……おや? ステータス画面のようすが……!
さーて、三丁目と言えば八百屋フローラちゃん。
お元気かしらね~。
八百屋さんの露店は……っと。あ、あったあった!
何て事!
『豚汁 一杯百円』だなんて! 買っちゃう? 買っちゃうでしょ!
バッグから財布(所持金二千円)を取り出し、豚汁の露店へふら~っと吸い寄せられるように向かっていると、フランツに腕をがしっと掴まれた。
おう、何すんねん?
「何よ?」
「来月の小遣いまで、まだあと二週間ありますけど。今、無駄遣いして大丈夫なんすか?」
ぐっ……!
ハナちゃんとこのバイト代は、ハイスペックな圧力炊飯ジャーに消えた。
今度こそ取り上げられないように、机の下に隠してある。今度こそ本気で隠してある。
侯爵令嬢なのに、二週間を二千円で過ごすなんて……。
でも豚汁百円じゃん? 千九百円も残るじゃん? 余裕じゃね?
「余裕!」
思わず口に出た。
それをフランツが思い切り呆れ顔で見ている。
余裕、余裕! ハハハ~ン♪
私お気に入りのがま口財布ちゃんを握りしめ、露店へと向かう。ちなみに財布の中には、『お金がかえる』と言われている小さな金色のカエルちゃんが入っていたりする。……月に五千円定額しか帰って来ないがな!
露店へ近づき、思わず足を止めてしまった。
何故なら、何か始まっていたからだ。
「あ、例の公爵家の坊ちゃんすね」
八百屋の攻略対象、大根に自信ニキだ。今日も忍ぶ気のないお貴族様スタイルだ。まあ、王太子殿下ほどに顔は売れていないから、「貴族だな」と思われるだけだろうけれど。
その大根ニキの正面には、険しい顔をしたフローラちゃん(八百屋)。
な、何が始まるのかしら……。
「今日こそはハッキリ言わせていただきます!」
フローラちゃんが大根ニキに、きっぱりとした硬い声音で言う。
「もうこれ以上、付き纏ったりしないでいただけませんか!?」
付き纏い!?
「……そこまでいくともう、騎士団案件じゃないすかね?」
「そうよね」
ていうか大根ニキ、そんな事してたの? 引くわ。ドン引きだわ。
「付き纏ってなどいない! 私は君の大切なお店に、おかしな輩が近づかないよう見張っているだけだ!」
それ、付き纏い犯の常套句ー!!
「ですから、それが迷惑だと言っているんです!」
心底嫌そうな口調で言うフローラちゃん。そらそうだ。今はご両親も留守なのだし、さぞ心細い事だろう。
フローラちゃんは一旦奥へ行くと、何かを持って戻って来た。
B4くらいの大きさの……、フリップ? え? もしかしてフリップボード?
「勝負をしましょう。これから私が問題を出します。それを全問正解出来たら、貴方の勝ち。私ももう何も言いません。一問でも間違えたら、私の勝ち。もう二度とお店に来ないと約束してください」
「いいだろう! 受けて立とう!」
謎の自信満々で受けて立っちゃう大根ニキ。ニキが負ける未来しか見えねぇよ。
「では、全三問です。いきます!」
フローラちゃんは持っていたボードをくるっと裏返した。
やっぱりフリップだし! わざわざ作って来たの!?
「第一問! ニラはどれ? レディ・ゴー!」
フリップは四分割されていて、四種類の緑の葉っぱが並んでいる。全部、細くて長い葉っぱだ。
「二番……かしら?」
「俺もそう思います」
多分だけど、一番は水仙だ。三は何だか分からないが、自分の記憶の中のニラに一番近いのは、二番のような気がする。四番は多分、分葱だ。
「さあ、お答えは!?」
フローラちゃんの声に、大根ニキは自信満々な声で高らかに言った。
「一番だ!!」
「アンサー・チェック!」
言いながら、フローラちゃんはフリップをぺらっと捲る。仕掛けが細かい!
捲ると、同じ画像の上にそれぞれ名前が書かれていた。
一番は案の定で水仙。二番が正解のニラ。三番はノビルと書かれていて、四番はやっぱり分葱だった。
「残念! 不正解!」
「クソ……っ!!」
がっくりと膝を付く大根ニキ。
大根ニキが芝居がかっているのはいつもの事だが、フローラちゃんも何かちょっとおかしくなってない? 大丈夫?
orzな態勢になっている大根ニキを、フローラちゃんが冷たい目で見下ろしている。
「約束です。もう二度と、ウチの周囲に現れないでください。見かけた場合、問答無用で騎士団を呼びます」
「クッ……! ……分か、った……」
いかにも悔しそうに、食いしばった歯の間から言うと、大根ニキは立ち上がり歩き去った。
フローラちゃんはそれを見送って、「ふー……」と力が抜けたように溜息をついた。
「フローラちゃん、良かったわねぇ。あのお貴族様、追い払えて」
常連の奥様だろうか。声を掛けてきたご婦人に、フローラちゃんは笑顔で「はい」と頷いている。
「ねえ、フローラちゃん、クイズ、あと二問あるんでしょ? 出して、出して!」
別の奥様が楽し気にそう言って詰め寄っている。それにフローラちゃんはまたフリップを持ち直すと、「では第二問です」と楽し気にクイズを始めた。
ちなみに、二問目は『カボチャの種はどれ?』だった。難問だった……。
ゴーヤ、きゅうり、カボチャ、へちまの種の写真だったが、思ってるより記憶が曖昧だった。写真の撮り方も、種数粒に接写してるもんだから、実際のサイズ感とか分かんないし。
三問目は『しいたけはどれ?』で、全くさっぱりお手上げだった。キノコの見分けは、無理でしょ……。プロだって時々間違うんだから……。
ていうかフローラちゃん、ホントに大根ニキを撃退したかったんだな……。問題の難度がそれを如実に物語ってるよ。
でもとりあえず、これで八百屋フローラちゃんの乙女ゲームは終了、かな?
……『乙女ゲーム展開』、何にもなかったけどな!
* * *
豚汁を所望し、イートインスペースでぺろっと食べきり、次へ向かう。
豚汁は非常に美味でございました。白味噌でちょっと甘めに味付けられているのが、また良し。ごろっと大きめの根菜類も良し。
ちなみにだが、『豚汁』には『とんじる』と振り仮名がしてあった。あとちっちゃく『※異論は認めない』とも書かれていた。
私は異論はないけどね。派閥抗争は、いついかなる時と場所にも潜んでいるわね……。
三丁目エリアを後にして、一丁目エリアへ向かう。
ハナちゃんは色んなお肉を焼くそうだ。……えらいざっくりした情報だが、ハナちゃんがそう言っていたのだから、そうなのだろう。
他二つの商店街と比べると、一丁目エリアは平和だな……。
マルさんは紳士だし、攻略対象タウルス君も爽やかイケメンだし。
マルさんは両腕に男の子をぶら下げて、ぶんぶん振り回している。男の子たちは嬉しそうにキャッキャいってて、その子たちの母親も楽し気に笑っている。
何なの、一丁目! めっちゃ平和じゃない!
壊れかけの魚うんちくレディオも居ないし、クイズに敗れたストーカーも居ない。
素晴らしいじゃない! ハナちゃん、良く頑張ったわ!
一丁目はもう、乙女ゲームはとっくに終了してるのよね? ていうか、始まってすらいないけど、終わってるのよね?
タウルス君、婿養子に入るとかいう話だし。
て事は、あとは二丁目の動向か……。
でも『動向』とか言っても、あそこ、殿下クンさんが一人で喋ってるだけだしな……。
始まってもいないけど、始まる気もしないんだよな……。
そんな事を考えつつ、ハナちゃんの露店を探す。
あ、あったあった! 『肉を焼く店』って書いてあるわ! ていうか、露店の名前、おかしくない!?
「あ! アンさん、フランツさん! いらっしゃいませ!」
露店の向こうから、ハナちゃんがこちらを見て嬉しそうに笑ってくれた。
『肉を焼く店』の正体は、鉄板と炭火焼風コンロで、様々な肉を好きな大きさに切り分け、お好みの焼き加減で焼いてくれるお店のようだ。
鶏肉なんかは安いのだが、ブランド牛である『コメザワー牛』のシャトーブリアンなどは、百グラムで三千円というとんでもない値段がついている。
焼いてもらって、味付けは自分で好きなようにできるらしい。
塩、胡椒、ガーリックパウダー、醤油、味噌、おろし醤油、焼肉のたれ、ポン酢、焼き鳥のたれ……などが、ずらーっと並べられている。
「このグラム三千円のお肉、売れるんですか……?」
ハナちゃんに訊ねると、ハナちゃんが楽しそうに笑った。
「別に、百グラム単位でないと売らない、とは言ってませんので、ちょいちょい出ますよ」
「十グラムとかでも……?」
「構いませんけど、ほんの一かけら程度ですよ? それより、こっちのノンブランドの牛の串焼きとかの方が良くないですか?」
ハナちゃんはガラスケースの中の、串にささった牛肉を指さした。
フツーに牛串だ。大きめの塊が三つ、串にささっている。それでお値段四百円。
確かにこっちの方がお得感あるわ。
ふむふむ……とケースの中を物色していると、ハナちゃんが私に向かって小声で言った。
「アンさん。……実は、例のステータス画面なんですが、ちょっと進化しまして……」
「え?」
驚いてハナちゃんを見る。
ハナちゃんは私を見て、ゆっくりと頷いた。
本当に、こういう場面でのこの『頷き』は、何の頷きなのだろうか。
「進化……」
あの、クソ使えねぇステータス画面が?
「はい。地味に便利になりました」
『地味に』なんだ?
ハナちゃんは露店に『準備中』という札を立てると、私を伴い露店の裏手へと回った。
「ステータスオープン」
慣れた雰囲気でハナちゃんが言うと、以前も見たピンクの板が音もなく現れた。
「ここ、見て下さい」
ハナちゃんが指さしたのは、ピンクの板の右端。
以前は確かに何もなかった筈だが、そこには白抜きで『>』という記号が書かれている。
普通に考えたらこれは、この部分をタップするか、画面をスワイプするかで、右方向にもう一ページ現れる記号だ。
ハナちゃんはそこを指先で軽く押した。
すると、ステータス画面が左へ移動し、二ページ目が現れた。
「なんと! スキルが表示されるようになりました!」
スキル!!
「そんな『ゲーム転生』っぽいシステムが!」
「はい。ちょっと見て下さい」
確かに、二ページ目の上部には『現在の取得スキル』と書かれている。
ハナちゃんのスキルって、何かしら?
やっぱ、乙ゲーヒロイン定番の『魅了』とかかしら?
ちょっとワクワクしつつスキル画面を見て、思わず真顔になった。
一行目に書かれていたのは『王都商工会議所主催 簿記検定三級』だ。しかもご丁寧に、取得年月日まで書かれている。
他には『食品衛生責任者』や『防火管理者』、『実用米語技能検定四級』『漢字検定二級』などまである。
……どうでもいいけどハナちゃん、英検四級って言ってたけど、米検も四級なのね……。四級って、履歴書にも書けないし、すごい微妙だと思うんだけど……。
ていうか『スキル』って、ゲーム的なアレじゃなくて、こっちの『技能・資格』の方かよ!
「確かに、『スキル』には違いありませんけど……」
「はい。王商簿記三級は実際、商店会主催のスキルアップ研修で取った資格です」
確かに、『スキルアップ』とかで簿記取ったりするけども!
「次狙いたいのは、乙四かアーク溶接ですね……」
待ってハナちゃん! 貴女、どこに向かっているの!? 乙四はともかくとして、溶接の資格なんてどこで使うの!? 馬車の整備工にでもなるの!?
ちなみに『乙四』とは、『危険物取扱者 乙類4種』の略だ。乙類だけで六種もある内の4種だけがやたらと有名なのは、四種で取り扱える危険物が『引火性液体』つまりガソリン・灯油・軽油等だからだ。ガソリンスタンドには必須の資格だ。
あと、灯油売ってるホムセンにも、乙四の有資格者が絶対居るよ!
「資格の取得年月日もここに載るんで、期限付きの資格なんかを取った時に、すごく便利じゃないですか!?」
「……そう、ですね……」
確かにそれはそうだ。その通りだ。
だが何だろう、この夢のなさ……。履歴書の資格欄そのまんまじゃないか……。
ちょっと『スキル』って聞いてワクワクしたのに!
ハナちゃんはステータス画面を消すと、「また何か進化したら、お教えしますね!」とにっこにこだ。……うん、確かにちょっと便利にはなったけど……。ハナちゃん的に、それでいいんだ……。
ハナちゃんの露店で牛串を所望し、塩と胡椒をパパっとやって、すぐそこにあった椅子に座ってむしゃむしゃしていると、遠くの方のざわめきが聞こえてきた。
「何か賑やかね?」
「そっすね。何かあったんすかね?」
フランツ君はシマチョウを焼いてもらって、焼肉のたれで食している。そっちも美味しそうだなぁ……。
フランツから一個分けてもらおうかな、などと思っていると、賑やかな方へ向かっていく人の会話が聞こえた。
「陛下がおいでになられたんだとさ!」
「陛下って、国王陛下?」
「他に何陛下が居るんだよ」
陛下!?
国王陛下が、この下町感しかないイベントに!?
ていうかそう言えば、今日まだ生鮮殿下見てないわ。それ以外の攻略対象は見たけど。
……で、何がはじまるんです?




