商店街振興計画書 ※資料という名の挿絵あり
サブタイにある通り、今回挿絵が一か所入ります。
設定で挿絵等を『表示しない』にしていると、話のつながりがちょっと分かり辛くなりますので、是非挿絵は表示する設定でお願いします。
キャラクターのイメージイラスト等ではないので、キャラのイメージを損なうようなものではありません。
ハナちゃんとお茶をした日から一週間後。
ハナちゃんから、A4サイズの封筒に入った何かが届いた。
何じゃらほい?と開けてみたら、中からファイルが一冊出てきた。
表紙には『一丁目商店街 振興計画案』と書かれたラベルが貼られていた。
……そういえば、あの日、何か言っていたような気がする。折紙に夢中で、半分も聞いてなかったけど。
ハナちゃんが言ってた『計画』って、これの事か。
あとすんごいどうでもいいけど、方言分布をちょっと調べてみた。
王都を中心として、同心円状に似たイントネーションや単語なんかが分布して……って、コレ、砂で器でも作ればいいのか?
まあ方言は置いといて、ハナちゃんから送られてきたファイルだ。
ファイルをぺろりと捲ってみると、まずは商店街の概要だった。
地図が載っていて、軒を連ねる全ての商店街の店名と業種、業態などがずっら~と列記されている。
……ごめん、ここちょっと飛ばすわ。後でちゃんと見るから。うん。後で見るから。
次を捲ると今度は数字の羅列だった。
直近五年間の商店街の売り上げ総計、おおよその来客数、性別・年齢別総計。それらの推移だ。きちんと『(商工会議所調べ)』と書かれている。
思ったより本格的だな……。
……うん、これも後でちゃんと見よう。
大丈夫! 後で見るから! 見るから!
で、次を捲ると、『Ⅰ.現状の顧客ニーズと、満足度』とタイトルがあった。
内容は、商店街で以前来客アンケートを取ったらしく、その際に書かれていた回答を元にした現状の分析だった。
ていうか、すっごい真面目なんだけど!
おふざけ半分の私が申し訳なくなる真面目さなんだけど!
……やっぱ、生活かかってると真剣さの度合いが違うわ……。
ちょっと私も真面目に読もう。
その為に、まずはお茶でもいただこう。
私は自室のテーブルにある呼び出しベルを押した。
これはアレだ。前世、レストランなんかにあった、半球型でてっぺんにボタンついてるアレ。
これを押すと、使用人たちの控室で音が鳴るのだ。
……もっとさぁ……、貴族のお邸なんだから、優雅なベルなんかでチリン♪とかってやりたかったよ……。
自宅がファミレス感覚だよ……。
「お呼びでしょうか?」
ドアをノックし、レイラが現れる。
「お茶もらえる? あと何か、軽くつまめるものがあると嬉しいんだけど……」
「出入りの業者から貰ったあんぱんがございますが……」
「いただくわ」
即答だ。当然だ。
「(チッ)……承知いたしました」
おい、舌打ちィ!
「あ、お嬢様、事前に言っておきますが、粒あんです」
「問題ないわ。私、粒派だもの」
「チィッ!」
さっきより舌打ちがデケェよ!!
……何なんだよ。
ていうかレイラ、粒あんって言えば私が「いらない」って言うとでも思ってたのか?
私は紛う事なき粒派だが、穏健派閥に属しているのだ。もしこれが『こし』であっても、食べる事は吝かでないくらい穏健だ。
前世、国を二つに分ける派閥は色々あったが、代表的なところで言うなら私は『たけのこ軍』所属で『粒派』だ。
ただ、穏健派なので、きのこの良いところも認めているし、あんまんに限って言えばこし以外認めない。
日和っているのではない。柔軟な思考を大切にしているだけだ。
暫し待つと、レイラではなくフランツがトレイを持ってやって来た。
「ドーゾ。お茶っス」
「ん、ありがと」
フランツがテーブルに置いたトレイには、ティーポットとカップ、そして皿に盛りつけられたあんぱん。
だが、ちょっと待て。
「あんぱん、齧ったみたいな跡があるんだけど……」
あんぱんの端に、誰かが齧ったような跡がある。くっきり歯形まで残っている。
「レイラが『お毒見を!』とかって、一口食っていきました」
ぅおい! レイラぁ!
お嬢様のおやつに、何してくれとんじゃい!!
「フランツ君よ……」
「何スか?」
「君のお姉ちゃんは、アレだね……。ちょっと何ていうか、おかしい人だね……?」
「分かり切った事、今更言わないでください」
フランツは真顔だ。
そっか……。『分かり切った事』だったか……。
やっぱここんちの使用人、おかしいわ……。知ってたけど。
さて、お茶と茶菓子は手に入った。歯形ついてるけど。
ハナちゃんのファイルでも読ませてもらうか。
ティーポットから、カップに中身を注ぐ。
……湯気を立てるホットミルクだ。
「お茶くれ」っつったよね!? いや、分かるよ!? あんぱんには確かに牛乳だよ! それは分かる! でも私、「お茶くれ」っつったよね!?
あと、あんぱんのお供は冷えた牛乳だろ、常考!!
しかもあっつあつだよ。沸騰させやがったな、淹れたの誰だか分かんないけど。
あっち! あち! ……あ、でも美味しい……♡
いや、ホッコリしてる場合じゃないわ。
とりあえず読まなきゃ。
一時間程度かけ、ファイルの三分の二まで読み切った。
商店街の現状をかなり細かく分析してあり、ハナちゃんの本気度が伺える。
現状からの問題点は、大きく二つだ。
まず一つは、来客層が所謂『F2層』と『F3層』に偏っている事。
この『F2層』というのは、マスコミなんかで使われるマーケティング用語だ。ハナちゃんの分析の中に当然のように出てきたのだけれど、ハナちゃん、前世何のお仕事してたのかしら?
F2層は『三十五~四十九歳の女性』で、F3層は『五十歳以上の女性』をさす。
まあ、商店街だ。日々の買い物をしに来るのは、圧倒的に女性であろう事は想像に難くない。
けれど商店街には、女性以外をターゲットとした商店も多い。
そういう店が埋もれてしまって、目に留まらなくなってしまう。
顧客として男性客が多い釣具店だとか、古書店だとかである。
他に、若い世代をターゲットとした雑貨屋なども、客が入らない訳ではないのだが、今一つぱっとしない。
男性客や若い世代を呼び込むには、どうしたら良いのか。
もう一つの問題点は、リピート率だ。
日常生活に直結する食品店には、常連は数多く居る。
けれどそれ以外の飲食店や衣料品店などを見ると、一見さんの方が多い。
顧客の心を掴むにはどうしたら良いか。
ふー……。真面目な文章は、読むと疲れるわぁ……。疲れた頭に、あんぱんが沁みるわぁ……。
……牛乳、あっつあつにしやがるもんだから、膜張っちゃってるじゃん……。飲むけども。
このあんぱん、あんこがすんごい美味しいわ。甘さ控えめで、小豆の味がしっかりするわ。パン生地ももっちりで素敵。
どこのパン屋さんか、後で聞いとこう。
……あ! 牛乳の膜が! 口の中に張り付いて残る! あぁ~! 口の中、もにょもにょするゥ!
テーブルにある例の呼び出しボタンを押し、来てくれたメイドにお水を貰えるようお願いする。
「銘柄はどちらがよろしいですか?」
銘柄!? いや、フツーに水道水でいいんだけど!
「本日ご用意できますのは、『ロッコーの美味しい水』と、『その辺の山の天然水』と、『シェフの気まぐれ水道水』でございますが」
色々気になるとこ、多すぎるわ!
突っ込んでもキリがないので、「厨房の水道で、普通に水差しに入れてくれたらいいから」と言っておいた。
メイドがすんげーつまんなそうな顔で「はぁ~い」と不貞腐れた返事をして去って行った。
ここんち、使用人おかし過ぎるだろ!!
暫くすると、メイドが水差しとグラスを持って戻って来た。
「シェフの気まぐれ水道水、本日の取水口は厨房一番奥の蛇口となっております」
気まぐれって、どの蛇口から注ぐかって意味かよ!!
どっから汲んでも一緒だろうがよ!!
気を取り直して、ファイルを捲る。
次のお題は『Ⅳ.振興計画案』だ。
リピーターの前にまず、人に来てもらわねば話にならない。
なので、その人々をどうやって呼び込むか、というアイデアのようだ。
例として、商店街で使える振興券の販売、福引き、スタンプラリー、縁日などの子供が喜びそうなイベント、商店街の各商店から景品を出してののど自慢大会……などなどが挙げられている。
ぺらりと次を捲ると、『親しみやすさの演出』とあり、例として『マスコットキャラクターを作る』とあった。
確かに、ゆるキャラはいいかもねー。
ハナちゃんが提案しているのは、某県の黒いクマの形態だ。あのクマには、『キャラクター使用料』が設定されていない。
特産品などを売り込みたい時に、パッケージにあのクマのイラストを使用しても、お金を取られないのだ。
あのクマ自体に人気がある事もあり、経済効果はかなりなものとなっているらしい。
ハナちゃんも、そういった『使用料フリー』のキャラクターを作りたいらしい。
ハナちゃんが目指しているのは、『親しみやすい、曲線を多用した形状』で、『可愛らしく愛嬌のある外見』で、『老若男女、全てに訴求する』という、異常なハードルの高さのキャラらしい。
それはどんな一流デザイナーに依頼しても、かなり難しいんじゃない……?
思いつつ、次のページをぺらっと捲り、思わず一旦ファイルを閉じてしまった。
……何か変なの見えた……。
何かすっげー変なの居た!!
一度深呼吸し、心を落ち着けてもう一度開く。
そこに居たのは、果たして……!!
なんっじゃ、これェェェ!!!
いや、待って! ハナちゃんのコンセプト、何だったっけ!?
ヤバい、めっちゃ混乱してる!
えっと……、『親しみやすい、曲線を多用した形状』。親しめる気はしないけど、確かに本体は丸いわね。
『可愛らしく愛嬌のある外見』。……もうムリだ……。こいつのどこに愛嬌を見出せばいいんだ……。
そんで『老若男女、全てに訴求する』……。
いや、確かに何か訴えかけてくるものはあるけど、それは多分ハナちゃんが望んでいる種類のものじゃない。
謎生物のイラストの次のページに、詳細なコンセプトが書かれていた。
『メインの顧客であるF2、F3層に親しみを感じてもらう為、色合いは淡いピンクで。』
……うん。それはまあいい。
『女性からは”友達”、低年齢層からは”お姉さん”又は”お母さん”、男性からは”憧れの女性”と感じてもらえるデザイン。』
感じねぇよ!! このデザインのどの辺に感じたらいいんだよ!!
こんな友達、要らねぇよ!!
こんなお母さんも要らねぇし、もし私が男だったとしてもこんな女性には憧れない!!
『スーツアクターが動き易いよう、手足はなるべく覆わない。』
待ってぇ! その足、もしかしなくても生足なの!? あと、顔の横から出てる『何か』、もしかしなくても手!?
ていうか、スーツアクターの事まで考えてるって、作る気満々なの!?
待って、ハナちゃん! 早まらないで!!
アカン……。
アカン要素、てんこ盛り過ぎて、何がアカンのかも分からんくらいアカン……。
テーブルの上の呼び出しブザーを押して、暫し待つ。
やって来たメイドに、フランツを呼んでくれるようお願いする。
この謎生物を、客観的に見て欲しい。そして、どう感じるかコメントが欲しい……。
ややしてやって来たフランツに座ってもらい、私はファイルを差し出した。
「これ、見て欲しいんだけど……」
「何すか、これ?」
受け取りつつ不思議そうな顔をしたフランツに、ハナちゃんから送られてきたものだと告げる。
事情を簡単に説明し、『対ラスボス』の為の商店街振興計画である事を話しておく。
「へー……」
さして興味なさそうに呟きつつ、ファイルをペラペラ捲るフランツ。
まあ、フランツはそりゃ興味ないだろうけども。
ぺらぺらと捲っていたフランツが、ふと手を止め、怪訝そうに瞳を細めた。
覗き込んでみると、案の定、例の謎生物のページだった。
「……何スか、これ? 化け物?」
「化け物だよね!? そうとしか見えないよね!?」
だよね! 間違っても『親しみやすいお姉さん』じゃないよね!
「……これ、商店街のマスコットにする気なんすか……? あの店主、マジすか……」
「その絵を見ないで、書いてあるコンセプトだけ見ると、別に悪くないのよ」
そう。
来客層に親しみを覚えてもらうだとか、子供に家族のように感じてもらうだとか。別にそれ自体は悪い案ではない。
そしてそのマスコットを、商店街の商店であれば、使用料無料でパッケージなどに使えるようにする。
案としては、本当に真っ当で悪くない。
悪いのは全部、この絵だ。
「つーかコレ、女なんスね……」
「コンセプト見る限り、そうらしいわね……」
フランツはファイルから顔を上げると、私の顔をじっと見た。
ん? 何かね?
ややして、フランツは深い溜息をつきつつ、ファイルを閉じて私に差し出して来た。
「この化け物と比べたら、お嬢、もんのすげぇ美少女っすね」
「何故比べるし!?」
「いやー……、かつてないくらい、お嬢が美少女に見えますよ」
比較対象が、人ですらねぇとか!
フランツは「用、これだけっすか?」とファイルをテーブルに置いて立ち上がった。
これだけっす、と答えると、さっさと部屋を出て行った。
何なんだよ、あの野郎!!
その夜、私は夢を見た。
ピンクで丸いあいつが、「オーホホホホ……!」と笑いながら、猛ダッシュで追いかけて来る夢だ。
近年稀に見るレベルの悪夢に、魘され飛び起きたら午前九時だった。
……おい。誰か起こしに来いや。
マジでここんちの使用人、何なんだよ……。




