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鶴なら折れる。(意訳:鶴しか折れない)


 結論から言おう。


 ウィンドウの閉じ方は『Ctrl+W』だ!


 ご存知ない方も居られるかもしれないので補足しておくと、これは世界シェアNo.1のPC用OSにおける、『開いているウィンドウを閉じる』というショートカットキーだ。

 お手元にPCとキーボードがある方、いますぐやってみよう! このウィンドウが閉じるぞ!


 消し方の全く分からないピンクの板の消し方を思案している際、ハナちゃんがぽろっと呟いた。

「パソコンなら、Ctrl + W(コントロールとW)で消えるのに……」

 その瞬間、ピンクの板は音もなく消え去った。


「オープンで開くなら、クローズで閉じても良くない!?」

 思わず言ってしまった私に、ハナちゃんも思い切り頷いていた。


 ショートカットキーなんて、知らない人も結構居るんじゃない!? たまたま、ハナちゃんにはその知識があったから良かったけども!


 ていうか、もし他の二人のフローラちゃんがこれ開いちゃったら、閉じ方、絶対わかんなくない? この世界、PCないし。


「……でも、日常生活で『ステータスオープン』なんて言う機会、あります?」

 ハナちゃんの言葉に、律義にまたピンクの板が現れた。

「呼んでない!!」

 ハナちゃんは嫌そうに言うと、「コントロールとW!」と即座にウィンドウを閉じた。


「確かに、ステータスが見えるって、異世界転生モノの定番展開ですけど……」

 ハナちゃんは溜息をつくと、またお茶を一口飲んだ。

「エラー吐いてて、何の役にも立たないステータスウィンドウって、存在意義あります……?」

「……ないと思います」

 言い辛いが、それが現実だ。


 元ネタのゲームには、スキルのようなものはない。

 なので、ステータスウィンドウで確認できるのは、本当に商店と評判のランクだけだ。


 あと、ゲームの場合、ウィンドウの横にフローラちゃんの四頭身キャラが表示されていて、それをマウスでぐるぐる回せる。

 あと、Pキーを押すと、フローラちゃんがランダムでアクションしてくれる。

 すごく可愛いので、ゲームに行き詰ったりした時には良く眺めていたものだ。


「実は二ページ目が存在していて、そこに神様からの転生特典のチートスキルが載ってて……とか、そういう展開もありますよね?」

 私が言うと、ハナちゃんはぼそっと「ステータスオープン」と嫌そうに呟いた。


 私もハナちゃんの背後から、ピンクの板を覗き込む。

 ……が、先ほど見た通りでしかない。二ページ目の存在を示唆するようなものもない。


 ハナちゃんは手を伸ばすと、ウィンドウを上下左右にスワイプするような仕草をした。が、全く何も起こらない。


 結論。

 あの板は、全くの無用の長物である。

 終わり。


 マジで、何の為に存在してんだよ! ……いや、今更、この世界の出来事に突っ込んでも仕方ない。


 ハナちゃんと二人、気持ちを落ち着ける為にとりあえずお茶を飲む。

 あー……、イリーナばあさんが折角用意してくれたんだし、お菓子も食べとくか……。


 落雁をもすもすと齧り、お茶を飲み、ゼリーを食べ、お茶を飲み、ツナは……喉乾きそうだからスルーしとこう。後でいただこう。


「商店ランクはバグってましたけど、イベントなんかは起きたんですよね?」

 声をかけると、ハナちゃんはツナの包み紙で鶴を折る手を止め私を見て頷いた。

「はい。『出会い』自体を大分前倒したのはありますが、一通りのイベントは見たと思います」

 ていうか、ハナちゃん器用ね! 既に銀色の鶴が一羽、出来上がっちゃってるし!

 私も鶴なら折れるけど。あとゴミ箱(というか、入れ物?)と。


「となると、他のフローラさんたちにも、イベントは起こるんですよね……」

 実際、八百屋では起こっていた。

 フランツの話ではその後、大根ニキは「キャベツとレタスの違いについては理解した!」と豪語し、フローラちゃんが店先に並べたフリルレタスに「新たな敵か!?」と混乱していたらしい。

 クッソ馬鹿馬鹿しい出来事だが、これもイベントの一つだ。


 因みに、フローラちゃん(八百屋)は、それらをガン無視だったらしい。

 頑張れ、フローラちゃん! ルート潰しは順調だぞ!


「そこでアンさんにお願いがあるんですけれど……」

 金色の鶴を折り終えたハナちゃんが、それを銀の鶴の脇にそっと置いてこちらを見た。

「魚屋の動きを、注視してもらえませんか……?」


「やはり……、そう思われますか……?」

 訊ねると、ハナちゃんは頷いた。

「はい。全店舗に共通で起こるイベントなんかは、今のところ起こってないんです。ということは、全店舗の足並みが揃わないと起こらないか、若しくは……」

「恐らくメインである魚屋が、フラグになっているか、ですね」

「はい」


 乙女ゲームにしろ、ギャルゲーにしろ、『メインの攻略対象』という存在はある。

 大抵、一番攻略難度が高く、シナリオが充実していて、物によっては真相ルートへの鍵になっていたりもするアレだ。


 このゲームでの『メインヒーロー』は、言うまでもなく最も高貴なご身分の王太子殿下だ。

 ゲームのタイトルにも、彼の名前である『サバ』が入っているくらいだ。


 ついでに、『経営ゲーム』としての難易度も、魚屋が最も高い。扱う品物の足が早いのが原因だ。


 ハナちゃんの言う『全店舗共通のイベント』というのは、『経営に関するイベント』である。

 融資の案内や、仕入れ先からの優遇などのイベントは、まあこの場合どうでもいい。

 そうではなく、攻略サイトで『ラスボス戦』と呼ばれるイベントが存在するのだ。


 ラスボス戦は、商店ランクが最高で、且つ評判がA以上になると発生する。


 商店街にとってのラスボス――、そう、つまり『大型ショッピングセンターの出店』だ。

 全ての個人商店、全ての商店街を消し去り、最後には自身も撤退するという、虚無の化身のようなアイツだ。


 今のところ、王都にそういう施設が出来るという話は、聞いた事がない。

 というか、そんなモン建てる土地もなくないか? 誰が出資して、何処に建てるんだ?


「今現在、ヂャスコの出店の話なんかは……?」

「いえ、聞いた事もありません」

 ていうか、名前さぁ……。

 原作で確かにそういう名前だったけど……。


「大型ショッピングセンターですからきっと、貴族であるアンさんには情報は入ってきやすいのではないかと思うのです」

「まあ、そうでしょうね」


 何しろ、動く金も人も莫大だ。

 そしてそんなものを作れるのは、貴族か大商人のどちらかだ。

 蛇の道は蛇だ。貴族の動きには、貴族が詳しい。


「そちらは一応、父にも話をしておいてみます」

「お願いします」

 ハナちゃんが丁寧に頭を下げて来る。


 ゲームにおける『ラスボス戦』は、別に直で戦う訳ではない。


 ヂャスコが出来ると、毎週木曜日にヂャスコのチラシが出るのだ。

 そのチラシに対抗しなければならない。


 同じ商品をもっと安く売ってもいい。あちらにないものを『目玉』として置いてもいい。こっちもこっちで広告宣伝費を使ってチラシをうってもいい。


 とにかく何か対策をして、ヂャスコに流れるお客さんを止めなければいけない。


 ゲームなので、お客さんの分母は決まっている。そこで、ヂャスコと商店街の一個人商店とで、パイの食い合いをするのだ。


 ヂャスコへ流れるお客さんを引き留め、こちらの常連を増やしていくと、ヂャスコが白旗を上げ撤退してしまう。

 それが『ラスボス戦』の勝利だ。


 ゲームでは、超効率プレイで三か月、普通にやったら半年から一年でヂャスコは撤退する。

 負けたら当然、ゲームオーバーだ。

 このゲームの『ゲームオーバー』は、フローラちゃんの資金が赤に転じたまま月末を迎える事である。月末の諸経費の支払いが一つでも滞った時点でゲームオーバーだ。


 ……考えたら、この『ゲームオーバー』の条件も、現実ならもうちょっとフレキシブルに何とかなりそうではあるな。


 ゲームなら、セーブデータをロードすればやり直せる。

 けれどこの世界は現実だ。セーブデータなど……。


「……ハナさん、データのセーブとかって、出来るんでしょうか……?」

「セーブは、メニューにありましたよね……。ステータスを開く話はよくありますけど、メニューを開くってどうやったらいいんでしょう……?」

「とりあえず、『メニューオープン』なのでは?」


「では……。『メニューオープン』!」


 はい。何にも起こりませんでしたー!

 ハナちゃんがちょっと不貞腐れて、ツナの包みで紙風船折り始めましたー。


 ハナちゃんは小さな紙風船に息を吹きかけ膨らませると、それをまたそっと鶴の隣に置いた。

 ……何か可愛いコーナー出来てきてるぞ……。

「まあ、データがセーブ出来ても、ロードしたらどうなるかとか分かったものじゃないんで、むしろできなくてホッとする部分はありますよね」

 鶴の角度を調整しつつ言うハナちゃんに、私も頷く。


「それは確かにその通りですね。『異世界転生+逆行ループもの』とか、色々ややこしいですしね」

「この雑な世界観から言うと、逆行できても記憶が残ってないとか、平気であると思うんです。記憶があってこその『やり直し』なのに」

「ああ……」

 めっっっちゃ、ありそう。


 というか、『逆行した記憶をなくしての逆行ループもの』って……。

「単純に考えて、『無限ループ』になりませんか……?」

「アメージングなストーリー的に考えると、多分そうなりますよね」

 嫌そうにハナちゃんが頷く。


 『逆行ループ』は、記憶を受け継ぐからこそ、『前回とは違った道筋を辿ろう』と動く。

 その記憶がなければきっと、巻き戻った先からの展開は、前回と全く同じになってもおかしくない。というか、全く同じになる可能性の方が高い。

 つまり、何か起こる→過去に戻ればいいんじゃね?→戻る→同じ何かが起こる→過去に戻れば……と、ただひたすらに同じ行動を繰り返す事になる。


 アメージングだったり世にも奇妙だったりするお話には、既にありそうな展開だ。あと多分だが、ずんぐり体形のせぇるすまんが売りつけて来る謎アイテムにもありそう。

 これら展開は、俯瞰で見ている第三者的にはバッドエンドだろう。ループする本人は気付けない事だが。


 ハナちゃんはまたツナを一つ取ると、中身をさっさと口の中に放り込み、空になった包みで何かを折り始めた。

 今度は何かなー?


「大型ショッピングセンターの出店は、そこで集客と利益が見込めるからこそ出る話ですよね?」

「普通に考えたら、そうでしょうね」

 会員制で年会費を取る某大型店舗は、出店条件が厳しい事で有名だし。

 でなくとも、出店場所のリサーチくらいはどこだってやるだろう。上物を建てるだけでも、相当な費用がかかるのだから。


「という事はですよ。逆に『ここに店を出しても利益が出ない』という土地には出さない、という事になりますよね」

 ……あ! やっこさん! ハナちゃんが折ってるの、やっこさんだわ!


 ハナちゃんは折り終えたやっこさんの角を、指先でちょいちょいと直すと、また新たなツナに手を伸ばした。


「ゲームでは、何故か主人公のお店一つが大型ショッピングセンターに敵視されてた訳ですけど、向こうは実際は『複合型』じゃないですか。食品だけでなく、雑貨や衣料品なんかも扱う訳じゃないですか。飲食店もそうですよね」

「そうですね」

 返事をしつつも、視線はハナちゃんの手元へいってしまう。

 というか、ハナちゃんも自分の手元を見ながら話している。


「ですので実際は、『ラスボス対商店街』の戦いにならなければおかしい筈なんですよ」

「はい」

 あー……、何だっけ、これ……。折り方、めっちゃ覚えあるんだけど……。途中までやっこさんと同じ手順なんだけど、折紙って大体、初手は三角に折るか、四角に折るかのどっちかだしな……。


「そして、ヂャスコの敵が商店街全体であるならば、そもそも論として『商店街に十二分な集客があり、そこからパイを奪うのが容易でない程度に賑わっている』場合、ヂャスコ出店などという話も出ないんじゃないか……と思うんです」

 やっこさんの袴! やっこさんの袴だわ! わぁー……、金色の裃に、銀の袴のやっこさんだわぁ。可愛いわぁ。


 ハナちゃんはやっこさんを鶴の上にちょこんと置いて、足の角度を調整している。


「そこで考えたのですが……、三つある商店街全体を、今以上に魅力的な場所とすれば良いんじゃないでしょうか? まずはウチの一丁目からだけでも」

「そうですね。それは確かに、アリかもしれません」

 ハナちゃんはまたしても、包みで何かを折り始めた。


 ていうかハナちゃん、ツナ結構食べてるね。いいけども、喉乾かない?


「実は私に幾らか計画があるんです。今度、それを纏めてきますので、見ていただけませんか?」

「私でお力になれるなら、喜んで」

 ああ! だまし舟! 懐かしい~!




 ハナちゃんが帰っていった後には、数々の小さな折紙が残されていた。


 ……ハナちゃんの手元を見るのに集中してて、後半、何喋ったかちょっと覚えてないわ……。

 ま、いいか。


 何か、ハナちゃんが何かの計画があるとか言ってた気がするけど……。まあ、その内分かるだろ。



 ハナちゃんの小さな折紙たちは、ツナの提供者であるイリーナばあさんにあげた。

 ばあさんは「あんら、めんこい」と喜んでいた。

 ……今更だけど、ばあさん、どこのご出身?


 今度この国の方言分布でも調べてみようかな……。


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― 新着の感想 ―
[一言] >全ての個人商店、全ての商店街を消し去り、最後には自身も撤退するという、虚無の化身のようなアイツ ちょうど「イオンモール・エクスデス説」を見た直後だったから腹筋にクリティカルしたw
[一言] なんだかストーリーを進めようとする動きがあった気がしたけど、ツナピコの偽物(ツナエース)を食べながら読んでいたので会話文がぜんぜん頭に入って来なかったです!(あの包み紙、アルミ箔ベースだから…
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