青春坂、終了のお知らせ。――アン先生の来世の青春にご期待ください!!
六時には商品が完売してしまい、閉店時間には早いがお店を閉める事になった。
ていうか、スゲェな、マジで。大人気だな、ファーレンハイト精肉店。
明日はお店が休みというハナちゃんが、「良かったらお夕飯召し上がっていきませんか?」と誘ってくれた。
有難く、ご相伴に与る事にした。
断る? いやいや、折角のご厚意、無下にしてはならんでしょう。
……ホントは、疲れ切っていたので、家に帰る前に休憩したかっただけだ。
だってまた、四十分かけて歩いて帰るんだもん! 「疲れたぁ」って座り込むと、フランツが手ぇ引っ張って無理やり歩かせるんだもん!
「お店の品物ですみません」
ちょっと苦笑しつつ、ハナちゃんがダイニングのテーブルに並べてくれたのは、肉じゃがコロッケ、トンカツ、メンチカツ、から揚げ……と、みんな大好き揚げ物の祭典だった。
「レモン、ここ置いときますねー」
櫛型にカットしたレモンを、から揚げの皿の横に置くハナちゃん。
から揚げに勝手にレモンを絞る、という行為は、戦争を招きかねないからね。ハナちゃんのこれは、大正解の行動だわね。
他に、味の付いていないサラダ(要するに、ただのカット野菜)や、ほうれん草のおひたしなんかがテーブルに並ぶ。
なんて異世界感のない、ときめきしか感じない食卓だろうか。
ハナちゃんがご飯とお味噌汁をよそってくれて、タウルス君が甲斐甲斐しく配膳してくれる。
あー、もうね。ナチュラルに見せつけられてる感あるわね。
お似合いだぜ、チクショウめ! ええ、もう、全っ然悔しくも羨ましくもないですけども!!
ハナちゃんとタウルス君もテーブルにつき、全員で「いただきます」と手を合わせ、食事を摂り始める。
「アンさん、フランツさんも……、二日間、本っ当ーにありがとうございました!」
もぐもぐ。
とりあえず、口の中のカツをごくんと飲み込んで、頭を下げるハナちゃんに顔を上げるように言う。
「お役に立てたなら、何よりです。よもや過去のバイト経験が、こんな形で役に立つとは思ってもみませんでしたけども」
「お二人に助けていただかなかったら、多分今頃、屍になっていたと思います」
笑いつつ言うハナちゃんに「大袈裟な」と笑ったが、初日の燃え尽き方からして、そうなっていても不思議はないと思われてしまう。
小皿に取った野菜に、マヨネーズをちょっとかける。
「そういえば、マヨネーズって知識チートの常連だわね……」
異世界に和食を普及させる的なお話では、味噌、醤油と並んで常連となっているのがマヨネーズだ。
私の呟きに、ハナちゃんが頷く。
「ですねー。ていうか読んでて思うんですけど、皆さん、よく味噌やら醤油やらの製法、詳しくご存知ですよね」
「まあそこはホラ……、突っ込むのは野暮ってもので……」
因みに、私は味噌の作り方は知っている。
田舎者なので、味噌は自家製がデフォだったからだ。
ゴールデンウィークは、我が家では『味噌を作る日』だった。
味噌の作り方は知っているのだが、それ以前に麹カビの繁殖は皆どうしているのだろうか……。近似種に毒性がヤバいヤツとかも居るというのに……(某マンガ知識)。
いや、それも突っ込むのは野暮か。
「知識チートって?」
不思議そうにハナちゃんを見たタウルス君に、ハナちゃんはほうれん草のおひたしを小皿に取りつつ言った。
「んーと……、例えばだけど、文明未開の地みたいなとこ行って、生活にありふれてる品物とかをさも自分が発明しました!みたいに紹介して『スゲー!』て言われる事、かな」
ハナちゃんの説明に、棘があり過ぎる!!
「話の流れ的にじゃあ、マヨネーズの作り方とかで『スゲェ』てなるんすかね?」
フランツの言葉に、私とハナちゃんが揃って頷く。
「そう。で、食べてみて『こんな美味いもの、初めて食べた!』とかなるのよ」
「……その世界、何食って生きてんすか?」
フランツ君、それも多分『野暮』ってヤツだよ……。
食事を終え、ハナちゃんが食後のお茶を出してくれた。
玄米茶だ。香ばしい味と香りで、お口がすっきりする。
タウルス君は自ら洗い物を買って出て、今彼は一人、台所で洗い物をしている最中だ。
ハナちゃんはお茶をずずーっと啜ると、ふぅと小さく息を吐いた。
「お二人とも、本当にありがとうございました。本当に本当に助かりました」
「いえいえ。そこまでお礼言われる事でもないんで。……ねえ?」
横に居るフランツを見ると、フランツも軽く頷いた。
「そっすね。そんな気にしないでください」
そんな私を、ハナちゃんがちょっとニヨニヨしながら見てきた。
何かね? そんな顔をされるような事、あったかね?
「ところでお二人は……、もしかして、恋人同士とかですか?」
ニヨニヨしているハナちゃんを見る目が、すっと細くなってしまった。
「アンさん……、めっちゃチベスナ顔になってますけど……」
「チベスナって何スか?」
変なとこ食いつくな、フランツ君よ。
ハナちゃんはそれに「チベットスナギツネという動物でして……」などと説明している。が、前世がどうこうというのをぼかしているので、上手く説明できないようだ。
「ハナさん、フランツは一応、全部知ってるので大丈夫ですよ」
多分、これで通じるだろう。
ハナちゃんはちょっと驚いたように私を見た。
「全部って……、ホントに『全部』ですか……?」
「はい。話せるだけは話しましたけど……。いや、一回聞いとくけどもさ」
フランツを見ると、フランツは「何スか?」と言いつつ茶を飲んだ。
「私の前世がどうとかって話、どこまで信じてるの?」
フランツは湯呑をテーブルに置くと、軽く視線を上向けた。「んー……」と少し唸ると、視線を下げて私とハナちゃんを見た。
「一応、良く分かんないですけど、丸っと信じてはいますよ」
「マジか! 君、アタマ柔らかいね!」
「お嬢ほどふにゃふにゃでもないっすけどね」
うるせぇわ!
「いや、お嬢一人がそう言ってたんなら、話半分かそれ以下で聞いてたと思いますけども」
ヒデェ!!
「お嬢以外にも同じ事言ってる人間が居て、互いに共通認識として同じ記憶があるんなら、そら信じてみるかって気にもなるでしょ」
「……つまり、私以外の第三者が必要なワケか」
「早い話、そっすね」
「何なの、その私の信用のなさ!!」
「日頃の行いの積み重ねっすかね?」
「ナチュラルにヒデェ!!」
そんないつも通りの言い合い(というか、私が食ってかかって、フランツはそれを全部流してるだけだが)をする私たちを、ハナちゃんがやはりニヨニヨとした笑顔で見ている。
「仲良いんですね~」
うわぉ。
ハナちゃん、折角可愛いんだから、その変なニヨニヨ顔やめなよ……。
「別に、仲悪くはないすよね」
そんでフランツ君よ……。君はアレかね? 天然鈍感ヒロインか何かかね……? どこまでマジなのかね?
でもまあ。
「そうですね。別に、仲が悪いって事はないですね」
多分。
「ウフフ~。いいですね~。『青春』って感じですね~」
ニヨニヨしたままのハナちゃんは、お線香のCMソングを歌っている。
それ、青い春じゃなくて青い雲だし。
後日、バイト代を渡すので取りに来て欲しいと言われ、それを了承し家へと帰る事にした。
はー……。また、てくてく四十分だよ……。
でも今日はお腹もいっぱいなので、歩くのも余り苦にならなそうだ。
……ウソです。出来るなら、馬車出して欲しい。
まあ仕方ない。歩くか。
てくてく歩く私の横を、フランツも同じ速さで歩いている。
座り込むと「ホラ、立って」と手を引っ張られるが、のんびり歩いていても急かされる事はない。
フランツなりに、気は遣ってくれてるんだな。
そういえば、と、ふと思った。
まだピッチピチの十六歳の私の青春はこれからな訳だが、この十八歳というそこそこイイ年の兄ちゃんの青春はどうなっているのだろう。
学校に通っているなら、部活動だとかに捧げる青春もあるだろうが。
フランツも私も、学校などは通っていない。
因みに、学校制度はまるっと日本だと思ってもらえたら良い。
小中が義務教育で九年。高校が三年、大学が四年だ。
私は貴族のお嬢様だというのに、何故か公立の小学校へ通わされた。
そしてそこで馴染めず、早々に学校へ通うのをやめてしまった。
馴染めなかった理由は、『家が貴族だから』だ。
私は気にしていなかったのだが、周囲の方が気にして遠巻きにされてしまったのだ。
そんなこんなで、私は殆ど学校へ通った事はない。そして、私が学校へ通わなくなってから、フランツも学校へ行かなくなり、ずっと家に居るようになった。
私としては、歳の近い話し相手や遊び相手が居てくれて嬉しかったが。
フランツがどう思っているのかは、全く分からない。
「……ねぇ、フランツ」
「何スか」
てくてくと歩きつつ、フランツに声をかける。
そういやこんな話、した事なかったなぁなどと思いつつ。
「フランツって、彼女とか居ないの?」
「居ないっすけど……。いきなりどーしたんすか?」
まあ、そう思うよね。
「……いや、ちょっと思っただけよ」
べ、別にねっ、ハナちゃんとタウルス君がめっちゃ仲いいの、羨ましいわぁとか思ったワケじゃなくてねっ! いいなぁ、とか思ったワケでもなくてねっ!
目が合う度に微笑みあってたりとか、お互いに労わり合ってたりとか、そういうのが素敵♡とは思ったけども。
「フランツも、青春真っ盛りなお年頃じゃない。そういう浮いた話の一つや二つ、ないのかな……って思っただけよ」
そう。それだけよ。
まあ、あったらあったで、「にゃにおう!? くそう!!」とはなるけども。
「あー……」
何とも言えないトーンの「あー……」だな。
何だそれ。何言うか考えてんのか? それともただ、言葉に詰まってるだけか?
コイツ、表情に出ないから、何考えてんのか分かんないんだよな……。
レイラも常に読めない笑顔で、何考えてんのか分かんないしな。家系か……。
そんな事を考えつつてくてく歩いていると、フランツがこちらをじっと見ているのに気付いた。
「ん? 何? どーかした?」
髪にパン粉でもついてた?
「いや……。そういや多分、誰もお嬢に話してなかったかなぁ、と」
「え? 何を?」
私だけに知られざる秘密!?
「んー……」
だからフランツ君よ……。
君のその「あー」とか「んー」とかは、何なのかね?
「何よ? 私だけ知らない何があんのよ?」
「まあ、詳しい話は、俺がしていいものかどうか分かんないんスけども」
前置きするように言うと、フランツは私を見て軽く首を傾げた。
「お嬢、婚約者居るとかって、聞いた事ありますか?」
……ん?
「こんにゃく」
「婚約です」
「誰が?」
「お嬢が」
「誰と?」
「それは……、俺が言っていいのか分かんないんで、家帰ってから誰かに訊いて下さい」
はぁぁぁぁ~~~!?
「めっちゃ初耳!! 今、初めて聞いたんだけど! 何ソレ!? そんな乙ゲーチックなイベント、私にあったの!?」
フランツの胸倉を掴むと、フランツはまた「はあ……」といつもの気の抜けた返事をした。
「『はあ』じゃねぇよ!! ていうか、いつから!? 誰と!?」
私の登り始めたばかりの『青春坂』はどうなる!?
「えー、と……」
フランツは胸倉を掴んでいる私の手をそっと外させると、足を止めていた私の手を引いて歩き出した。
「とりあえず、立ち止まると通行の邪魔なんで、歩きましょう」
ごもっともだけど、それどころじゃねぇだろ!
「決まったのは、お嬢が七歳の頃っすかね? そんで、ウチの親父をはじめとして、使用人は多分全員知ってます」
「そんで何で私だけ知らないのよ!?」
スゲェな! 家ん中でハブられてる感あるぜ!
「多分なんすけども……」
何だよ!?
「全員が『誰かが伝えてるだろ』ってスルーしちまったんじゃねーかと……」
「ぅおぉーーい!!」
これは突っ込まざるを得ない!!
これはアレかね!?
目の前で火事が起こってても、野次馬全員が「誰かがもう消防車を呼んだだろう」って思って、結局誰も呼んでなくて消火活動が遅れるっていう、あの現象かね!?
「ああ、そうっすね。そういう感じです」
「『そういう感じ』じゃないでしょぉぉ!?」
フランツに引かれている手を、ブンブンと振り回してみる。案の定、強めに手を引かれ、やめさせられてしまう。
「はいはい、暴れない暴れない。さっさと歩きますよ」
ちょっとくらい暴れさせてくれよ! 何かもう、行き場のない感情だらけだよコッチは!
てくてく歩いてるうちに、ちょっとだけ落ち着いてきた。
感情の制御が出来る私。フフ……、『大人の女』っぽいわ……。言うても、人生二周目だしね。精神年齢、大分低いところで止まってる感あるけども。
「……で、相手は何処の誰よ?」
「あー……」
だからよ……。まず、しゃきっと返事出来んものかね?
フランツは暫く言うかどうしようかと迷った後、小さく息を吐いた。
「先に言っときますけど、俺に突っかかってこないでくださいね」
「突っかかりたくなるような相手なの?」
「お嬢の性格的に、ここで誰が相手だろうが、まず俺に突っかかってくるでしょうから」
……おう。仰る通りだな……。
フランツはまた息を吐くと、私をちらりと見た。
「俺っすよ」
「何が?」
「だから、相手」
「…………あん?」
「突っかかってこないでくださいね」
いや、ちょっと待とうか。
「因みに、お嬢が十八になったら、籍入れる予定になってるらしーんで」
「いやいやいや! ちょっと待とう! マジでちょっと待とうか!」
今聞いたばっかの話で、猶予が二年しかないだと!?
登り始めたばかりの青春坂が、早くも終了のお知らせだよ!!
打ち切りフラグっぽいなと思ったら、マジで打ち切りのお知らせだったよ!!
混乱したまま家に帰り着き、父親に詰め寄ったところ、「アンちゃんは知らなかったのかぁ~」とのほほんとした笑顔で言われてしまった……。
ダディ……、『報連相』、ちゃんとしようよ……。
アン先生の青春が読めるのは、なろうだけ!!




