恋に落ちた日。
二重マルさんは女子に囲まれ、きゃあきゃあ言われている。流石だ……。
それでも「流行なんて追った事ないね。俺の後に流行が出来るから……」とかブレない二重マルさん、むしろカッケェ。
案内所で貰った各商店街のマップを見ると、二丁目商店街はヘアサロン、アパレルなんかが多いようだ。
二重マルさんの中身、人選ミスじゃなくて、完璧なマーケティングの結果だったわ。
そんで多分、二重マルさんの中身、美容師だわ。
女の子に対する髪型チェックが細かいもん。
美容師ならメイク事情に詳しいのも納得。キャラ濃い理由までは分かんないけど。
二重マルさんが居るこの辺りは、二丁目の商店が露店を出しているエリアだ。
以前お世話になった立ち飲み居酒屋も露店を出している。ぬる燗とおでんとか、最高過ぎる露店じゃないか! ……未成年だから、お酒飲めないけど。
あと、お酒の銘柄『美中年』て、どうなのよ……。ある意味、『美少年』より買い辛くない? ていうか、『美少年を買う』とか、言葉の響きがアレ過ぎたわ……。いやですわぁ、あたくしったら。ホホ。お酒の話でしてよ?
二重マルさんが女子に囲まれているのと別に、もう一か所、女子……というか、ご婦人に囲まれている人が居る。
有体に言えば、おばちゃんに囲まれてる。
「何かしら、あの人だかり」
「何すかね?」
足を止めてそちらをみると、そこはどうやらフローラちゃん(魚屋)が出している露店のようだった。
浜焼き屋さんとか! 素敵!!
あぁ~、イカと醤油の焦げる香りが芳しいわぁ~! 鮮魚センターって感じがするわぁ~!
そして問題の人だかりだが、どうやらその中央には壊れかけの魚うんちくレディオな殿下クンさんがいらっしゃるようだ。
「あらー、サバの塩焼き、いいわねぇ」
いいですよねぇ、マダム! 焼きたてのサバの塩焼きなんて、絶対美味しいですもんね!
「サバは足が早いことで有名で、『サバの生き腐れ』と呼ばれるほどである。魚介は一般的に鮮度が落ちる程に生臭さが際立つが、そういう意味ではサバは鮮度が落ちやすく、臭みが出やすい魚であるといえる。その生臭さを軽減させるには、湯通しした後にさっと冷水で洗い酒を振りかけておく、塩をふった後に出てきた水分を丁寧にふき取る、ネギやショウガなどをもみ込む、などの方法がある」
サバ王子のうんちくが、今日も冴え渡っている……。
そして周囲を取り囲むマダムたちが、何だかすごく良い仕事をしている。
あれだよ。通販番組のサクラのマダムたち。あの相槌まんまだよ。
「サバは足が早いことで有名で、『サバの生き腐れ』と呼ばれるほどである(へぇぇ~!)。魚介は一般的に鮮度が落ちる程に生臭さが際立つが、そういう意味ではサバは鮮度が落ちやすく(えぇー!?)、臭みが出やすい魚であるといえる(ウンウンと頷く)。その生臭さを軽減させるには、湯通しした後にさっと冷水で洗い酒を振りかけておく、塩をふった後に出てきた水分を丁寧にふき取る、ネギやショウガなどをもみ込む、などの方法がある(ワァー! パチパチパチと拍手)」
こんな感じだ。
地味に見ごたえがあるな。
深夜の通販番組を、点いているとボーっと見続けてしまう現象に似ている。
何となくボーっと殿下クンさんの魚うんちくコーナーを眺めていると、私たちの後ろをギャル風女子が二人通りがかった。
「あ、あれ王太子じゃね?」
「ホントだ。マジ王太子~」
言いつつ、手に持っていたカメラで写真を撮っている。
「マジ王太子……」
何とも言えない口調で復唱するのはやめたまえ、フランツ君。
「ていうか、あの子たち、ちゃんとあれが殿下クンさんだって分かってるのね」
「そっすね。……分かんねー方がどーかしてるとも思いますけど」
その辺は突っ込み無用だよ。
「ていうかお嬢、『殿下クンさん』って何スか?」
「魚に詳しい人へ贈る、特別な敬称よ」
「はぁ……?」
不思議そうに首を傾げているが、私は決して間違った事は言っていない。
よく考えたら『尊称+敬称+敬称』という不思議な名前になっているが、まあいいだろう。
魚うんちくマシーンはやはりお一人で滔々とうんちくを語り続けているし、周囲のマダムたちは全員綺麗に揃った反応をしている。どっかにADが居てカンペでも出してる?
そしてフローラちゃんは、それら一団を綺麗に無視して、普通に商売をしている。
あの子のブレなさも、逆に怖えな……。
なんでアレ、まるっと綺麗にスルー出来るかな……。
まあ、スルー出来ているなら問題は何もない。
私たちもスルーして次へ行こう。
『広場』と名がついているくらいなので、当然広い。広さを示す有名な単位『東京ドーム〇個分』で表現したいところなのだが、いかんせん地方民にその単位は全くピンとこない。
ここは適当に、東京ドーム一個分にしとこう。
ドームがどんだけ広いかは知らんが、相当広いんだろ、多分。
そんな相当広い広場をてくてく行くと、行列の出来ている屋台を見つけた。
この辺りは、三丁目商店街のスペースのようだ。
「何の行列かしら?」
この先に、何かのブースがあるっぽいけど、ここからだと見えないのよね……。
フランツがちょっとだけ背伸びをして人垣の向こうを見ると、不思議そうな顔をしながら足を戻した。
「何か……『法律相談所』みたいっすね」
行列のできる! 法律(自主規制)!!
突っ込みてぇぇーーー!! すげぇ突っ込みてぇーーー!!!
いかん。ちょっと落ち着こう。
商店街の地図でも見よっかな。えっと三丁目……と。
あ、法律事務所が一件あるわ。ここの弁護士さんが出張してきてるのかな。
ていうか、探偵事務所もあるな! 三丁目、お店のラインナップおかしいな!? しかも探偵事務所、一階が喫茶店だわ! ちびっ子探偵が居たらどうしよう!? 王都で毎日殺人事件が起こってしまう!!
そんな事を考えていたら、長い行列に一人のオッサンが割り込もうとしているのを目撃した。
割り込みはダメよね。ちゃんと並びましょうよ。
割り込もうとしているおっさんと、割り込まれそうになったおばさんとで、ちょっとした口論になっている。
するとそこへ、誰かが颯爽と現れた。
「ハァ~……、何だい? みんなが楽しくイベントやってるってのに、トラブルかい?」
物憂げな溜息に、酒焼けしたようなハスキーな声。そして「姐御」とでも呼びたくなる口調。
だがボディーが黄色い丸だ!
そんでそのボディーにはつぶらな瞳と笑みを形作る口!
可愛らしいボディーからは、やはり手足しか出ていない。……三商店街揃って、その形状で合わせる必要はあったのか……?
黄色い丸から出る腕は真っ白なファーコートだ。ファーwwwとか言ってる場合じゃねぇな。
そしてすらっと綺麗な真っ直ぐな足は、ヒョウ柄レギンスに金色のパンプス。
何度も言うが、中身の人選んんーーー!!
「一体、何あったってんだい? このマールさんに話してご覧よ」
マールさん!!
中身の人選とネーミング、なんかそういうルールでもあんのか!?
「……また、濃いのが出てきましたね」
「そうね……。西の方の濃さのある人ね……」
西の方からしたら反論はあるかもしれない。だが私は東日本の人間なので、なんか『ヒョウ柄=西』というイメージだ。
『ヒョウ柄=バブル』というイメージもあるが、この国の経済は安定していて、あんな不安定で中身のない好景気に沸いていたりはしない。
「ああ、ちょっとアンタ、聞いてちょうだい! この人が列に割り込もうとして来てねェ!」
「割り込んでねぇよ! 俺は元々、ここに並んでたんだよ! でもションベンしたくなったから、ちょろっと抜けて便所行ってただけだ!」
「それでも一回列抜けたんなら、後ろに回るのがスジでしょうよ!」
「スジも何も、俺ぁ元々ここに居たんだ、っつーんだよ!」
どう考えても、おばちゃんが正しい。
おばちゃんの後ろにも列は続いているのだ。おばちゃんが譲ってやったとしても、それより後ろに並んでいる人たちは面白くないだろう。
「聞いてる限りじゃァ、アンタの方が悪いみたいだねェ」
マールさんはおっさんに向かって言う。
それにおばちゃんは勢い込んで頷き、おっさんはカッとしたように眉を吊り上げた。
「はぁ!? 大体、手前は何なんだよ! 真ん丸な胴体しやがって!」
「何って、だからさっき名乗っただろう? マールだよ。ここいらを仕切ってるモンさ」
マスコットって、商店街を仕切ってんの!?
「さ、アンタはさっさと列の後ろにつきな。こんなとこで騒ぎなんて起こすもんじゃァないよ。何よりアンタの為にならない」
「だっから! 俺は元々、ここに並んでたんだよ!!」
オッサン、往生際悪過ぎるわ……。
「元がどうとか、アタシの知ったこっちゃァないけどね。スジも通せないようじゃァ、男が廃るってモンじゃないかい?」
「……っるせぇんだよ!!」
オッサンがマールさんの黄色いふわふわしたボディーを、どん!と強く押した。
おばちゃんが「キャー!!」と大声で叫ぶ。というか、おばちゃん、声デケェ。
おばちゃんの絹を裂くような悲鳴に、周囲がこちらに注目する。まあ、そうなるわな。
「ああ、ほら、興奮しなさんな。注目集めるなんざァ、アタシのガラじゃないわねェ」
「何言ってんだよ! ホントに、何なんだよ手前!」
とうとうオッサンが殴る体勢に入り、右腕を大きく振りかぶった。
マール姐さん、全く動じず! カッケェな、姐さん!
オッサンが振りかぶった腕を下ろそうとした時、誰かがオッサンの背後からその腕をガシッと掴んだ。
「女性に手を上げるのは、感心しない」
低めの静かな声は、マルさんではないか!!
今日も全身ピンクだわ! きっと何か大変な事があったのだろう、着ぐるみがうっすら煤けている。お疲れさまです、マルさん!!
腕を掴まれたオッサンは、背後を振り向いてぎょっとしている。
分かる。商店街マスコットシリーズの中で、マルさんは群を抜いて怖いからね、見た目が。
「な……何だよ、あんた……」
オッサンの声がびくついている。
常識外の生き物が出てきたらそうなるよね。分かる。
「私は一丁目商店街のマスコット、マルだ。どういった事情があるかは分からないが、無抵抗の女性を殴るのはいけない」
「ソイツが列に割り込みしたのさ」
マール姐さんが「フフッ」と笑いつつ言う。
「後ろにお並びよ、って言ってんのに、聞きゃあしない」
「成程」
マルさんは前傾になるように頷いた。
そしてオッサンの腕を背後に捻り上げると、オッサンを促すように歩き出した。
「さあ、並び直そう。それが嫌ならば、この場で暴れたとして、騎士団に引き取ってもらう事にしよう」
「イテッ! イテテテ!! 分かった! 分かったから、手ェ放せってんだ、化け物!!」
言ったオッサンの顎に、マール姐さんが華奢な指をかけた。
姐さんの顎クイ!! 胴体丸いのに、色っぺぇ!
「他人に向かって『化け物』なんてお言いでないよ。そんな心根で居たんじゃァ、アンタの方が『化け物』になっちまう」
「う……るせぇ!」
オッサン、なにちょっと頬赤らめてんだよ! 分かる気はするけども!
ていうか、マール姐さんの『イイ女オーラ』がスゲェ! 胴体丸いし、ファンシーマスコットな見た目なのに、謎のイイ女オーラがスゲェ!
オッサンはマルさんに背中を押されるように、列の後ろへと連れていかれた。
マール姐さんは発端となったおばちゃんに向き合っている。
「アンタも、キツイ物言いしなさんな。女なら、阿呆な男は立てて転がすくらいの器量を持たないとねェ」
「あたしはもう、五十年以上こういう性格だからね。今更変わりゃしないわ。……マールさんだっけ? ありがとね」
おばちゃんは言いつつ、持っていたバッグから飴玉を取り出しマールさんに握らせた。しかも黒飴だ。おばちゃん定番のアメちゃんだ。
「フフ。ありがとね。貰っとくよ」
マールさんはアメちゃんを指先でつまみ、ひらひらと振った。
何なの、あのイイ女オーラ……。
マール姐さんは暫く手に持った飴を眺めていたが、ややすると腕を胴体にひっこめた。中でごそごそしてるみたいだけど、もしかしなくてもアメちゃん食べてる?
と思ったら、にゅっと腕が生えた。
その手には、キルティング加工の黒い革のタバコケース。姐さん、タバコ吸うんすか!?
「……あれ、どうやって吸うんですかね? 中、煙くなんないんすかね?」
「なりそうていうか、危なそう」
下手したら、着ぐるみ燃えるよね?
あと姐さん、喫煙所、行こう?
「あの……」
姐さんに声を掛けてきたのは、マルさんだ。
「うん? ……ああ、さっきは有難う。助かったよ」
「いえ、私は大したことはしていませんので。大丈夫でしたか? お怪我なんかは……」
「ないない。もし殴られても、コイツがあるんだ。大して痛かないわね」
コイツ、と姐さんは自分のボディをぽんぽんと叩く。
確かに、緩衝材としては優秀そうだ。中身、どーなってんのか分かんないけども。
「タバコ、吸われるんですか?」
「ん? ああ、まぁねぇ」
「差し出がましいかもしれませんが……、女性は喫煙は控えた方が良いかと。その……、お身体の為にも」
マルさんの言葉に、姐さんが「フッ」と笑う。
「差し出がましいというより、お節介だねェ」
「……申し訳ない」
「ああ、いやいや。謝られるような事でもないさね。それに……」
姐さんは一旦言葉を切ると、また胴体の中に手をひっこめた。再度にゅっと生えてきた手には、何も持っていなかった。
「お節介な男は、嫌いじゃァないんでね」
言うと、姐さんはマルさんにひらひらと手を振り、歩いて行った。
カッケェ……。
姐さん、めちゃカッケェ……。
マルさんはそこに立ち尽くし、歩いていくマール姐さんの後ろ姿を見送っている。
ピンクの丸いのと、黄色の丸いのの、恋の始まりを確かに見たのだった……。
丸いのが、恋に落ちた日。




