いつものええ声で言い切った。


「私も、何か商売を始めたいと思います!」


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― 新着の感想 ―
[一言] 陛下、お願いですからこの人を回収してくださいな。
[一言] ヤメテ…ヤメテ…何か始めようとシナイデ…
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