魚うんちくを語る人は、ハコフグを被れ。
……二日に一回は悪夢に魘されるぜ……。
恐るべし、ピンクで丸いアイツ……!!
いや、アレを生み出したハナちゃんを恐れればいいのだろうか……。
人間、身体を動かしてお腹いっぱいご飯を食べれば、すやすやと夢も見ずに眠れるものだ。
という訳で、身体を動かしがてら、魚屋を偵察に行く事にした。
当然、お供はフランツ君だ。
「……毎度思うんだけども」
「何スか?」
てくてくと歩きつつ、隣を同じ速度で歩くフランツを見る。
「幾ら『お忍び』っつっても、馬車くらい出してくれてもいいんじゃない?」
そう。
確かに私は『お忍び』で商店街へ出かけている。その為の変装もバッチリだ。
だが!
「お忍びなのですから、馬車は必要ないでしょう」と言う、レイラ・フランツ姉弟の父(我が家の執事)よ!
要るだろ、フツー!!
何でお忍びのご令嬢が、わざわざ目的地までてくてく片道四十分歩くんだよ!!
帰りも当然、てくてく四十分だよ!!
「つってもお嬢、どーせ買い食いすんですから、ちょっとくらい動いた方がいんじゃねっすか?」
「貴様はゼロカロリー理論を知らんのか」
「知らねっスね」
当然のように返すフランツに、心の中で舌打ちしてしまう。
「お嬢、舌打ちヤメた方がいっすよ」
「してねぇよ!!」
心の中の舌打ちまで聞きつけんなよ!!
今まで特に言っていなかったが、今までの商店街へのお出かけも、てくてく歩いてのものだ。
フツー、貴族のお嬢に一時間近くも歩かせないよね!? そんな異世界モノ、私、知らないんだけど!
この世界、どこまでも雑なだけじゃなくて、何か私に厳しくない!? 私、総愛され系主人公とか、溺愛される系主人公とかが良かった!!
何か私最近、荒んできてる気がするし……。
本当はこんな、口悪い子じゃないのに……。ふんわり甘々可愛い系令嬢なのに……。
「いや、お嬢は別に『ふんわり』でも『可愛い系』でもないっすよ」
「だから何で心の声にフツーに返事すんだよ!」
「全部口に出てますし」
「マジか!」
あかん……。心のお口にチャックしとかねば……。
てくてく歩きつつ、思わず溜息をつく。
「じゃあ、ふんわりでも可愛い系でもないなら、何系?」
「そっすねぇ……」
僅かに考えるように間を置くと、フランツは相変わらずつまらなそうに私を見た。お前、何時見てもヤル気ねぇな。
「『甘っちょろい』系?」
「ヒデェ!」
それがお嬢様に向かって言う台詞か!
あ、でも一応『甘』が入ってるから、いいのかな……。
いや、良くねぇわ。何も良くねぇわ。
心を閉ざしたままてくてく歩き、二丁目商店街へ到着した。
ああ……。コンパチ風景に心が和む……。
そして気になるアーケードの文字だが……、まさか過ぎる勘亭流だったヨ……。和だね。和の心だね。大入り御礼ってか……。
ハナちゃんの話から既に、お店の場所がコンパチである事まで分かっている。……まあ、聞かなくても薄々分かっていたというか、確信していたというかだが。
三丁目にたい焼き屋、一丁目にたこ焼き屋があった場所には、なんとドーナツスタンドがあった。
アメリカンポリスな気分になりつつ、チョコファッションを一つ所望する。
オールドファッションドーナツの縁のガリガリしたとこ、めっちゃ美味しい。チョコがちょっとビターなのもポイント高い。
あと、カロリーは真ん中に溜まるから、真ん中に穴が空いたドーナツはゼロカロリーなのもポイント高い。
三丁目にはお洒落カフェがあり、一丁目には和カフェがあった場所は、立ち飲み居酒屋だった。世界観に『乙女ゲーム』が全く仕事していない。
「これは、未成年だから入れないかしら?」
「イヤ、大丈夫そうっすよ」
言いつつフランツが指さしたのは、店の入り口に貼られた紙だった。
そこには、酒類の販売は午後五時以降である事、午後二時から五時の間は軽食とソフトドリンクを提供している事が書かれていた。
立ち飲み屋なので、椅子はない。
背の高いテーブルにあるメニューを、フランツと顔を突き合わせて覗き込む。
ふむ、流石は居酒屋だ。心躍るメニューが盛り沢山ではないか。
「ご注文、お決まりですかー?」
頭にタオルを巻いた、気の良さそうな兄ちゃんが注文を取りに来た。
「えぇと、揚げ出し豆腐と、モツ煮と、枝豆と、から揚げお願いします。あとウーロン茶と」
ん? フランツが何かスゲー呆れた顔してんな?
「ご注文、以上でよろしいですかー?」
「はい」
兄ちゃんの確認に、フランツは何もオーダーしないまま締めてしまった。
「フランツ、何も頼まないの?」
「いや、つか……、お嬢、どんだけ食うんすか……?」
「え? でも揚げ出しとモツ煮は外せないでしょ? 枝豆とから揚げは、頼んどけば誰かが食べるし……」
「『誰かが』も何も、俺とお嬢しか居ねっすよ……」
そーでしたーーー!!
何故か飲み会の幹事のノリだったわ、私……。
良かった……。うっかりポテトフライとかいっとかないで……。
「立ち飲み居酒屋、恐るべし……!!」
雰囲気だけで、こんなにオーダーさせるとは……!!
「……いや、俺はお嬢が恐ろしいっすよ……」
溜息つくんじゃねぇ!
怖かねぇわ!!
オーダーした品物が揃い、私はモツ煮を、フランツは枝豆を食いつつ、魚屋を見やる。
「ジュール鮮魚店、か……」
「そっすね」
青いアーケードに、角ポップ体で『ジュール鮮魚店』と白抜き文字が書かれている。
ジュールかケルビンかな、とは思ってた! でも私、ケルビンだと思ってた! 何でって、何となく! 音の響き的に!
「特に何の動きもねっすね」
「そーね。モツ、美味しいわよ。フランツも食べる?」
「枝豆とから揚げあるんで」
そっすね……。考えなしに幹事なオーダーしてもうて、すんません……。
良く煮込まれたモツは、さっくりと簡単に噛み切れる。
私は好きだけど、「モツはゴムみたいな歯ごたえあってこそ!」て人も居るよね。ゴムみたいな、噛んでも噛んでも噛んでも(×∞)なモツも好きだけどね。
ちぎりこんにゃくも、味が良く染みてて美味しい。
にんじんさん、ごぼうさんも美味しい。大根は文句なしにデリシャス。
ちょっと七味振っちゃおっかな。
テーブルの上の調味料入れをごそごそしていると、魚屋の方から声が聞こえてきた。
「ああ、美しい秋刀魚ではないか……! 鮮魚店で秋刀魚を選ぶ際には、身に張りがあり、背の青が鮮やかで、目が澄んでいて、口の先と尾の付け根が黄色っぽい(またはオレンジっぽい)ものを選ぶと良いのだ」
キラッキラした金髪に青い目の、いかにも王子様然とした王子様が現れた。
貴方はもうちょっと変装して!! 警護の都合上、貴方はもうちょっとお忍び感出して!!
「……この国の将来、大丈夫っすかね?」
枝豆をぷちっと口に放り込みつつ言うフランツに、頷きたいけど頷いてはいけない気がする。
「おお、こちらは鯖か! 今の時期はマサバが旬だ。秋から冬にかけて旬を迎えるマサバだが、マサバが旬でない時期にはゴマサバが供される。ゴマサバには特に『旬』というものはないが、マサバが時期でない頃に供される事が多い為、ゴマサバは夏が旬とされている」
店先を眺めては、いちいち魚うんちくを語る殿下。
「王太子殿下って、『聡明』って話じゃありませんでした?」
不思議そうに首を傾げつつ、枝豆を食うフランツ。
「『聡明』だからこそ、商品も間違わないし、魚うんちくも語ってるじゃない」
モツ、ウマー。
「……『聡明』って、そういう意味でしたっけ……?」
「違うと思うわよ。……あ、モツ終わっちゃった……」
さーて、次は揚げ出しやっつけるかぁ!
殿下は今度はイナダのうんちくを語りだした。
そこへ、店内からフローラちゃんが現れた。フローラちゃんは店先の平台に氷を追加すると、うんちくをべらべら語る殿下を無視し、また店内に戻っていった。
「店主、フツーに殿下を無視してますね」
「もしかしたら、もうお馴染みなのかもね。殿下の魚うんちくコーナー」
王太子殿下は、『眉目秀麗』『文武両道』という設定のお人だ。
その聡明さの演出として、滔々と魚うんちくを語るのだが……。聡明さっていうか、ただの魚博士だよね! 殿下の頭上にハコフグが見えるようだよ!
ゲームの作者さん、『聡明さ』の演出、間違ってると言わざるを得ないよね!
もうこれ、『殿下クンさん』とか呼んだ方がいいんじゃね?
私はデコ助野郎ではないので、きちんと『さん』は付けていくスタイルだ。
「スルメイカの鮮度は、体色の濃さで判別できる。濃茶、黒っぽい茶である程新鮮で、鮮度が落ちると白っぽく変色していく。他には吸盤の粒がしっかりしているものが良いとされる。プリン体が多く含まれる食品である為、痛風の者は注意が必要だ」
「……誰も聞いてねぇのに、何でああ喋り続けてんですかね……?」
フランツの殿下を見る目が冷たい。
「うんちく語りたがるヤツって、そういう傾向にあるじゃない。多分それよ」
「ああ……」
納得された。
でも意外と殿下のうんちく、為にならない?
……刺さるの、自炊する人と主婦くらいにだろうけど。
「あれ、魚屋の置物として置いとくと、意外と主婦層釣れる気がしない?」
「お嬢、指示語として『あれ』は流石に不敬っすよ」
枝豆を食べきり、今度はから揚げを突きつつフランツが言う。
いや、誰も聞いてないのに喋り続けてるから、なんかもう、そういう装置みたいに見えてきちゃうじゃん……。
「ほう! 魚屋か! 良いな!」
出やがったぜ! 無駄にええ声で朗々と喋るアイツが!!
「マジで、この国、大丈夫っすかね?」
「シッ! 言っちゃダメよ」
不安になるから。
生鮮殿下は店先でうんちくを語るサバ王子を見ると、足を止めた。
彼は王弟だ。つまり、サバ王子の叔父だ。店先でうんちくを語る甥っ子に、何を思うのだろうか。
「君……」
ええ声でサバ王子に声をかける生鮮殿下。
呼ばれ、語っていたアサリのうんちくをやめ、生鮮殿下を見る王子。
果たして、彼らは何を言うのか……!
「見たところ、裕福なご家庭の子息のようだな」
生鮮殿下、それはカマかけてるの!? それとも素なの!?
「そう仰るそちらこそ、貴族か何かでいらっしゃいますか?」
王子もそれ、どっちなの!?
「いや、私はただの通りすがりの一般市民だ!」
「私もただの通りすがりの魚好きです」
「そうか!」
「はい」
え……? 何この茶番……。
生鮮殿下は既に「今日の夕飯は魚も良いな!」などと言っているし、サバ王子はまたうんちくを語りだした。
ていうか、茶番でなくて、マジであの人ら互いの素性に気付いてないのか……?
「大丈夫か、この国……」
「ダメかも知んねーすね」
答えが早い!
変な人が二人も店頭にいるからか、他のお客が来ない。
見ていると、一通り店頭に並んだ魚うんちくを語り終えた王子は、非常にやりきった笑顔で一つ頷くと歩き去った。
……あの人、何しに来てるんだ……?
生鮮殿下は「このサバをお造りにしてもらうか!」などと恐ろしい事を言っている。
「サバ、生で食って当たれば、店主も安心して店開けるんじゃねっすかね?」
フランツ……、その通りかもしれんが、そうはっきり言うな。
あ、流石にフローラちゃんがサバのお造りは断ってるわ。そりゃそうだわね。
スーパーなんかで売ってるサバは、きちんと加熱して食べような! お嬢との約束だゾ!
結局、生鮮殿下はアジを二匹購入していかれた。
「あの人、金持ってるくせに、毎度買い物がショボいすよね」
「ハナさんの話だと、好感度上がると購入金額も上がるらしいわよ」
私は殿下のイベントは全スルーなので見た事ないが。
ハナちゃんはMOD制作の際、殿下のイベントを全部コードで見たらしい。プレイは「やる気もおきませんでした」だそうだ。
そのハナちゃんによると、殿下は好感度が上がると、アレをやるらしい。
「棚のここからここまで、全部いただこう!」というアレ。
……それ、生鮮食品店でやる買い方じゃねぇよな? 服屋とか、宝飾品店でやるヤツだよな?
殿下のこのイベントできゅんとくる女子、どれくらい居るのかしら……?
そんで、『棚のここからここまで』買って、どうするのかしら? 日持ちしないのに……。
スタッフが美味しくいただくのかしら。
「『乙女ゲーム』とやらって、そういうモンなんすか……? お嬢の前世の世界じゃ、そういうワケ分かんねぇ男が人気なんすか?」
ゲームのイベントの話をすると、どうやらフランツ君の日本に対する認識が歪みそうだ……。
「安心して。プレイした大半の人間が『何じゃこら』て思ってたから」
「はぁ……」
相変わらず気の抜けた返事だが、今日は許そう。
魚屋のイベントを見終え、またてくてく四十分かけて家へ帰る。
四十分は長い。
そうだ。ドーナツ買って、食べながら帰ろう。
魚屋フローラちゃん、放っておいてもイベント消滅しそうだし。何とかなるでしょ。




