夢にまで見たアイツ。
秋が深まってきた頃、ハナちゃんから手紙が届いた。
曰く『商店街の販促イベントとして、福引き大会と大規模セールをやる予定です。お暇でしたら、どうぞ足をお運びください』だそうだ。
福引き大会のチラシも入っており、千円購入で福引券一枚。百円購入毎に補助券一枚が貰えるらしい。
特賞はなんと、ライス帝国二泊三日の旅だ。
張り込んだね!
そこまで気合の入ったイベントだ。
見に行かねばなるまい。
……うっすら嫌な予感もするしね。
* * *
さて、今日も今日とて、フランツ君をお供にやって参りました一丁目商店街。
今週は土曜・日曜・月曜が三連休になっている。月曜は因みに敬老の日だ。
……マジで、このゲーム、異世界を舞台にする必要あったか……?
まあ、いい。
とにかく今日は、連休の入り口の土曜日だ。
商店街は大変賑わっている。
至る所に法被を着た人が立っており、道行く子供に風船を配っている。
嬉しそうに風船の紐を握りしめる子供を、「可愛いわね~」と微笑んでみていると、フランツが不思議そうに首を傾げた。
「お嬢もしかして、風船欲しいんすか?」
「ちゃうわい」
いや、くれんなら貰うけど。
ていうか、コイツの中の私は、どういう人物になっているのだろうか。
風船に喜ぶ、無邪気なお嬢様(十六歳)……。
イケんじゃね?という思いが半分、クソヤバい女じゃね?という思いが半分だな。
風船を持ったちびっ子が、嬉しそうに駆けていく。その子とすれ違う際、風船がちょうど私の目の高さ位にきた。
微笑ましいわ~と見ていたのだが、ふと目に入ってしまったものに愕然とした。
風船に……、ピンクで丸いあいつの顔が描いてあった……!!
やったのか!? もしかしてやりやがったのか、ハナちゃん!!
そんで商店街の偉い人たち! あの企画、通しちゃったのか!?
「うっすらビビるくらい、可愛くねぇ風船っすね」
楽し気に駆けて行った子供を見送り、フランツが呟く。
確かに、あの風船が束になってたらビビるな。
いつもより人の多い商店街をてくてく歩く。
あ、露店みたいなのやってるわ。
オープンスペースのない飲食店が、外に会議机みたいな机を出し、そこで軽食を販売している。通りすがったラーメン屋では、チャーシューとメンマをパック詰めしたものを売っていた。
お米屋さんは『各種銘柄 食べ比べ!』と書かれていて、机の上に炊飯器がゴンゴンと五台置かれている。
『お店の味を知ってもらう』っていうのは、確かに大事よね~。
こういうので食べてみて美味しかったら、次はちゃんと買い物しようかなとかなるもんね~。
あと、『格安』とか『無料』って、グッとくる響きだしね!!
歩いているだけで、「ご試食いかがですかー?」と色んなものを食わされる。天国かな?
美味しかったので、ついカリカリ梅とちりめんじゃこと野沢菜のふりかけを購入してしまった。
「……お嬢、それどうすんですか?」
一キロも入っていて七百円とお得感のあるふりかけにご満悦の私に、フランツが不思議そうに訊ねてきた。
「どうするって……、食べる以外の用途、何かある?」
ふりかけなんて、食べる為に存在してるものじゃない? 違うの?
「いや、そうじゃなくて……。あー……、いいっす。気にしないでください」
「何よ? 何なのよ?」
「いや、だから、もういいです」
フランツは手をひらひらと振ると、この話はお終い、という雰囲気を出した。
結局、何なんだよ?
……あ。
あれかな。ウチがナーロッパ貴族風に、基本的に毎食パンなのを言いたいのかな?
ふりかけ買っても、パンしか食わねーじゃん、みたいな?
「安心して、フランツ」
「何がっすか?」
怪訝な表情をしたフランツに、私は軽く胸を張って見せた。
「私、自分用の炊飯器(三合炊き)持ってるから。お米もちゃんと、クローゼットに入ってるし」
フフフ……。その辺は抜かりはないのよ!
コメ袋には、きちんと唐辛子も突っ込んである。前世、うっかりコクゾウムシの大繁殖を招いてしまい、ちょっとした地獄を見たからだ。ノシメマダラメイガを大繁殖させた事もある。
あと、たとえ虫がスタンピードを起こしていても、『米を捨てる』という行為に凄まじい罪悪感があったからでもある。
あれ、何なのかしらねー?
カビの生えたパンを捨てるのは「勿体ないなー」くらいの気持ちでしかないんだけど、米を捨てるのは罪悪感凄まじいんだよねー……。
やっぱちっちゃい頃、ばーちゃんに「米一粒に神様が七人いるから、米を粗末にするとバチが当たる」って言われ続けたからかしら。「ご飯を残すと目が見えなくなる」とも言われたけど、同じ事言われたって人、他にも居るかしら?
「……お嬢、その炊飯器とやらは、どこに隠し持ってんですか?」
めっさ呆れ顔のフランツに、私はドヤ顔で胸を張った。
「ベッドの下よ!」
隠し事は大体その辺にあるものだ! 因みに、そこには他にホットプレートなども隠されている。
別に隠す必要は特にないのだが、『お嬢様のお部屋』に相応しくないので隠してあるだけだ。
ホットプレートはタコ焼き用プレートも付いているので、よく一人で鈴カステラパーティーをやっている。鈴カステラ、美味しい。
「あとで回収に行きますね」
「どうして!? 私がお小遣いで買ったのに!」
貴族のお嬢なのに、毎月五千円しか貰えないお小遣いを、頑張ってセコセコ貯めて買ったのに!! 二万円もしたのに!!
「貴族のお嬢様はフツー、小遣い貯めて炊飯器なんて買わないんですよ……」
「やっぱ、時代は土鍋ご飯!?」
土鍋ご飯、美味しいもんね。でもあれ、火がないと炊けないからなぁ……。
しかしフランツは、私の言葉に深い深い溜息をついた。
「……そういう意味じゃないんすけどね……」
じゃあ、どういう意味だよ?
てくてく商店街を歩いていると、ちょっとした人だかりがあった。
「何か人集まってるわね。何かしら?」
「何スかね?」
言いつつそちらへ歩いていくと、小さな子供がギャン泣きしている声が聞こえた。
何が起こっているのかと見ると、小さな男の子が母親らしき若い女の人の足にしっかりとしがみ付き、力いっぱいギャン泣きしている。
「一体、何が……」
言いかけて、思わず口を噤んだ。
泣いている男の子と目線を合わせるようにしゃがみ込んだ『モノ』が居たからだ。
それは、とてつもなくピンクだった。
そして限りなく丸く、果てしなくキモ怖い――。
やりやがったぜ、ハナちゃん――!!
例の『マスコットキャラ』、マジで作ってやがるぜ、この商店街!!
男の子は、例のピンクのあいつから逃れようと、母親の後ろに回り込む。
母親は困ったように笑いながら「怖くないよー?」などと言っているが。
いや、怖ぇよ!! フツーに怖ぇよ!! そら、泣くよ!!
しかも着ぐるみの再現度、すっさまじく高ぇよ!!
ハナちゃんのあの絵が、まんま立体化されてるよ!!
母親は自分の足にしがみつく男の子の背を押し、アイツの方へと男の子を促そうとしている。が、ギャン泣きの男の子は「イ゛ヤ゛ァァ~~!!」と泣いて更に母親の足へとしがみ付く。
ママさん、やめたげて! それ以上はきっと、その子のトラウマになっちゃうから!
しゃがみ込んでいた丸いアイツは、立ち上がると母親に一礼した。
「申し訳ない。ご子息を怖がらせてしまったようで……」
声、ひっくい!!
ハナちゃんの設定だと、女の人なんじゃないの!? どう考えても、中の人、男の人だよね!?
「ああ、いいえぇ。マルさんが悪いわけじゃないんで、どうぞお気になさらず」
そいつ、『マルさん』て名前なの!?
もうちょっと捻りとか何とかないの!? しかもイントネーションは『丸を描く』とかのマルだ。
ハナちゃんのゆるい(と言っていいのかも分からんが)イラストが、そのまま立体化された胴体。そこから伸びるすらっとした足は、見惚れるくらいにガチムチだ。太腿、めっちゃふっとい。しかも筋肉キレてる。
そのガチムチの足をピンクのタイツに包み、足元は紫のハイヒール。鍛えてあるのでキュッと締まった足首が、もしかしたらセクシーなのかもしれない。
腕もふっとい。多分ピンクの長袖のTシャツか何かだろうけど、本来余裕のある造りなのであろう袖が、腕にぴっちり張り付いている。そんで腕もガッチムチ。
そして、手にはピンクのゴム手袋。
一応、ゴム手の口の部分がレースっぽくカットされた、女子力高め且つお値段も高めのゴム手だ。
……胴体の着ぐるみ以外、殆ど金かけてねぇな……。いや、この着ぐるみ作っちゃう時点で、博打感すごいけども。『どん判金ドブ』という言葉を贈りたくなるけれども。
マルさんのガチムチ具合はどうみても男性。声もひっくいし、着ぐるみ込みで身長は二メートルを優に超える。
……コンセプトの『お姉さん』とか『お母さん』とか『憧れの女性』とか、二百%無理じゃねぇか……?
ギャン泣きの男の子は、母親の手を一生懸命引きながら「アッチ行こう~!!」と喚いている。マルさんから遠ざかりたいらしい。
母親は仕方なさそうに笑うと、マルさんに「それじゃ、頑張ってください」と軽く頭を下げ、男の子に引っ張られるように行ってしまった。
……あの子が今日、悪夢に魘されませんように……。
遠ざかる親子を見つめるマルさんの丸い背が、何だか哀愁を帯びている……。
「あの……」
マルさんが余りに寂しそうに見え、思わず声を掛けてしまった。
マルさんは私の声に振り向くと、低い穏やかな声で言った。
「何か御用ですか? レディ」
ジェントル!!
「えっと、あの……、頑張ってください」
言いつつ思わず握手を求めるように手を差し出すと、マルさんが「ふっ」と小さく笑う声がした。
「有難うございます。貴女もどうぞ、滞在を楽しんでください」
穏やかに言いつつ、私の差し出した手をぎゅっと握ってくれるマルさん。
ゴム手越しだが、その手はえらくゴツい。
マルさんとぎゅっと握手を交わし、軽く会釈をすると、マルさんも軽く前傾になるように会釈をしてくれた。
中の人、めっちゃ良い人だな……。恐ろしく紳士的だし。
マルさんに対して、『お姉さん』とは思えないけれど、『親しみ』はめっちゃ感じるわ……。
頑張って! マルさん(の中の人)!!
「……あれ、中身の人選、明らかに間違ってますよね」
マルさんから遠ざかりつつ言うフランツに、私は静かに首を左右に振った。
「だが、それがいい」
「……そっすか」
「そうよ」
きっと私は、今日からは悪夢は見ない。だってあんなに良い人なんだから!
うっかり、ちょっとマルさんのファンになった私であった。
さて、ハナちゃんの肉屋の前に到着した訳だが。
現在時刻は午後二時だ。
ハナちゃんのファーレンハイト精肉店は、午前九時から午後七時までの営業だ。七時前には大体売り切れて、実質六時半くらいが閉店らしいが。
だが現在、お店はシャッターが閉まっている。
そしてシャッターにはハナちゃんの文字で書かれた貼り紙。
『商品完売の為、本日は閉店いたします』
すっげぇ!!
「へー……。すげぇっすね」
無感動に感想を述べるフランツ君。君にはもうちょっと、『情緒』というものはないのかね?
「すごいよねえ。……ハナさんに挨拶だけでも出来ないかな?」
「裏の方、回ってみますか?」
フランツと共に、建物の隙間のような場所へ入ってみる。
裏手に回ると、勝手口のようなドアとインターホンがあった。
ボタンをポチッとなとやって、暫し待つ。
「はい? どちら様でしょう?」
おっと、男の人の声だぜ。タウルス君かな?
「わたくし、ハナさんの友人でアンと申します。ハナさんはいらっしゃいますか?」
「少々お待ちください」
言うと、インターホンはプツッと切れた。
ここは、搬入口なのかな?
インターホンにも『業者の方はこちらをどうぞ』って書かれたプレートついてるし。私、業者じゃないけど、良かったのかな?
まあ、今更遅いか。
そう言えば、『フローラ』って呼ばないで『ハナ』って呼んじゃったな。でもまあ、対応したのがタウルス君なら、不審には思わないか。
暫く待っていると、ドアが開いた。開けたのはやっぱり、タウルス君だった。
「どうぞ、入って下さい。……ハナちょっと、今、燃え尽きてますけど……」
まあ、この時間で『完売で閉店』だ。午前の来客、相当だっただろうからな。燃え尽きててもしょーがない。
「では、お邪魔します」
タウルス君にぺこっと頭を下げ、中へと通してもらう。
案内されたのは、お店のバックルームだった。
その四畳半くらいの狭い室内の隅っこに、パイプ椅子に座り、ぐったりと項垂れるハナちゃんが居た。
ていうかアレ、どう見ても『燃え尽きたぜ…真っ白にな…』な絵面なんだけど!!
「ハナさん! 大丈夫ですか!? 生きてますか!?」
慌てて駆け寄ると、燃え尽きていたハナちゃんがゆっくりと顔を上げた。
「……ヘッ、心配いらねェや、おっちゃん……」
誰がおっちゃんだ!!
「ハナさん! 目を覚まして!」
ハナちゃんの肩を掴んで、がっくんがっくん揺すってやると、ハナちゃんがハッとしたようにこちらを見た。
「あ……、アンさん……?」
「そうです! 決して、泪橋のおっちゃんではありません!」
「お、お嬢さん……」
「確かに私はお嬢様ではありますが、ハナさんの言っているお嬢さんでもありません!」
現実に帰って来て! ハナちゃん!!
「アンさん……」
「そうです!」
午前中、そんなに大変だったの!?
何とか現実に帰って来たハナちゃんから、午前中が「戦争のようでした……」と聞かされた。
商店街のセールに合わせ、ハナちゃんのお肉屋さんは『精肉全品二割引』と『惣菜全品三割引き』をやっていたらしい。
そら、混むわ!!
「まだ……、あと二日間、セール期間は残っているんです……」
言いつつ、また燃え尽きたように項垂れるハナちゃん。それを心配そうに見つめ、ハナちゃんの背をさすってあげているタウルス君。
「明日は俺も手伝うから。今日もう、メシ食って風呂入って寝ちまおうな。な?」
「明日の仕込み、やんなきゃ……」
「うん。それも手伝うから」
タウルス君……。甲斐甲斐しくて、イイ奴だな……。
しかし確かに、これは大変そうだ。
私にも何か、お手伝い出来る事あるかなぁ?




