『フェス』とつけておけば、大体なんとかなる。※挿絵あり
例によって、挿絵を非表示にするとちょっと分かり辛くなります。
どうせ変な絵だろ?とお思いでしょうし、実際その通りですが、挿絵は表示する設定でお願いします。
誰も教えてくれなかったけれど、私には婚約者なるものが居たらしい。
しかも、決まったのが七歳の頃だから、かれこれ九年前……。
何で教えてくれなかったのかと父を問い詰めたらば、父は「マミーが教えてると思ってたんだよね」と笑った。
なので今度は母に、何で!?と詰め寄ったら、「ダディがもう教えてるものだとばっかり……」と答えられた。
そんじゃ、このぽやぽや両親よりしっかりしてそうな執事はどうなんだ!?と訊ねたら、「そういったお話は普通、旦那様か奥様がなさるものですから」と至極真っ当な事を言われた。
私の婚約とやらは、まあ言ってしまえば口約束みたいなものだ。
婚約に際して誓約書を……とか、陛下に許可を……とか、そういったものは全くない。
というかこの世界、別に貴族の婚姻に身分やら何やらの制限もない。王族も同様だ。王族は『開かれた王室』をスローガンに掲げ、庶民との接点を増やそうとしているくらいだ。
だがあの王太子や王弟を擁する王室だ。あんまり開き過ぎない方がいいんじゃないかな……と思わんでもない。秘したるが花、という事もある。
そんな婚約なので「貴様との婚約を破棄するゥ!」とやっても構わない。……そもそも、破棄するだのなんだの言うほどの大袈裟なものでもないが。
そして相手がまさかのフランツなのは、「フランツなら、今までと何にも変わらない感じでやっていけそうだから」らしい。
いや、まあ、それは確かにそう思うが……。
あと母曰く「アン、ちっちゃい頃『フランツのお嫁さんになるー!』って言ってたじゃない」だそうだ。
全く、これっぽっちも、記憶にござんせんがね!
ていうかその発言、根っこは多分「おっきくなったらパパのお嫁さんになる」とおんなじだと思うんだけども。
何故、真に受けたし……。
これはもしや、異世界転生モノ人気ジャンル、『婚約破棄モノ』展開か!?
……いや、あれは『ご令嬢が相手の男性から』破棄されるものだな……。
ついでに、この口約束みたいな婚約を破棄したところで、ドラマは生まれそうにないな……。更についでに言うなら、私、出家とかする気ないしな……。
この国には、修道院も確かにあるけれど、それ以上に圧倒的に寺が多い。尼寺もある。
寺に出家した場合、ご飯が精進になってしまうではないか! お肉のない生活なんて!!
ところで修道院ってあれ、何教なのかしら……? キリスト教? え? キリストとか、居たの? 寺にしても、何教の寺なのかしら? 前世の私の実家は曹洞宗の檀家だったけれど、そもそも仏教の寺なのかどうかも怪しいしな……。般若心経とか、あるのかしら?
* * *
色々、どうでもいい下らない事を考えている間にも日々は過ぎ。
フランツと顔合わせ辛いなぁ……と一瞬思ったが、翌日から既にヤツが平常運転のやる気のなさを見せつけてくれた為、こちらも平常運転となった。
そんなある日。
またしてもハナちゃんから手紙を貰った。
王都商店街が、三つ合同でイベントをやるらしい。
その名も『商店街フェス』だ。……なんにでも『フェス』って付けりゃいいってもんでもなかろうが……。
先日の一丁目のイベントが大成功のうちに幕を閉じ、その評判を聞きつけた他二つの商店街が、その企画をうちでもやっていいだろうか……と一丁目の商店会長に申し出てきたらしい。
イベントなど許可を取らずに勝手に催せばいいのだが。
わざわざ筋を通しに来てくれた心意気に、商店会長さんはいたく感激し、「そんならいっちょ、全部まとめて派手に打ち上げようじゃねェか、べらぼうめ!」となったらしい。
商店会長さんは、生粋の王都っ子なのだそうだ。
王都っ子の口癖は、言うまでもなく『てやんでぃ、畜生、べらぼうめ!』だ。
……そんな生粋の王都っ子の心のどこに、マルさんのあのイメージ図は突き刺さったのか……。
まあとにかく、その商店街フェスとやらは、週末に王都の中心部にある噴水広場で行われるらしい。
きちんと行政に許可も貰っているそうだ。
……その『行政』のほぼ中心部に、生鮮殿下とかサバ王子とか居るもんね。許可くらいきっと、簡単におりるわね……。
三つの商店街が合同で、色んな露店やなんやらをやるらしい。
『噴水広場なら、アンさんのお家から歩いてニ十分くらいですので、是非』と書かれていた。……ありがとね、馬車出してもらえない私の事情まで察してくれて……。
そしてイベント当日。
今日も今日とて、お供は相変わらずのフランツ君だ。……どうやら、私がフランツを伴って出かけるのを、家人は皆『デート』だと思っていたらしい。
お前も否定しとけよ!とフランツに言ったら、「はぁ……」と相変わらずのヤル気ゼロの返事を貰った。
噴水広場はとても賑わっている。
広場なので、特にこれといった入り口なんかはないのだが、『案内所』と書かれた一角があったので寄ってみた。
三つの商店街の地図や、今日の会場の見取り図なんかを貰えた。
ついでに、良く分からないステッカーも貰えたのだが……。
……何かな? この丸いのは……。何か数字が振ってあるけど、まさかな……。どうでもいいけど、スゲー安っぽいデザインだな、このステッカー……。
「こんな使い道のねぇステッカーも、そうないすよね……」
「馬車にでも貼っとけばいいじゃない」
「え? お嬢、これ貼りたいスか?」
「いや、私は貼りたくないけども」
破れた障子とか襖の穴くらいなら、塞げるんじゃね? もれなくこの絵を見続ける羽目にはなるけど。
言いながら歩いていくと、案の定で居たよ!!
ステッカーの丸いヤツの一角、水色の丸いヤツが!!
「……やっぱこの数字、もしかしなくても何丁目のマスコットか……って事っすかね?」
「なんか多分、そんな気がするよね……」
一丁目はご存知マルさん。二丁目は水色の何か。三丁目は黄色いゆるキャラの名にふさわしそうな可愛い子だ。
水色の何かは、やはり丸い胴体から腕と足だけが出ている。あの形状は変えられないのか……。
ただマルさんと違い、足元はダメージデニムとブーツだし、腕は普通の長袖のシャツっぽい。胴体が丸じゃなければ、それなりにお洒落なんじゃない?
胴体丸だけど。
そんな水色の丸い奴は、「王都が俺に『もっと輝け』と囁いている……」などと言っている。
だから中身の人選よ!!
そんな水色の丸いヤツを眺めていたら、近くに居た二人組の男性の会話が聞こえてきた。どうやら、露店で買い物をしている女の子たちについての話らしい。
「あの子、足元スゲーぐらぐらしてる」
笑いつつ男性が言ったのは、露店に居るちょっと高いヒールを履いた女の子だ。ヒールに慣れないのか、歩く足元がちょっと危なっかしい。
「あんなカカト高ぇ靴、無理して履かなきゃいいのにな。髪も化粧もなんかスゲー気合入ってっけど、誰もお前なんか見てねぇよ、みてーなな」
「言える。つかむしろ引くよな。どーせ化粧取ったら、『お前誰やねん!』レベルの詐欺メイクだろ?」
「そりゃそーじゃね? じゃなきゃ、あそこまで塗らなくね?」
「だよなー」
そんな棘と悪意のある寸評なのだが、そう言っている二人は家着スレスレのようなスウェットとジーンズ姿だ。髪もちょっとぼさっとしている。
ついでに、特にイケメンという程でもない。
そんなお前らが、他人を笑うか?と思っていると、そこへ水色のアイツがスタスタと歩いて行った。
「おい、そこのフツメン!」
「は?」
「え?」
声を掛けられた二人は振り向くと、そこに居た水色の丸いのにぎょっとした顔をした。
……振り向いてアレ居たら、そういう顔になるよね……。
「さっきお前ら、あの女の子笑ってたよな」
「子猫……、って」
女の子を『子猫ちゃん』と言われたら、誰だって戸惑う。分かる。
「詐欺メイクとか聞こえたけど、お前らフツメンはどうせ『ナチュラルメイクは薄化粧』とか思ってるクチだろう?」
フッなどと笑いつつ言う丸いヤツに、フツメン二人組は戸惑いつつも反論した。
「ていうか、実際そうでしょ?」
「そーなんすか?」
共に成り行きを見守っているフランツが、そう訊ねてきた。
「ガチの美人なら、ノーメイクでもイケるだろうけどね。『ナチュラルメイク』って、そういうモンじゃないからね」
きっと男性諸氏には分かり辛い話だろう。
水色の丸いヤツは、フツメンに一歩近づいた。胴体部分が丸くてデカいから、威圧感すごい。
フツメン二人は近付かれて一歩下がっている。
「お前らフツメンに教えてやろう! 『ナチュラルメイク』は決して、『薄化粧』ではない!!」
「な、なんだってーーー!!」
おい、ノリいいな、フツメン。
「『ナチュラルメイク』とは、そういう名前のメイクテクだ! ナチュラルに見せかける為に、色んなテクを使ってるだけだ! 実際、化粧水、乳液、コンシーラー、ベースカラー、下地、ファンデーション、パウダー、その他諸々を塗りまくって完成するものだ!!」
水色、詳しいな!
そんでフランツ、無感動に「へー……」とか言わなくていいわ! 興味ねぇなら、スルーでいいわ!
「単純に厚塗りを隠さないメイクより、余程時間がかかるのがナチュラルメイクだ! あと、金もかかる!」
そう! その通りよ、水色!!
水色はまた「フッ」と笑うと、ぽかんとしているフツメンにまた一歩近寄った。下がるフツメン。
「カワイイはつくれる」
「……は?」
更にぽかんとするフツメン。
「実際その通りで、『カワイイ』は努力の上に創り出すものなのだ! メイクテクを磨き、ヘアアレンジを練習し、ファッション誌で流行の衣服を研究し! 膨大な時間と金と労力の上でつくられるのが、子猫ちゃんたちの『カワイイ』だ!!」
ビシィッ!とフツメンを指さす水色。……ヤベェ、水色がちょっとカッコよく見えてきた……。
「その点、お前らはどうだ! 家着のスウェットに、下だけ外出用にジーンズを履き! 適当に玄関にあったスニーカーを履き! 髪なんて櫛を入れただけだ!! 顔だって洗って髭を剃るのが関の山だろう!」
「……いや、充分じゃね?」
なあ? だよな、などと頷きあうフツメン。
「子猫ちゃんたちが数時間かけ『カワイイ』をつくっているというのに、『起きてから家を出るまで十分』のお前らに笑われる謂れはない!!」
周囲からまばらな拍手が起こる。
いつの間にか、女の子たちが足を止めてやりとりを見守っていた。
それに気付き、フツメンたちは居心地の悪そうな顔をする。
「いいか、フツメン! 子猫ちゃんたちが可愛くするのは、お前らの為じゃない! そして、イケメンの為でもない! 子猫ちゃんたち自身の為だ!!」
またしても、ビシィッ!!とフツメンを指さす水色。そして水色の言葉に拍手する女の子たち。
ていうか水色、何かモテそうだな……。中身、ホストか何かかな? 女の子のお洒落事情に詳しいし。
「そしてお前らフツメンも、自分の為に自分を磨け! 今のお前らは『ダサメン寄りフツメン』だが、自分を磨けば『イケメン寄り』になれる筈だ!」
「……ホントっすか……?」
フツメンの一人が、水色に一歩近づく。
「本当さ。俺は嘘は口にしない。俺が嘘を言う時、それは……、俺のポリシーが、死ぬ時だ……」
「……何言ってんすかね?」
呆れ声でフランツが言うが、あれは多分、理解出来なくてもいい台詞だ。
水色はいきなり、スボッ!と両手を丸い胴体の中にひっこめた。
中で何やらごそごそやっている風である。
ややして、再度スボッ!と胴体から両腕が生えた。
片手に、何かの紙切れを持っている。
「お前らにこれをやろう!」
言いつつ、手に持った紙片を差し出す水色。
「……何すか、これ?」
「王都二丁目商店街にある、ヘアサロンの割引券だ! これを提出し、俺に貰ったと言えば、通常料金五千円のところ、千円でヘアカットが出来る!」
「お得!!」
なにあれ、ちょっと私も欲しい!
「……いや、お嬢は貰ってもしょーがねぇと思いますけど」
まあね。私の髪、使用人が切ってくれるしね。
「更にこっちの券も併用すれば、通常三千円のヘアカラーが千円だ!」
「超お得!!」
「はあ……」
フランツ君には分からんかもしれんが、女子という生き物は『お得感』に弱いのだよ。バーゲンで「安かったから」という理由だけで、冷静に考えたら全然着そうにない服を買ってしまう。それが女子という生き物なのだよ……。
「これを持って、美容室へ行ってこい! オーダーは『お任せでお願いします』だ!」
フツメン二人は顔を見合わすと、おずおずと手を伸ばし、水色から割引チケットを受け取った。
そして思い出したように、水色を見た。
「そういえば……、名前、何て言うんですか?」
訊ねられた水色は、また「フッ」と笑った。
「二重マルさ……」
二重マル!
確かに胴体丸くて、顔にデカくマル描いてあるけども! もしかして、一丁目がマルさんだから!?
「そんじゃこれ、貰っときます」
受け取ったチケットをひらひらと振るフツメンたちに、二重マルさんは「絶対に行けよ!」などと念を押している。
「この国の商店街、どーなってんすかね……?」
呆れたようにぼそっと言ったフランツに、頷くしか出来ない私だった。




